最後の男

深冬 芽以

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 俺は箸を置いた。ちゃんと彩の目を見て言うべきだが、その勇気はなかった。

「好きだ」

「……何が?」

「はっ!?」

 思わず、彩を直視してしまった。

 目に、薄っすらと涙が浮かんでいた。

「ちゃんと……言って」

 もう、逃げられない。

 逃げちゃいけない。

 逃げるわけにはいかない。

「彩が好きだ。結婚とか、子供の父親になるとか、正直自信ないけど、とりあえずお前と一緒にいたい」

 彩の目から涙がこぼれる。同時に、彩がフッと笑った。

「とりあえず、とか……ひどくない?」

 どれだけテンパってるんだか、恥ずかしくなる。

「それはっ――」

「亮がね、『とりあえず彼氏になってもらったら?』って」

「は?」

「私が智也とはもう会わないって話したら、どうしてって聞かれて――」

 彩の涙が次々と頬を伝い、顎から彼女の足に落ちる。

「『結婚できないから』って答えたの。そしたら、『とりあえず、彼氏になってもらったら?』って言われた」

「亮君が?」

「そ」

「意味、わかってんのか?」

 とりあえず、の意味もそうだが、母親に彼氏が出来ることの意味も。

「どうだろ。でも、真もいいって」

「何が?」

「『とりあえず、彼氏ならいいよ』だって」

 さすがに六年生なら、わかるはずだ。



 子供たちのお許しが出たってことか……?



「自分で言っといてなんだけど、とりあえずって結構ひどいな」

「ホント、それ言う?」

「いや……、うん」

 何となく、沈黙。

 俺の気持ちは伝えた。ひどく、格好がつかなかったけれど。

 子供たちのお許しも、出た。手放しで喜んでいいのかわからないけれど。

 あとは、彩の気持ちだけだ。

 今更だけど、『恋人ごっこ』の『ごっこ』が外れても、札幌と釧路の遠距離恋愛になる。

 互いに仕事があって、彩には子供もいるから、毎週末のように行き来も出来ない。

 そんな状態で、二人の関係に名前を付けても、束縛し合うだけかもしれない。



 それでも、俺は、彩を縛りたい――。



「彩――」

「好きよ」

「え!?」

 不意打ちで、ちゃんと聞こえなかった。

 いや、なんて言ったのかは『わかる』けれど。

「智也のこと、好きよ」

 今度はハッキリ、聞こえた。

「とりあえず、彼氏になって」

「……根に持ってるな」

「全然?」

 彩がにっこり笑って、それから、両手を膝の前について身を乗り出し、俺の頬に口づけた。

「とりあえず、暫定同率一位にしてあげるから」

 色気のない、告白。

 とりあえずの上に、暫定となれば、一位と言えどもランクインしてる気がしない。

 だが、きっと、今の俺達にはちょうど良いのだろう。

「手作りのザンギ、食わせろよ」

「え!?」

「それで、我慢してやる」

 スウェットやビールと一緒に買って来たらしい、スーパーのお惣菜感たっぷりのザンギは、衣はふにゃふにゃで、脂身が多く、ハッキリ言って不味い。


「美味い出来立てザンギを食わしてくれたら、とりあえず暫定『最後の男』で我慢してやるよ」


 そう言って、俺は彩を抱き寄せた。
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