157 / 212
18 悪あがき
5
しおりを挟む既視感のようなシチュエーションだった。
球場の駐車場を出ると、ただでさえ混み合う道路が、事故のために片側通行になっていて、大渋滞だった。
子供たちは疲れて眠ってしまい、俺は薄暗くなった公園の駐車場に車を停めた。
どちらからともなく、車を降りる。
「今日はありがとうございました」
「いえ」
「千堂課長――」
「なんか、似てますね」
『課長』と呼ばれたことに反応して、思わず彼女の言葉を遮ってしまった。
「え?」
「初めて一緒に出掛けた時と」
彩さんに近づきたくて、待ち伏せまでしたのは、七か月ほど前。
あの時は、まだ雪が降り始める前だった。
「溝口課長と結婚するんですか?」
「え――?」
「亮君が、そんなようなことを言っていました」
「亮が?」
彩さんは驚いた表情で俺を見た。けれど、『俺を』見ているわけではないように感じた。
「結婚なんてしません」
その断固とした言葉は、『溝口課長とは』ではなく『誰とも』という意味だろう。
「今日の俺たちって、家族に見えましたかね」
「え?」
「傍から見たら、仲のいい家族のように見えたんですかね」
だったらどうだということではない。
誰にどう見られても、俺は家族じゃない。
「彩さん」
「はい」
「これで最後にします」
「え?」
一縷の望みをかけて、言った。
「あなたが好きです」
藁をも縋る想いで、言った。
「俺と結婚してください」
ほんの数秒が、数十分にも感じた。
「ごめんなさい――!」
彩さんが深々と頭を下げた。
彼女の髪が風になびく。
「課長の気持ちは本当に嬉しかったです。だけど――」
「なら! どうして俺と寝たんですか?」
こんなことを言うつもりじゃなかった。
もっとスマートに、潔く引き下がろうと思っていた。思っていたのに、彼女の迷いのなさに、思わず本音が口をついた。
こんなの、見苦しいだけなのに。
「すいません。あなたの迷いにつけ込んでおきながら……」
腰を直角に曲げたまま、彼女が首を振る。
「私がずるかったんです」と言って、ゆっくりと顔を上げた。
「あんな風に求められたのが初めてで……、流されたくなってしま……って」
泣いているのかと思った。
けれど、彩さんは泣くどころか、目を見開いて俺を見た。
「課長を利用したんです」
「利用?」
「正直、イケメンの年下上司に好かれて、人生初のモテ期だって浮かれてるところもあって、今までとは違う自分になれた気がしたんです」
「違う自分?」
彩さんが頷く。
「課長が言った通りです。私はずっと、どうしたいかよりもどうすべきか、欲しいものより必要なもの、を選んできました。だけど、失敗ばかりで……。だから、課長に気持ちを聞かれた時、上手く答えられなかった。そういう自分が嫌で、もっと衝動的に生きられたら――とか思ったりして……」
「衝動的に俺に抱かれた?」
もう一度、彼女が頷く。
「けど、やっぱり私には無理があったんですよね」
「無理?」
「ないものねだり、だったんです」
『あいつがお前に揺らいだ気持ち、わかる気がする』
『ないものねだりだな』
溝口課長は言った。
そして、今、彼女も。
敵わない――。
彼女と深く繋がっていて、深く理解し合っている溝口課長でも、彼女の鎧を脱がせなかったのだ。
俺なんかに、脱がせるはずがない。
「彩さん」
「はい」
聞くべきじゃない。
聞いたってどうしようもない。
余計にみじめになるだけだ。
「一つだけ、正直に答えてください」
だけど、聞かなきゃ吹っ切れない。
前に進めない。
「絶対、誰にも言いませんから」
「はい……」
俺自身のためだ。
俺自身が、彼女への気持ちにけじめをつけるためだ。
「溝口課長を愛していますか――?」
彼女は少し迷って、俯き、唇を震わせた。
俺は、彼女が口を開くのを、待った。
恐らく、十秒くらい。
顔を上げた彼女は一筋だけ涙をこぼし、けれど、笑って言った。
「はい――!」
それが、彼女の決断。
俺なんかには、決して覆せない。
溝口課長に言われた通りにするのは癪だけれど、これ以上彼女の迷惑にはなりたくない。
これからも一緒に働いていくのだから、せめて嫌われたくはない。
それが、俺のちっぽけなプライド。
「帰りましょう、堀藤さん」
不思議と、涙は出なかった。
10
お気に入りに追加
417
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
社長はお隣の幼馴染を溺愛している
椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13
【初出】2020.9.17
倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。
そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。
大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。
その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。
要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。
志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。
けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。
社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され―――
★宮ノ入シリーズ第4弾
契約婚と聞いていたのに溺愛婚でした!
如月 そら
恋愛
「それなら、いっそ契約婚でもするか?」
そう言った目の前の男は椿美冬の顔を見てふっと余裕のある笑みを浮かべた。
──契約結婚なのだから。
そんな風に思っていたのだけれど。
なんか妙に甘くないですか!?
アパレルメーカー社長の椿美冬とベンチャーキャピタルの副社長、槙野祐輔。
二人の結婚は果たして契約結婚か、溺愛婚か!?
※イラストは玉子様(@tamagokikaku)イラストの無断転載複写は禁止させて頂きます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる