最後の男

深冬 芽以

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6 二人の距離

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 工場からの帰りにラーメンを食べた。智也は味噌、私は醤油。

 二人ともお腹が空いていたし、工場の人が美味しいと勧めてくれたから。

 美味しかった。

「さて。この後はどうする?」

 会社に戻って仕事をするのだと思っていた。

「映画でも観に行くか」

 二人で映画を観るなんて、デートみたいだと思った。

「デートの定番っぽいだろ?」

 考えが似ているのか、智也は時々、私が思ったことを口にする。

 それが、嬉しい。

「最近、全然行ってないから、映画館の場所も忘れたな」

「ここからなら、小樽おたるが近いですよ」

「ああ!」

 智也が右に車線変更し、ウインカーを上げた。タイミングよく信号が変わる。右折するとすぐに、右前方に海が見えてきた。

「よく行くのか?」

「はい。子供を連れて、ですけど」

「小樽に?」

「小樽は空いてるから、多いですね。時間が合わない時は札駅さつえきですけど」

「子供はどんな映画見るんだ?」

「アニメですよ。最近は――」と言いかけて、ようやく気がついた。

「誰かに見られたりしませんか?」

「は?」

「一緒にいるところを会社の人に見られたりしたら……」

「大丈夫だろ」

 明らかに適当な智也の返事。

「そう思ってるとバッタリ会ったりするんですよ。この前も札駅で千堂課長に会ったし」

「千堂?」

 智也の声が、低くなる。

 どうも、智也は千堂課長を良く思っていない。

「この前って?」

「一か月くらい前です。子供と映画を観に行ったら、会ったんですよ」

「で?」

 威圧的な口調。

 なぜか責められているように感じ、ムッとした。

「それだけです」

「……ふぅん」


 
 聞いておいて『ふぅん』って!?



「うっかり会社の人と会って誤解でもされたら困りますから、映画はやめましょう」

「誤解って?」

「私と課長が付き合ってる、とか」

「間違いじゃないだろ」

「『ごっこ』でしょう? それに、私は子供がいるんですよ? 付き合ってるイコール結婚とか噂されたら困るじゃないですか」

「誰が困るんだよ」

 智也が苛立っているのがわかる。

『何に』苛立っているのかわからないけれど。

「お互いに困るでしょう? 年上のバツイチ子持ちと噂になるのも、子供がいるのに年下上司と噂になるのも」

「俺は困らない」

 智也が右にウインカーを上げた。信号に右矢印が表示され、右折する。

 映画館に行くなら、直進。

 機嫌を損ねて、帰るつもりなのだと思った。

 だから、それ以上は口を開かなかった。

 けれど、右折してからしばらく直進し、マンションへの道から遠のいていく。

「課長? どこに行くんですか?」

「人に見られなきゃいいんだろ」

「え?」

 まさか、と思った時には駐車場の入り口を通過していた。

「課長!」

「なに」

「なにって――」

 ラブホテル。

 海沿いに建つ、近辺では有名なホテル。

 智也は空いているスペースに車を停め、無言で降りた。



 なんで、急に、こんな――。


 
 降りるに降りられずにいると、助手席のドアが開いた。
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