最後の男

深冬 芽以

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3 食事の後の緊急事態

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 ほんのり頬を赤らめて笑う彼女に、触れたいと思った。

 柔らかそうだ。

 ふっくらした頬が、ローストビーフを頬張るとさらに膨らむ。

「あんたも、『明日からダイエット』とか言うのか?」

「え?」

「よく言うだろ。いいだけ食っといて『明日からダイエットする』とか」

「言いますね」

「あんたも明日からダイエットすんの?」

 彼女は目の前に並ぶ料理を見てから、笑った。

「今更ですから」

「今更って?」

「健康に害を及ぼさなければ、いいかなと」

「ふーん」

「それに……」と、俯きながら呟いた。

 悲し気に。

「これでも痩せたんですよ」

「……そうなんだ?」

「はい」 

 憂いの表情の理由が気になった。

 日頃の疲れと、酒のせいだ。

 年上の部下に深く関わろうなんて、いつもの俺なら有り得ない。



 四十間近の、バツイチの、子持ちの、パートなんて――。


 
 彼女への興味を否定する、ありきたりな文句を並べてみても、わかっていた。

 どれも、大した問題ではない。

 それどころか、『問題』ですらない。

「離婚して?」

 表情が、一瞬で凍りついた。

「まぁ……。そうです」

「離婚の理由は?」

「え?」

「言いたくなかったらいいけど」

「そういうわけじゃないですけど……。お酒が不味くなりますよ?」

 彼女が作り笑いをした。

 会社で見るような、よそ行きの顔。美味いものを食って、子供の話をする時とは違う顔。

 嫌いだ、と思った。

 同時に、離婚の理由が一層気になった。

「この年だからな。家族や上司にせっつかれるんだが、結婚の良し悪しがわからない」

「はぁ……」

「だから、人生の先輩のアドバイスが貰えたらと思って」

 本当は、ただ知りたいだけだ。

 たった数時間一緒にいただけでも、彼女が家庭向きな女性で、子供を大切に想っていることがわかる。

 その彼女が結婚に失敗した理由が、知りたくなった。

「失敗した女の話なんて、参考になるとは思えませんけど」と、彼女が疑いの目で言った。

 興味本位で聞いていると思ったのだろうか。

「嫁の愚痴ばっか聞かされるとさ、結婚に希望を持てなくなるんだよ」

「はぁ」

「けど、逆の立場の意見を聞いたら、考えも変わるかもしれないだろう?」

「どうでしょうね」と、彼女が低い声で呟いた。

 壁を、感じた。

「ま、無理にとは言わない。ただ、あんたみたいに絵に描いたように専業主婦向きの女が失敗するなら、俺にはもっと向いてないだろうなと思っただけだ」

「わからないですよ? 共働きでも、子供がいなくても上手くいっている夫婦はたくさんいますし」

 吐き捨てるような言い方。

 会社では見せない一面。

 当然だが、よほどの理由があったのだろう。

 これ以上、詮索はしない方が良さそうだと思った。

「……子供、好きですか?」
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