最後の男

深冬 芽以

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2 二歳年下の上司

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 口の中の甘ったるさに我慢できなくて、俺はカップをシンクに置いた。

「ブラックで淹れ直してくれ」

「は……い」

 彼女の横に立った時、いい香りがした。

 香水なんかの鼻につく香りじゃなく、石鹸のような不愉快じゃない甘くて爽やかな香り。

「それから、明日は暇か?」

 千堂の間抜け面が視界に入り、吹き出しそうになった。



 デートにでも誘うと思ってるのか?



「休日出勤、出来るか?」

「溝口課長、堀藤さんは平日勤務のパートさんで、お子さんも――」

 堀藤が返事をしようと口を開きかけた時、千堂が割って入った。思わず舌打ちしそうになった。

「近藤がミスした見積書は、月曜の朝までに先方にメールしなきゃならない。あの様子だと、誰も俺と休日出勤はしたくないだろう?」

 言葉を遮られて、千堂が苛立っているのがわかる。

 もともと、一課の人手不足で雇ったのが堀藤。だから、基本的に一課の仕事ばかりしている。

 二課おれの仕事をさせるのが嫌なんだろう。

 俺は堀藤に、言った。

「あんたはタイプも早いし、正確だ。そして、俺を怖がっていない」

「十時から三時までで良ければ、出来ます」

 千堂の願いも虚しく、彼女は言った。

「じゃあ、頼むわ」

 千堂の様子からすると、恐らく明日はあいつも休出するだろう。

 俺は首を回して凝りを解すと、デスクに戻った。






 彼女は十時十分前に来た。

 いつもは紺の制服姿だが、休日は私服。

 最近よく見かける襟の開いた薄いピンクのさらさらのブラウスに、黒のスカートみたいなパンツ、少し高めのヒールの短めのブーツ。

 いつもの眼鏡はしていないし、いつもはファンデーションくらいしかしていない化粧も、今日は目元も色づいている。いつもは無造作に後ろで束ねている髪も、半分をクリップで止め、半分は下りている。毛先がくるっと丸まって揺れている。

 印象ががらりと変わった。

 とても美人だとかスタイルがいいとか、そういうのとは少し違う。

 年相応の落ち着いた雰囲気。

「おはようございます」

 彼女はデスクにコートとバッグを置き、パソコンの電源を入れた。

 大きなバッグだな、と思った。

 彼女が俺のデスクの前に立つ。

「見積書、ですよね」

「ああ。これ」と言って、俺は彼女に手書きの受注書を手渡した。

 昨日と同じ、微かに甘い香りがした。

「価格表はあるか?」

「はい」

「じゃ、頼む」

「はい」

 彼女が振り返ると、また香りがした。

「おはようございます」

 予想的中。

 千堂だ。

 私服の彼女を見て、俺と同じことを思ったらしく、少し驚いた顔で見ていた。

「おはようございます」

 彼女の声でハッとして、俺を見た。

 彼女に見惚れているのに、俺が気づいたか気になったのだろう。

「おはよう」と、俺は素知らぬ顔で言った。
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