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番外編*甘いお仕置き
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「皇丞、この着物っていくらするか知ってる?」
夫の腕を掴む手に、つい力が入る。
うっかり転んで、恥をかく以上に着物を汚してしまうことが怖い。
「さぁ? 結婚十年記念に父さんに強請った一品ものだってことくらいしか知らない」
「えぇ!? そんなに大事なものだったの!?」
「一時ハマってたんだよ、着物。静江さんが着付けできるから、パーティーとかにもよく着てて」
今日も、お義母さまと静江さんの二人がかりで着つけてもらった。
最初、年齢的にも淡いピンクやピンクっぽい紫がいいと言われて着てみたのだけれど、買い物から帰った静江さんが青系を推し、それならとお義母さまがとっておきをと出してきた。
それが、私が今着ているブルーグレーの留袖。
内ぼかしがどうとか花鳥山水がどうとか言われたが、びっくりするほど頭に入ってこなかった。
とにかく、お義母さまのとっておきだなんて、いくらするのかとばかり。
ただ、裾の内側にも椿の花が描かれていて、それは素敵だなと思った。
「そもそも、なんで着物なのよ……」
着物を着てほしいと言ったのは、皇丞。
「梓の着物姿が見たくて?」
「そんな不純な動機だったの!?」
「あとは、まぁ、昔の母さんが着物を着てた理由を思い出して?」
「理由?」
「ん。自分が主催するパーティーに、手間のかかる着物を選んでくれる気持ちや労力を、老婦人方は喜ぶらしい? 当時、父さんとの結婚で、まぁ色々言われたらしいし? 気合みたいなものでもあったんだろうけど」
なるほど、と思う。
成人式以来の着物は、苦しいし気を遣うし疲れるけれど、言葉通り身が引き締まる。
自然と背筋は伸びて胸を張れる。
単純だが、自信を持てると言うか、誇らしい。
「気合か。そう思うと、好きになれそうだわ」
「聞いたら母さんが喜ぶな」
「喜んでるのは皇丞でしょ?」
「ま、ね。脱がせるのが楽しみだ」
「そんなことだろうと思った」と、私は呆れ顔で夫を見上げる。
「ダメよ。お義母さまの大事なお着物を、皺だらけにはできません。それに、畳み方を知らないから、お義母さまに脱がせてもらうし」
「えっ!? この後実家行くの? ホテルに部屋を取ろうと思ってたんだけど!?」
「見たらわかるでしょ? 私、着替え持ってないの」
私は、金色のグラデーションが華やかな小さなバッグを持って見せた。帯とお揃いの色柄で、和装には小さくてぺったんこなクラッチバッグがセットだと思っていた私は、小さいながらもちゃんと長財布とスマホ、化粧ポーチが納まるバッグを見て、安心した。
が、もちろん皇丞は安心なんてしない。むしろがっくりと肩を落とす。
「マジかぁ……。せめてマンションに帰らね?」
「だ~め!」
ふざけた調子で笑っている皇丞だが、今週はずっと日付が変わる頃の帰宅だった。
弱音は吐かないけれど、やはり部長と専務の兼務は大変だと思う。
私を迎えに来た時に、静江さんにこっそり目の下のクマをコンシーラーで隠してもらっていた。
セックスするより、寝かせなきゃ。
「皇丞くん?」
背後からの声に足を止め、皇丞が振り返る。
「げん――社長!」
皇丞を呼んだのは杖を突いた白髪の男性。隣には、奥様らしい女性がいて、クリーム色の留袖を着ている。
皇丞が駆け寄った。
「久しぶりだな。すっかり大きくなって」
「もう三十も半ばですよ」
「そうだな。結婚して専務にもなったんだよな。もう、私の膝には乗せられないな」
わははっと笑う男性と皇丞。
私はゆっくりと二人に近づき、皇丞の隣に並んだ。
皇丞がそっと私の肩を抱く。
「堀田社長。妻の梓です」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、唇が震えた。
が、小さくすっと息を吸い込み、胸を張る。
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