上 下
183 / 208
番外編*甘いお仕置き

しおりを挟む


「はぁ~~~」

 両肘を机に突いて、組んだ両手を額に当てる。

「専務。仕事中にため息をつくのはやめてください」

 未だ言われ慣れない、俵の『専務』呼び。

「業務の進行に問題があるのでしたら、やはり早急に秘書を――」

「――それは、まだいい」

 専務と広報部部長を兼任している俺は、秘書を置いていない。

 俵は早く秘書を就かせたいらしいが、断っている。

 急な専務交代と専務秘書退職で、秘書課も人員の補充ができていないし、今の秘書課の面々は、長く就いている重役がいるから、交代は簡単ではない。

 俺は専務としての仕事もさほどないし、必要に応じて俵が就いてくれているから、今は十分だ。

 とはいえ、俵の仕事量を考えると、いつまでもというわけにはいかない。

「つーか、ため息の理由をわかってるだろ」

「専務、今は――」

 タイミングよく、昼休憩を告げるチャイムが鳴る。

「――休憩だ」

 俵がふぅっと息を吐くと、親指と人差し指で眼鏡のブリッジを上げた。

「梓ちゃんには?」

「おい」

「休憩中だろ?」

「だとしても、だ」

 何度言っても、俵の『梓ちゃん』呼びは変わらない。欣吾も、だ。



 俺の嫁を馴れ馴れしく呼びやがって!



「で? 言ったのか?」

「いや」

「言うつもりは?」

「……」

「社長秘書として寿々音さんのお世話もしてきた俺が、臨時専務秘書として梓ちゃんのお世話もしてやろうか?」

 俵が言うと、冗談に聞こえない。

 いや、きっと冗談のつもりはない。

「秘書としてって言うなら、俺をこの業務から外して――」

「――ご指名だ」

「俺はホストか!」

「あちらにとっては、同じだろ」

「お前が代わりに――」

「――相手は社長だぞ。臨時専務秘書の対応じゃ失礼だ」

「なら、副社長か――」

「――往生際が悪い!」

 容赦なく言い捨てられて、俺はまたため息をつく。

「腹を括って梓ちゃんに話せ。で、堂々と挑め。たとえ相手が元カノでも」

 俵が器用に片方の口角を上げ、あからさまに鼻で笑って出て行った。



 くそっ――!

 人ごとだと思って面白がって!



 俺はノートパソコンを少し乱暴に閉じて、立ち上がった。

 足早に廊下を闊歩し、エレベーターを待たずに階段を使う。

 目的の階のドアを開けようとノブに手をかけた時、スマホが鳴った。ジャケットのポケットから取り出す。

【調子が悪いから、帰ります】

 梓からのメッセージ。

 すぐに電話をかけると、最初の呼び出し音の途中で止んだ。

『もしもし?』

 小さくて、低い声。

「梓? 調子悪いって、大丈夫か? 熱は?」

『大丈夫』

「大丈夫じゃないから早退したんだろ? まさか、電車で帰るつもりじゃ――」

『――タクシー、乗った』

 余程つらいのだと思う。

「俺もすぐに――」

『――会食があるって言ってたでしょ? 私は、ほら、いつものことだから、大丈夫。薬もあるし、寝てれば治る』

 言いにくそうなところを見ると、生理痛か。



 そういや、月末か……。



「早めに帰るから、買い物あったらメッセージ入れといて」

『うん』



 これは、言えそうにないな。



 俺はドアに背中を預け、今下りてきた階段を見上げた。

「愛してるよ、梓」

『なに!? どうしたの?』

 誰に聞かれているわけでもないのに慌てる梓が可愛い。

 思えば、結婚してからはベッド以外で愛を囁くことが減った。

 結婚前が必死だったとも言えるのだが。

「なにも? マジで、早く帰るから」

『……うん?』



 帰ってから話すか。



 会食の相手が元カノだなんて、体調が悪い妻に言うことじゃない。

 お決まりの展開だが、その判断が間違いだったと知るのは、後のことだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

スパダリ外交官からの攫われ婚

花室 芽苳
恋愛
「お前は俺が攫って行く――」  気の乗らない見合いを薦められ、一人で旅館の庭に佇む琴。  そんな彼女に声をかけたのは、空港で会った嫌味な男の加瀬 志翔。  継母に決められた将来に意見をする事も出来ず、このままでは望まぬ結婚をする事になる。そう呟いた琴に、志翔は彼女の身体を引き寄せて ―――― 「私、そんな所についてはいけません!」 「諦めろ、向こうではもう俺たちの結婚式の準備が始められている」  そんな事あるわけない! 琴は志翔の言葉を信じられず疑ったままだったが、ついたパリの街で彼女はあっという間に美しい花嫁にされてしまう。  嫌味なだけの男だと思っていた志翔に気付けば溺愛され、逃げる事も出来なくなっていく。  強引に引き寄せられ、志翔の甘い駆け引きに琴は翻弄されていく。スパダリな外交官と純真無垢な仲居のロマンティック・ラブ! 表紙イラスト おこめ様 Twitter @hakumainter773

私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~

景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。 そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。 真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。 彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。 自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。 じれながらも二人の恋が動き出す──。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

甘やかしてあげたい、傷ついたきみを。 〜真実の恋は強引で優しいハイスペックな彼との一夜の過ちからはじまった〜

泉南佳那
恋愛
植田奈月27歳 総務部のマドンナ × 島内亮介28歳 営業部のエース ******************  繊維メーカーに勤める奈月は、7年間付き合った彼氏に振られたばかり。  亮介は元プロサッカー選手で会社でNo.1のイケメン。  会社の帰り道、自転車にぶつかりそうになり転んでしまった奈月を助けたのは亮介。  彼女を食事に誘い、東京タワーの目の前のラグジュアリーホテルのラウンジへ向かう。  ずっと眠れないと打ち明けた奈月に  「なあ、俺を睡眠薬代わりにしないか?」と誘いかける亮介。  「ぐっすり寝かせてあけるよ、俺が。つらいことなんかなかったと思えるぐらい、頭が真っ白になるまで甘やかして」  そうして、一夜の過ちを犯したふたりは、その後…… ******************  クールな遊び人と思いきや、実は超熱血でとっても一途な亮介と、失恋拗らせ女子奈月のじれじれハッピーエンド・ラブストーリー(^▽^) 他サイトで、中短編1位、トレンド1位を獲得した作品です❣️

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

処理中です...