151 / 208
14.罠の行方
4
しおりを挟む『嘘をついて、ごめん』
嘘って?
私を『愛してる』と言ったこと?
プロポーズまでしたこと?
愛してないのに、抱いたこと?
「私……、愛されてなかったのかな……」
騙すということは、そういうことだ。
私は、騙された。
正面のソファに座っていた平井さんが立ちあがり、私の横に座った。
そして、肩に手をのせた。
その手が、ゆっくりと肩を撫でる。
「愛されてなかったのだとしたら、悲しい?」
しゃっくりをするみたいに肩が跳ねた。
何度も。何度も。
息苦しい。
ゆっくり深呼吸をしようとしても、喉がつかえて苦しい。
だから、だ。
私はきっと、そうだ、お腹がいっぱいで苦しい。ビールの飲みすぎかもしれない。
とにかく、苦しい。
だから、酸素も思いっきり吸えない。
苦しいから、瞬きが多くなる。
そのせいで、眼球が渇く。
眼球を守るために、涙が出る。
そうよ。
涙が出るのは、悲しいからなんかじゃない――!
「天谷さんの時は、悔しかったのにね」
「……?」
「課長の裏切りは、悲しいのね」
よく、意味がわからない。
二つはどう違うのだろう。
「私なら、ね? 怒る、わ」
平井さんの手が、私の頬に触れた。
涙でへばりついた髪の毛を、そっと払ってくれる。
「天谷さんの時の梓ちゃんの感情に似ていると思う。ふざけんじゃないわよ! って、たんまり慰謝料ぶん取るの。そのお金で思いっきり遊んで、少しだけ泣いて、忘れる」
実際に直から慰謝料を貰っていたら、私もそうしたと思う。
形に残さず、自分のお金じゃできない贅沢をしただろう。
「課長の件にしても、同じ。私なら、その場で問い詰めるかな。ぶん殴ってるかも」
そうしようと、思った。
ボイスレコーダーを聞いた後。
でも、できなかった。
身体が、動かなかった。
「いつもの梓ちゃんでも、そうしたんじゃない?」
小さく頷く。
「そうできなかったのは、怖かったからよね」
怖い……?
「課長を失うのが、怖かったのよね」
皇丞を……失う?
「帰ってきたら、二、三発殴ってやらなきゃ」
そう言って笑った平井さんの顔は、滲んでよく見えなかった。
抱き寄せられ、抱きしめられ、私は観念した。
私は、悲しい。
そして、怖い。
全部、嘘だったと言われることが。
全部、なかったことにされることが。
嘘だと言って欲しい。
直との会話、きらりとの会話。誤解だって説明して。お金なんかいらないから。
『愛してる』って言って……。
私、信じるから。
背中をさすってくれる平井さんの手が温かくて、彼女が男だったら良かったのにと思った。
そうしたら、きっと夢中になる。
誰を罠にはめても構わないと思うほど、好きになる。
朝、サンドイッチを食べながらそう言ったら、平井さんが喉に詰まらせそうになった。
彼女のシャツの染みは、ジャケットで見えない。
ファンデーションやら何やらでぐっしょり汚してしまったから、弁償すると言ったのだけれど、彼女は「課長に請求するから」と言って取り合ってくれなかった。
「梓ちゃんが私の胸で泣いたなんて、課長には屈辱でしょうね」
平井さん――美嘉さんは随分と楽しそうだ。
美嘉さんにはどれほどお礼を言っても足りない。
山倉さんにも、だ。
かなり心配させてしまったらしい。
「『天谷さんと別れた時でも仕事中は顔に出さなかったのに、今は死にそうな顔でありえないミスしてる』って心配してたわよ」
些細なものとはいえ、私のミスを二人がカバーしてくれてたと聞いて、本当に恥ずかしくて申し訳なかった。
その週末。
私はオムライスを作った。
チキンライスはべちゃべちゃで、卵はかちかちだった。
結婚はオムライスが上手に作れるようになったらにしよう、と決めた。
相手がだれであっても。
1
お気に入りに追加
559
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる