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11.炎上

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「俺のために、だ」

 情けなくてもいい。

 格好悪くてもいい。

 梓に本心を曝け出せと言うなら、俺もそうすべきだ。

「お前がそばにいてくれないと、心配で不安で仕事どころじゃねーよ」

「皇丞……」

 俺の名を呼ぶ彼女の声が震えている。

「ズルい……」

 わかっている。

 だが、本心だ。

 そして、なにより伝えたいこと。

 余裕なんてない。

 まだ、全然、梓を俺のものにできた気がしない。

 彼女を繋ぎ留めておくのに必死だ。

 本当は必死な姿なんて見せたくないが、隠して余裕なフリすることがいつもいいことではない。

 それは天谷で実証済だ。



 お前も曝け出せば良かったんだ。

 稼ぎが良くなくても、誰にバカにされようと、梓が好きなら、愛しているなら、そう叫べばよかったんだ。

 他の女相手にモテたって虚しいだけだと、自分が認めてほしい女は一人だけだと、わかっていただろうに。



 弱さは恥ではない。

 だが、弱すぎるのはある意味卑怯だ。

 それ自体を言い訳にする。

 強い者には弱い者の気持ちなんかわからないだろうと。

 だが、強い者のほとんどは強くあろうと努力してそうなる。

 決して、生まれた時から強いわけじゃない。

 少なくとも、俺はそうだ。

 人一倍努力した自負がある。

 御曹司だの親の七光りだのコネだのと散々言われたが、立ち向かった。

 それが俺の強さだ。

 そして、その俺の弱点が梓だ。

 ならば、全力で守る。

 梓のためだなんて格好つけたことは言わない。

 俺のためだ。

 俺が強くあるために、だ。



 愛なんて、自分勝手な感情だ――。



 じっと見上げていると、梓の目頭から涙がこぼれた。

 鼻を伝い、唇の端をかすめる。

 俺はその涙を唇ですくった。

 しょっぱい。

 ひとりでなんか、泣かせない。

 絶対、させたくない。

「ズルくてもなんでも、そばにいてほしいんだよ」

 ズルいことなら散々やった。

 それほど、欲しかった。

「お前は、俺といるのは嫌か?」

「ズルい! そうじゃないってわかってるくせに!」

 握りしめた彼女の手が俺の手をすり抜けようとしたが、させない。

 一層強く握る。

「なら、ここにいろ」

「だけど――っ!」

「どうしても戻りたいなら、俺も一緒に行く」

「それじゃ意味がいないじゃない」

「俺にとって意味があるのは、お前と一緒にいることだ。場所は重要じゃない」

「一緒にいることが問題なんじゃ――」

「――意味がわからないな」

 小首を傾げてみせる。

 涙で潤んだ梓の瞳がカッと見開き、ずーっと鼻水と一緒に酸素を吸った。

「わからずや!」

「お前も十分わからずやだ。似た者同士だな」

「皇丞!」

「ここにいると約束してくれないなら、仕事休んで見張ってるぞ」

「駄々っ子みたいなこと言わないで」

「子供の頃の俺は聞き分けのいい子だったらしいから、その反動だな。それとも、親の育て方が悪いんだって文句言いに行くか? ついでに、私が一生かけて教育し直しますとでも言ってくれたら、親は泣いて喜ぶんだが」

「言うわけないでしょ!」

「ザンネンだな」

 もう、梓の瞳は涙に濡れていない。

 それが嬉しくて笑うと、馬鹿にされたと思ったのか梓がぷいっと顔を背けた。

「もうっ!」

「約束してくれないのか?」

「……」

「しょうがないな。俺もしばらく有給取るか。で、一日中セックスってのもいいな。足腰立たなきゃ、逃げられないだろうし。あ、鎖でつなぐってのは? エロくてよくね?」

「~~~っよくねーし!」

 鎖でつながれる自分でも想像したのか、梓が顔を赤らめて怒った。

 俺はそれを見て、はははと笑う。

 そうしたら、梓も笑った。

 それから、前屈みになると、ストンと俺の膝に下りてきた。

 俺の手をすり抜けた彼女の手が、俺の頭を抱く。

「カレー、ね」

「……ああ」

 俺は彼女の腰を抱く。

「きっと残るから、明後日もカレーです」

「いいよ。一緒に食べてくれるなら」

 毎日カレーでもいい。

 毎日お好み焼きでもいい。



 だから、ずっと、そばにいろ――。


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