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11.炎上

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「え……?」

 聞こえなかったわけでも、意味がわからなかったわけでもない。朝一で頭が働いていないわけでも。

 聞き間違いだと思いたくて、聞き返した。

 それによって、平井さんに言いにくいことをもう一度言わせてしまうことになったのは、申し訳ない。

 それを察したのか、今度は山倉さんが言った。

「今朝、ちょうど俺と平井さんが入ってきた時に電話が鳴ったんです。どちらも……木曽根さんを担当から外してほしいとのことでした。どうやら……広塚家具の件が知れ渡っているようで」

 かかってきた二件は、一件が来週撮影のカタログで、もう一件はまだ打合せ段階の雑誌広告。

「私たちで返事できることじゃないので、決定権のある者がおり返すって伝えました」

「わかった」

 私の隣で聞いていた皇丞が、答える。そして、平井さんからメモを受け取ると、私の肩に軽く触れ、デスクに向かう。

 すぐに受話器を上げる音が聞こえて、私は振り返った。

「外れます、担当」

 考えるまでもなく、言った。

「必要ない」

 番号を押しながら、皇丞が言う。

「そもそも一方的な担当替えなんて――」

 カツカツと足早に彼のデスクに近づきながら言う。

「――私が外れることで業務が円滑に進むのなら、それでいいです。今、広塚家具以外とまでモメるのはマズいでしょう!」

 手を伸ばし、皇丞の手から受話器をかすめ取り、元の場所に置く。

「私たちだって、信用できない相手とは仕事をしないじゃないですか。今は、相手にとって私がそうなんです。仕方が――」

「――ないわけあるか! お前は――」

「――課長! 私情を挟まないでください」

「――――っ!」

 皇丞が私を想ってくれるのは痛いほどよくわかる。平井さんも山倉さんも。

 それでも、今の私は社内外から、電話の対応ひとつ満足にできないと思われている。

 皇丞が庇ってくれても、それが現実だ。

 皇丞も平井さんも、十分頭を下げてくれた。これ以上、迷惑はかけられない。

 私は彼のデスクに両手をつき、ズイッと身を乗り出した。

「担当、外れます」

「梓」

 皇丞が唇を噛む。

「広塚家具の件が誤解だとはっきりするまでです」

 そんなに単純な話でないことは分かっている。

 たとえ、広塚家具からの電話を受けたのが私でないと証明できても、広まってしまった噂は回収できない。

 行く先々で事の真相を話して回るわけにはいかない。

 一度担当を外れたら、その仕事には戻れない。

 それでも、今は事を荒立てていいことなんてないことくらい、わかる。皇丞だって、わかってる。

 私は振り向き、平井さんと山倉さんに頭を下げた。

「お忙しいのにすみませんが、私の代わりに担当をお願いします」

「やめてよ、梓ちゃん! 梓ちゃんが悪いわけじゃ――」

「――そうですよ!」

 二人の優しさに涙が滲む。と同時に、悔しい。

 唇を嚙み締めたまま頭を上げられずにいたら、ピーッカチャと電子音が鳴り、ドアが開いた。

「……おはよう?」

 彦谷部長が只ならぬ光景に、戸惑い気味に挨拶をした。

 なぜか、部長の後から林海専務が現れる。

 私は頭を上げ、軽く目尻を拭う。

「おはようございます」

 各自挨拶をし、平井さんと山倉さんは席に戻った。

「何かあったのか?」

 彦谷部長ではなく、専務が聞き、私は皇丞と顔を見合わせる。

 報告は必要だ。

 だが、なぜ、このタイミングで専務までやってきたのか。

「林海専務、本日きらりさんは欠勤でしょうか?」

 皇丞が聞く。

 始業のチャイムがあと一、二分で鳴るというのに、きらりはいない。

「ああ、健診があるそうなんだが、伝えるのを忘れていたと朝になって言うもんだからね。私が伝えに来たんだ」

 専務は随分とご機嫌な笑みを浮かべた。

「すまないね。忙しいのに」

「いえ」

「で? 何かあったのかな。私がいては報告しづらいことか?」

「……」
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