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8.甘い夜、甘くない理由

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『マジか……。俺より稼ぐ女って……ムリだわぁ。凹む』

『だよなぁ……』



 どいつもこいつも小せぇ男だ。



 あいつらが、異動願を出しても通らずに腐ってるのか、それすらしないで文句言ってるだけなのかは知らないが、広報には経理とは違う苦悩がある。

 経理課は賞与の査定で大幅アップこそないが、真面目にさえやっていれば一定ラインを下回ることはない。

 だが、広報や営業、企画は、業績が悪ければ経理より賞与は少ない。

 努力あってなのだ。

 それに、経理課でも、給与計算や経費精算の効率化案を提出して社長賞をもらった人がいた。

 そういう人を見習えばいいものを。

 結局、天谷も同僚たちも、その程度の男と言うことだ。

 しかも、話の流れで、賞与が入ったらキャバクラに行こうと言っていた。天谷も誘って。

 彼らが口にした店は、女性たちが行き過ぎたサービスをすると噂の店。

 まさか、と思った。

 梓がいながらそんな店に行くなんて、あり得ない。

 俺なら、きっぱり断って、梓の元へ行く。

 どこのどんな男とナニをしているかわからない女と酒を飲むより、梓と缶ビールを飲む方がずっと楽しいに決まっている。

 だが、天谷は行った。

 しかも、店の女とアフターに行ったらしい。

 梓は、天谷が嫌がるかもしれないと上司の誘いすら断ったのに。

 そんなに梓に想われているのに、天谷は裏切った。

 梓にバラしてやろうと思った。

 天谷とは別れた方がいいと、言ってやろうと思った。

 だが、言えなくなった。

 婚約したと恥ずかしそうに、嬉しそうに指輪を平井に見せている姿を見て、傷つけられなくなった。

 傷つけてでも、この時に別れさせるべきだった。

 もしそうしていたら、梓は俺を恨んだだろう。

 決して、俺を愛したりしない。

 そう思えば、梓が今、こうして俺の腕の中にいることが、奇跡なのだ。運命と言ってもいい。

 恋に浮かれてそんなことを思う自分を気持ち悪いと思わなくもないが、それほど梓が好きだ。

 だから、俺にとって林海きらりの存在は、渡りに船だった。

 梓を傷つけた。泣かせた。



 だが、今はこうして俺の隣にいる――。



 絶対、守る。

 林海が自宅謹慎となったことで、天谷があからさまに梓につきまとうのを、阻止しなければ。

 意図がわからないだけに、梓の実家に菓子を送ったことも見逃せない。



 婚約解消のお詫び……ではないな、間違いなく。



 梓が両親に、自分と別れたことを話していないと知ってのことか。

 それとも、話していない前提での機嫌取りか。

 俺としては、このおかげで梓が両親に婚約解消を告げ、ついでではあるが俺との関係も打ち明けてくれたから、ラッキーだった。

 梓の寝顔にかかる髪を指ですくう。

 キスをしたら起きるだろうか。

 今日は、緊張したり、大泣きしたり、大啼きしたりと忙しかったから随分と疲れたろう。

 俺は安らかな寝顔に吸い寄せられるように、キスをした。

 梓は起きない。

 だから、もう一度キスをした。

 キリがないな、と思う。

 何度しても足りない。

 何度シても足りない。



 思春期の学生ガキじゃあるまいし……。



 俺はムクムクと勃ち上がりそうな熱を無視して、梓を抱きしめた。

 眠る彼女を、背後からぎゅっと。



 朝起きたら、一人で天谷に近づかないように言わなきゃな。



 俺はそんなことを考えながら目を閉じた。


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