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8.甘い夜、甘くない理由

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 なにか別のことを考えようとして、浮かんだのは天谷の悔しそうな表情だった。

 興覚めだ。

『依存していたのは、お前だよ。それを認められなかったのは、お前の弱さだ』

 俺がそう言った時、天谷はハッとして、それから悔しそうな表情に変え、更に憎悪すら見せた。

 俺に聞かれていたとは、思ってもみなかったのだろう。

 だが、そもそもあんな誰が聞いているかわからない休憩スペースで話していては、不思議じゃないだろうに。

『梓は家事が全くできないからな。俺に依存してるのは梓の方だよ』

 梓の尻に敷かれてるんだろうと同僚に茶化された天谷の言葉。

 俺はあの時、場所も立場も忘れてぶん殴ってやりたい衝動に驚いた。

 梓のことは気に入っていた。

 優秀だしガッツのある部下だ。

 容姿も好みだ。

 だが、俺はいずれ会社を継ぐ立場で、迂闊に部下を口説けるわけもない。

 だから、梓への感情は、上司が部下を可愛がるものだと自分に言い聞かせてきた。

 梓に、社内に恋人ができたと知り、ショックだった。それが天谷だと知った時は、もっとショックだった。

 梓にはもっと相応しい男がいると思った。

 それも、上司故の感情だと思い込もうとした。

 だが、天谷のあの言葉を聞いた時、腹の底から怒りが湧いた。



 家事ができないくらいで、できる男に依存するか?



 感謝し、尊敬こそすれ、依存はない。

 なぜかそう確信を持って言えた。

 その上、これは一緒に暮らしてわかったことだが、梓ができない、と言うよりも不得手なのは料理だけだ。

 それも、何度か失敗するうちに苦手意識が膨らんで、絶対に失敗すると思い込んで挑むから失敗するだけで、気の持ちよう次第で上達すると思う。

 だが、お好み焼き作りは上手いし、美味い。

 その理由は、お好み焼き粉の袋に書いてある通りに作ればいいから、だそうだ。

 よくわからない理屈だが、要は大さじとか一つまみという個人によって感覚が違いそうな分量に戸惑っているらしく、適量という言葉が最も嫌いだと鼻息を荒くして言った梓は、それはもう可愛かった。

 とにかく、あの時天谷が言ったことは、違う。

 梓は掃除も洗濯もきちんとする。

 無駄なものをごちゃごちゃと置くこともないし、機能性重視で俺と感覚が合う。

 天谷のあの言葉には腹が立ったが、今となっては感謝している。

 なぜなら、あの言葉があったおかげで、梓を天谷から奪ってやると決めたから。

 その後も、天谷が同僚と梓のことを話しているのを聞いた。

 いつも、梓がいかに自分を好きで、自分に依存しているかを自慢している。

 仕事に関しても、彼女が存分に仕事に打ち込めるのは自分の支えがあってこそだから、彼女はいつも俺に感謝し、奉仕してくれている、と。

『奉仕? マジかぁ。木曽根さんに奉仕してもらえるなら、俺も家事頑張っちゃうよなぁ』

 わざわざ下品な言い回しをし、同僚の想像を掻き立てるなんて、随分と小さくて弱い男だ。

 そして、それを同僚にもバレている。

 うまく調子を合わせていた同僚だが、天谷のいないところでは散々な言いようだった。

『木曽根さんみたいな美人と付き合えんのは羨ましいけど、天谷見てると惨めだよな。必死で惚れられてる発言してるけど、どう見たって天谷が木曽根さんに縋ってるだろ』

『だよな。大体、絶対木曽根さんの方が給料いいだろ。経理なんて査定もほぼ一律だけど、広報は業績によって桁違いだろ』

『そうそ。俺、この前の賞与で広報やったんだけどさ? すげーよ。マジ、俺ら三人分の賞与額合わせても、広報二人分にもなんねーの』
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