上 下
79 / 208
7.つながる想い

しおりを挟む

 わかっているのに、それを言葉にするのを躊躇ってしまうのは、私の性格なのか、直に受けた仕打ちのせいなのか。



 違う。

 私が大事なことを言えなかったから、直も離れて行った――。



 曝け出せばいい。

 皇丞この人は、きっと全部受け止めてくれる。

 わかっているのに、言葉じゃなくて涙が先に溢れてしまうのは、年を重ねるにつれ忘れてしまった『素直になる』ことへの恐怖から。

 誰か、教えてくれたらいいのに。

 この恋が、最後の恋だと。

 わかっていれば、きっとなりふり構わず飛び込める。

「梓」

 視界が涙で歪み、皇丞がどんな表情をしているのかよく見えないけれど、声は優しい。

 瞬きをすると、目尻から涙がこぼれ、彼の表情が見えた。

 さっきまでと同じ、真剣な、少し怖いくらい真剣な表情。

「俺は、俺にとって梓が最後の女だと思ってる」

 また、皇丞の顔が見えなくなる。

 眼球の上に大きな涙の粒がのっかって、部屋の灯りが万華鏡のようにいくつもの色に見えるほど。

「待てというならいつまでも待つさ。でも――」

 目を閉じたら、涙の粒は流れて落ちたけれど、瞼の中の涙が重くて目を開けない。

 このままなら言えるだろうか。

 せめて、皇丞の顔を見ないままなら、素直になれるだろうか。

 素直じゃない私の精一杯だと、彼は笑ってくれるだろうか。

 私は両手で顔を覆った。

「――後輩に……恋人を寝取られるような間抜けな女だよ?」

 一気に喋らないと、嗚咽が漏れてしまいそうだ。

「会社でも噂になっちゃって、そんな女が息子のそばにいたら社長だって――」

「――梓」

「もうっ、裏切られたくないの! 最後の恋だなんてどうしてわかるの? 直の時もそう思った! けど――っ」

 信じられないのは、自分。

 自分の人を見る目だったり、受け取る言葉の意味だったり、そこに隠れた本心だったり、見える表情、誤魔化した感情。

 きっと、直の時も気づけた。

 気づいてた。

 スマホとか、会う頻度とか、気づいてたのに、直を愛した自分を信じた。信じて、裏切られた。

 皇丞のことも信じて、裏切られるのが怖い。

 失望されるのが、悲しませるのが嫌で、親にすら言えてない。



 私は、きっと私が思うより見栄っ張りで意地っ張りで、怖がりだ――。



『あなたを愛していると胸を張って言える時がきたら、そう言います』

 月を見上げてそう言った自分を殴りたい。

 胸を張って、どころか弱音も顔を伏せてしか言えないくせに。
「今なら引き返せるか?」

 手の甲、左手の薬指に、わかりやすくチュッと音を立てて彼の唇が触れた。

「今、一緒にいるこの瞬間のことしか考えらんないくらい、好きで堪んないのは俺だけか?」

 手首を掴まれ、ゆっくりと顔から離される。決して強い力ではないのに抗えないのは、そうしてほしいと思っているからかもしれない。

「格好いいこと言ってもな? 俺にだってわかんねーよ。未来のことなんて」

 もう片方の手も、彼の手でソファに縫い付けられた。

「ははっ。涙でぐしょぐしょ」

 笑われて、無意識に目を開く。

 皇丞が、笑ってる。

 それが、嬉しい。

 困ってるんでも、怒ってるんでも、悲しんでるんでもなく、笑ってくれていることが、嬉しかった。

 それが、なにより大事なんだと、思った。

 困らせたくない、怒らせたくない、悲しませたくないと思う。彼には、笑っていてほしい。

 それなら、私がすべきことはひとつだ。

「皇丞が、好き」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

スパダリ外交官からの攫われ婚

花室 芽苳
恋愛
「お前は俺が攫って行く――」  気の乗らない見合いを薦められ、一人で旅館の庭に佇む琴。  そんな彼女に声をかけたのは、空港で会った嫌味な男の加瀬 志翔。  継母に決められた将来に意見をする事も出来ず、このままでは望まぬ結婚をする事になる。そう呟いた琴に、志翔は彼女の身体を引き寄せて ―――― 「私、そんな所についてはいけません!」 「諦めろ、向こうではもう俺たちの結婚式の準備が始められている」  そんな事あるわけない! 琴は志翔の言葉を信じられず疑ったままだったが、ついたパリの街で彼女はあっという間に美しい花嫁にされてしまう。  嫌味なだけの男だと思っていた志翔に気付けば溺愛され、逃げる事も出来なくなっていく。  強引に引き寄せられ、志翔の甘い駆け引きに琴は翻弄されていく。スパダリな外交官と純真無垢な仲居のロマンティック・ラブ! 表紙イラスト おこめ様 Twitter @hakumainter773

私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~

景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。 そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。 真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。 彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。 自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。 じれながらも二人の恋が動き出す──。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る

ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。 義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。 そこではじめてを経験する。 まゆは三十六年間、男性経験がなかった。 実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。 深海まゆ、一夜を共にした女性だった。 それからまゆの身が危険にさらされる。 「まゆ、お前は俺が守る」 偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。 祐志はまゆを守り切れるのか。 そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。 借金の取り立てをする工藤組若頭。 「俺の女になれ」 工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。 そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。 そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。 果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。

甘やかしてあげたい、傷ついたきみを。 〜真実の恋は強引で優しいハイスペックな彼との一夜の過ちからはじまった〜

泉南佳那
恋愛
植田奈月27歳 総務部のマドンナ × 島内亮介28歳 営業部のエース ******************  繊維メーカーに勤める奈月は、7年間付き合った彼氏に振られたばかり。  亮介は元プロサッカー選手で会社でNo.1のイケメン。  会社の帰り道、自転車にぶつかりそうになり転んでしまった奈月を助けたのは亮介。  彼女を食事に誘い、東京タワーの目の前のラグジュアリーホテルのラウンジへ向かう。  ずっと眠れないと打ち明けた奈月に  「なあ、俺を睡眠薬代わりにしないか?」と誘いかける亮介。  「ぐっすり寝かせてあけるよ、俺が。つらいことなんかなかったと思えるぐらい、頭が真っ白になるまで甘やかして」  そうして、一夜の過ちを犯したふたりは、その後…… ******************  クールな遊び人と思いきや、実は超熱血でとっても一途な亮介と、失恋拗らせ女子奈月のじれじれハッピーエンド・ラブストーリー(^▽^) 他サイトで、中短編1位、トレンド1位を獲得した作品です❣️

処理中です...