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7.つながる想い
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しおりを挟むわかっているのに、それを言葉にするのを躊躇ってしまうのは、私の性格なのか、直に受けた仕打ちのせいなのか。
違う。
私が大事なことを言えなかったから、直も離れて行った――。
曝け出せばいい。
皇丞は、きっと全部受け止めてくれる。
わかっているのに、言葉じゃなくて涙が先に溢れてしまうのは、年を重ねるにつれ忘れてしまった『素直になる』ことへの恐怖から。
誰か、教えてくれたらいいのに。
この恋が、最後の恋だと。
わかっていれば、きっとなりふり構わず飛び込める。
「梓」
視界が涙で歪み、皇丞がどんな表情をしているのかよく見えないけれど、声は優しい。
瞬きをすると、目尻から涙がこぼれ、彼の表情が見えた。
さっきまでと同じ、真剣な、少し怖いくらい真剣な表情。
「俺は、俺にとって梓が最後の女だと思ってる」
また、皇丞の顔が見えなくなる。
眼球の上に大きな涙の粒がのっかって、部屋の灯りが万華鏡のようにいくつもの色に見えるほど。
「待てというならいつまでも待つさ。でも――」
目を閉じたら、涙の粒は流れて落ちたけれど、瞼の中の涙が重くて目を開けない。
このままなら言えるだろうか。
せめて、皇丞の顔を見ないままなら、素直になれるだろうか。
素直じゃない私の精一杯だと、彼は笑ってくれるだろうか。
私は両手で顔を覆った。
「――後輩に……恋人を寝取られるような間抜けな女だよ?」
一気に喋らないと、嗚咽が漏れてしまいそうだ。
「会社でも噂になっちゃって、そんな女が息子のそばにいたら社長だって――」
「――梓」
「もうっ、裏切られたくないの! 最後の恋だなんてどうしてわかるの? 直の時もそう思った! けど――っ」
信じられないのは、自分。
自分の人を見る目だったり、受け取る言葉の意味だったり、そこに隠れた本心だったり、見える表情、誤魔化した感情。
きっと、直の時も気づけた。
気づいてた。
スマホとか、会う頻度とか、気づいてたのに、直を愛した自分を信じた。信じて、裏切られた。
皇丞のことも信じて、裏切られるのが怖い。
失望されるのが、悲しませるのが嫌で、親にすら言えてない。
私は、きっと私が思うより見栄っ張りで意地っ張りで、怖がりだ――。
『あなたを愛していると胸を張って言える時がきたら、そう言います』
月を見上げてそう言った自分を殴りたい。
胸を張って、どころか弱音も顔を伏せてしか言えないくせに。
「今なら引き返せるか?」
手の甲、左手の薬指に、わかりやすくチュッと音を立てて彼の唇が触れた。
「今、一緒にいるこの瞬間のことしか考えらんないくらい、好きで堪んないのは俺だけか?」
手首を掴まれ、ゆっくりと顔から離される。決して強い力ではないのに抗えないのは、そうしてほしいと思っているからかもしれない。
「格好いいこと言ってもな? 俺にだってわかんねーよ。未来のことなんて」
もう片方の手も、彼の手でソファに縫い付けられた。
「ははっ。涙でぐしょぐしょ」
笑われて、無意識に目を開く。
皇丞が、笑ってる。
それが、嬉しい。
困ってるんでも、怒ってるんでも、悲しんでるんでもなく、笑ってくれていることが、嬉しかった。
それが、なにより大事なんだと、思った。
困らせたくない、怒らせたくない、悲しませたくないと思う。彼には、笑っていてほしい。
それなら、私がすべきことはひとつだ。
「皇丞が、好き」
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