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5.月夜

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 後部座席いっぱいに荷物を詰め込み、皇丞は目的地を言わずに車を走らせた。

 駐車場を出てすぐに、夕陽が眩しいらしく、サングラスをかけた彼に、少しドキッとしたなんて、それこそ子供みたいで言えない。



 ホント、どうして私なんて好きなんだか……。



「一応聞いておくけど、食えないもんないよな?」

「うん」

 顔を向けられても、サングラスのせいで視線が絡まず、それが落ち着かない。

 皇丞がふっと笑い、心の内を見透かされたのかとドキリとした。

「さっきから、敬語交じりなんだけど」

「え?」

「猫、飼ったことないんだけど、お前みたいなのかな」

「え?」



 猫!?



「女は猫みたいだって言うだろ」

「ああ……。言われたことありませんけど」

「ほら、敬語」

「あ……」

 左手でハンドルを握り、右肘をドアに立てて頬杖をつく様がドラマそのもので、また心臓がうるさくなる。

 自分がこんな、俗にいうキュンキュンするシチュエーションを経験するなんて思ってもみなかった。



 不整脈おこしそう……。



「猫を飼いならすにはどうしたらいいんだろうな。やっぱ、エサか」

「え?」

 皇丞が頬杖をついていた右手でハンドルを握り、左手を私に伸ばす。本当にチラッとだけこちらに顔を向け、左手で私の髪を掬うと、前を見た。

「簡単じゃないから、欲しくなるんだろうな」

「私は、猫じゃないし……」

「犬派か?」

「どちらかと言えば?」

 髪の先から熱を持つなんて、比喩でしかないのに、本当に触れられた毛先から火照ってゆく気がする。

「犬の話すると、実家のレトリバーに会いたくなるな」

「あ、飼ってるって前に言ってましたよね」

「ああ。今度、会わせるよ」

「え……?」



 それは、私を実家に連れて行くと言っているの……デショウカ。



 ドキドキしすぎて、思考がショートしかけている。

「その前に、お前を躾けるか」

「はい!?」

「敬語、やめろよ?」

「……はい」

 心臓に悪い。

 さっきからドキドキさせられっぱなしが悔しくて、思わずまたふいっと窓の外に顔を向ける。その拍子に、彼の手から私の髪がするりと抜け落ちた。

「皇丞って……」

「ん?」

「女の髪触るの、好きなの?」

 窓越しに、彼が私に顔を向けたのが見える。

「ああ……」

 他の女にもこうしているのかと思うと、さっきまでドキドキしていた胸の内が、モヤモヤしてくる。

「いや? 梓の髪を触るのが好きなんだな、多分」

「多分?」

「他の女の髪、こんな風に触れたことない……から?」

「……あやし」

 不自然な間にチクリと呟くと、皇丞がははっと笑った。

「妬いてんの?」

「妬いてません!」

「か~わい」

「揶揄わないで!」

「揶揄ってねーよ。ホントにそう思ってる」

 車内の温度がぐんぐん上昇し、全身が熱い。が、日暮れとはいえまだ九月上旬。当然だがヒーターなんて入れてない。

「天谷には言われなかった?」

「え……」

 思わず皇丞を見ると、彼は片手で口元を押さえていた。

「わり。妬いてんのは俺の方だな」

 正直、皇丞ほどの男性ひと元カレをこんなに意識するとは意外だ。



 自信満々に、「いくら比べても俺の方がいいに決まってる」とか言いそうなのに……。



「直とは……こんな風に軽口言い合うこと、あんまりなかったかな」

「……?」

「揶揄われたり、怒られたりしたこと、なかった気がする。喧嘩もしたことないし」

「二年、一緒にいて?」

 私は小さく頷く。

「直、何をするんでも私がどうしたいか聞くの。食べたいものも行きたい場所も欲しいものも。そりゃ、たまにはそうじゃない時もあったけど」
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