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5.月夜
8
しおりを挟む後部座席いっぱいに荷物を詰め込み、皇丞は目的地を言わずに車を走らせた。
駐車場を出てすぐに、夕陽が眩しいらしく、サングラスをかけた彼に、少しドキッとしたなんて、それこそ子供みたいで言えない。
ホント、どうして私なんて好きなんだか……。
「一応聞いておくけど、食えないもんないよな?」
「うん」
顔を向けられても、サングラスのせいで視線が絡まず、それが落ち着かない。
皇丞がふっと笑い、心の内を見透かされたのかとドキリとした。
「さっきから、敬語交じりなんだけど」
「え?」
「猫、飼ったことないんだけど、お前みたいなのかな」
「え?」
猫!?
「女は猫みたいだって言うだろ」
「ああ……。言われたことありませんけど」
「ほら、敬語」
「あ……」
左手でハンドルを握り、右肘をドアに立てて頬杖をつく様がドラマそのもので、また心臓がうるさくなる。
自分がこんな、俗にいうキュンキュンするシチュエーションを経験するなんて思ってもみなかった。
不整脈おこしそう……。
「猫を飼いならすにはどうしたらいいんだろうな。やっぱ、エサか」
「え?」
皇丞が頬杖をついていた右手でハンドルを握り、左手を私に伸ばす。本当にチラッとだけこちらに顔を向け、左手で私の髪を掬うと、前を見た。
「簡単じゃないから、欲しくなるんだろうな」
「私は、猫じゃないし……」
「犬派か?」
「どちらかと言えば?」
髪の先から熱を持つなんて、比喩でしかないのに、本当に触れられた毛先から火照ってゆく気がする。
「犬の話すると、実家のレトリバーに会いたくなるな」
「あ、飼ってるって前に言ってましたよね」
「ああ。今度、会わせるよ」
「え……?」
それは、私を実家に連れて行くと言っているの……デショウカ。
ドキドキしすぎて、思考がショートしかけている。
「その前に、お前を躾けるか」
「はい!?」
「敬語、やめろよ?」
「……はい」
心臓に悪い。
さっきからドキドキさせられっぱなしが悔しくて、思わずまたふいっと窓の外に顔を向ける。その拍子に、彼の手から私の髪がするりと抜け落ちた。
「皇丞って……」
「ん?」
「女の髪触るの、好きなの?」
窓越しに、彼が私に顔を向けたのが見える。
「ああ……」
他の女にもこうしているのかと思うと、さっきまでドキドキしていた胸の内が、モヤモヤしてくる。
「いや? 梓の髪を触るのが好きなんだな、多分」
「多分?」
「他の女の髪、こんな風に触れたことない……から?」
「……あやし」
不自然な間にチクリと呟くと、皇丞がははっと笑った。
「妬いてんの?」
「妬いてません!」
「か~わい」
「揶揄わないで!」
「揶揄ってねーよ。ホントにそう思ってる」
車内の温度がぐんぐん上昇し、全身が熱い。が、日暮れとはいえまだ九月上旬。当然だがヒーターなんて入れてない。
「天谷には言われなかった?」
「え……」
思わず皇丞を見ると、彼は片手で口元を押さえていた。
「わり。妬いてんのは俺の方だな」
正直、皇丞ほどの男性が元カレをこんなに意識するとは意外だ。
自信満々に、「いくら比べても俺の方がいいに決まってる」とか言いそうなのに……。
「直とは……こんな風に軽口言い合うこと、あんまりなかったかな」
「……?」
「揶揄われたり、怒られたりしたこと、なかった気がする。喧嘩もしたことないし」
「二年、一緒にいて?」
私は小さく頷く。
「直、何をするんでも私がどうしたいか聞くの。食べたいものも行きたい場所も欲しいものも。そりゃ、たまにはそうじゃない時もあったけど」
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