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5.月夜

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「林海さん! ダメじゃないか、そんなもの持っちゃ!」

 部長が慌ててきらりに駆け寄る。

「でもぉ」

 甘ったるく間延びした声と、私を向ける視線。

「木曽根さん! 林海さんの荷物を変わってあげてくれるかな」

「やめてください、部長ぉ。後で木曽根さんに怒られちゃいますぅ」

 尖らせた真っ赤でテカテカの唇を、思いっきりつねってやりたい。

「なに言ってんの! 妊婦さんにそんなことするはずないじゃないか。同じ女性同士、協力しないと! ね、木曽根さん」

「ソーデスネ」

 なら部長が持ってあげれば? と思ったのは言うまでもない。

 しかも、きらりが持っている段ボールは空。

 段ボールの中身は、私のデスクに山積みされているのだから。

「林海さん、貸して?」

「えぇ、でもぉ」

「いいの。私は妊娠していないから、段ボールを畳んで運ぶくらい何の問題もないわ」

 奪うように段ボールを掴むと、そこに貼り付けられたガムテープの端を爪で剥がし、一気に引っ張る。

 ベリベリベリッと気持ちよく剥がれた。

「木曽根さん、すごぉい」

 これ見よがしにパチパチと手を叩く彼女の爪は唇と一緒で真っ赤で、段ボールを貫通させられそうな長さ。

 妊婦を強調する割に、ブラウスのボタンは上ふたつを空けていて、屈むと下着が見えるだろう。真っ白なプリーツスカートも、階段ではアウトな長さ。

 イライラを隠さない平井さんに、大丈夫だと目くばせした時、打ち合わせで席を外していた皇丞と山倉さんが戻ってきた。

「木曽根さん。これからも林海さんのサポートを頼むよ? 専務や私の心遣いを無下にした以上、林海さんが健やかに妊娠生活を送れるように配慮するのはきみの責務だからね」

 部長は誰が戻ってきたか確認しなかったから気づいていないけれど、視線だけで毛髪が抜けそうなほど皇丞が睨んでいる。

 私はにっこり微笑んだ。

「わかりました」

 予想外の反応に、部長がたじろぐ。

 私は部長の横のきらりに一歩近づいた。

「林海さん、まずは身体を冷やさないようにしましょうか。妊娠の経験がなくても妊婦に冷えが良くないのは知っているの。ボタンは一番上までしめて」と言いながら、私は彼女のブラウスのボタンをかけてゆく。

「明日からはパンツスタイルがいいでしょうね。スカートならくるぶしまであるものがいいんじゃない?」

「え、そんなの持ってな――」

「――それくらい買ってくれるわよ、天谷さんが。可愛い婚約者のためだもの」

 きらりがギリッと歯ぎしりしたように見える。

「本当はね? 妊娠中の女性にこんなことを言うとマタハラだって言われかねないんでしょうけど、部長直々にお世話を仰せつかったものだから、許してね?」

 大袈裟な台詞に、平井さんが顔を伏せて肩を震わせている。

 山倉さんは目を丸くし、皇丞は頬を引き攣らせている。

「寒くない? ブランケットを貸しましょうか」

「いりません!」
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