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最後の確認。

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 「顔も知らない相手に結婚申し込むって事!?」
 「はい!」

 私の気合いが入った装いに気がついた先輩が「なに?デート?」と声をかけてくれたので今日の計画を話す事にした。

 タチネコにゃんにプロポーズするという事。

 「付き合って下さい!だと既婚者や恋人持ちの人だった場合、浮気相手になってしまう可能性が出ますよね?
 だけど結婚は既婚者では出来ません。彼女持ちも同様に了承しないと思うんですよ。コンプラ守った真剣告白です。」
 「重すぎて胃もたれする事聞いたわ。無理でしょ、急に結婚なんて。」
 「やお君とタチネコにゃんは恋人ですし。チューも恥じらう初々しいカップルですし。」
 「恥じらわれてるじゃないの。」
 「先輩、止めないで下さい。本気です。」

 怖~!!と言いながら自分を抱き締める先輩。私は何を言われてもやると決めたからやる。
 だって、婚姻届用意するのに弟と弟彼氏に保証人ななって貰っちゃったんだから。

 推し二人に「逆プロポーズ頑張れ!」と言われてやる気と勇気は無限大の最強メンタルの私がここにいる。

 「先輩、もしコンプラ的に通報あったら頼みました。」
 「任せろ。ビーの持ってる資格と実績なら次の職場も見つかりやすいと思うし。知り合いの法務部で人探してたから紹介する。」
 「おぅ、失敗したら転職…。」
 
 正直少し怯んだ。それでも、絶対言うと決めている。

 「顔も知らなくても好きになっちゃったんだねー。」
 「へへへ。はい、好きです。」
 「開けてみたら汗臭いおっさんとかだったらどうすんの?」
 「それは大丈夫です。コンプラ指導で面談した時、生理的に無理な人達は奥様の優しさに甘やかされた愛妻家の既婚者だと確認してますし、着ぐるみを任せられるのはきっと若手です。どの人がタチネコにゃんでも大丈夫か心構えだけはしてきました。」
 「顔見えない純愛かと思ったら案外そうでも無かったわ。」
 


 そんな私は勢いに任せてプロポーズを成功させた。



 返事がフワッとしていたけれど気にしない。了承は了承。フワフワの手で婚姻届を確認するタチネコにゃんが可愛い。

 「記入したら名前が見えないように封筒へ入れて、市役所へ出しに行きましょうね。」
 「後戻りできない圧がすごいにゃぁ~」

 確認を終えた婚姻届を地べたにペタンと座り丁寧に畳むタチネコにゃん。仕草がいちいち可愛い。

 「ところで、ボクの仮の姿は誰か本当に知らないにゃぁ~?」
 「知りません。多分、広報の人というくらいで。」
 「本当にそれで結婚していいにゃぁ~?入籍してからすぐにダメって言われてもこっちもダメージ来るにゃぁ~。」
 「大丈夫です!顔は知らなくても、こうして一緒にいて、ときめく相手と結婚出来るなら私にとって一番幸せです。ドキッとしたら相手に恋愛イベント起こる運命を背負ってきたので。」
 「…それならいいにゃぁ~。」
 
 着ぐるみでも分かる戸惑い。何か安心材料を提供出来ればいいのかな…

 「あ、じゃあ目を瞑ってるので、こう、好きに触れて見て下さい。私、ちゃんと受け入れられますから。」
 
 …

 貴方を知らなくても受け入れられるという熱意。伝わると良いなと思いつつ目を瞑りハッとする。

 相手が大して私を好きじゃない可能性について。

 相手いないしぃ~親もうるさいしぃ~。まあ嫌いじゃないから結婚してもいいか~的な可能性。少しソワソワしてきた。

 「半信半疑にゃぁ~、でも本当に取り返しのつかなくなる前に試してみるのは大事…嫌になったらすぐに言うにゃぁ~」

 目を瞑り、膝を抱えながら待つ。

 ジジジ。

 ファスナーの音で更にギュッと目を閉じる。

 私に触れる事へ乗り気みたいで安心したけれど、これはあくまで触れたい程度には好意がある、という事。そんなに好きじゃない可能性については無さそうで安心した。
 しかし、ここで第二の懸念が訪れた。

 目の前にやれそうな女が居るからつまみ食いしちゃおう!の可能性。まだ入籍できるか市役所で確認出来てないし、もしこれでやっぱ止めるにゃぁ~とか言われたら…

 そんな考えが頭の中を渦巻いてから、頭にポンと手が乗るのが分かる。

 ハッ!!として目を瞑ったまま顔を上げると手がすぐに離れてしまった。

 「すみません、嫌じゃないですから!大丈夫です。ちょっとビックリしただけで、続けて下さい。」

 ふっとため息の様な息遣いが聞こえた後、再び頭に手が乗る。少しナデナデと手が動き、毛先の方へすっと流れていく。

 気持ちいい~ナデナデとか最高。

 「へへっ」

 嬉しくてつい笑顔が溢れると鼻を軽く摘ままれた。何を呑気に笑ってるにゃぁ~とか言いそう。それから優しい指先は目の端から頬に流れる。一瞬触れるだけだった指が頬にしっかり添えられた。
 
 今だ!!

 と思い左手を捕まえる。私の突然の行動に手が少し強ばったけれど、手に触れているだけど分かってくれたのか力を緩めてくれた。

 「念のため確認だけさせて下さい。」

 左手の薬指を一応確認。うん、指輪も無いし跡も無さそう。男性の大きな手。良い!!

 「ありがとうございます、既婚者だけは困るので。」

 次に多分顔はこの辺?という辺りに両手を伸ばすと、すりっと彼の頬がすり寄ってきた。

 か、可愛いんですけど!!

 え?もしかして相手も結構私を好きなんじゃ!!期待が膨らむよ!!

 心を落ち着けながら彼の頬に両手を添える。

 「声を出したら誰か分かってしまうと思うので、頷くか、首を振るかで答えて欲しいのですが…既婚者だったり恋人は居ませんよね?」

 両手が縦に頷く仕草を感じとる。

 「今、フリーなんですね?」
 
 再びコクりと頷くのが分かった。

 「ふふふっ可愛い。」

 目を瞑っていても分かる。可愛い!!そんな見えない相手の可愛さに浸っていると肩に手が添えられ引き寄せられる。

 次はバグかぁ~。ドキドキ伝わっちゃうじゃない~。完全に浮かれる私はすんなり受け入れた。なんなら自分から飛び込んだ。

 温かくて、広い腕の中。


 爽やかだけど少し甘い香り。


 この香りは確か…

 …

 あ、これまずい。

 この香り、知ってる。

 …

 あぁ、いやいや。

 
 ダメだ、思い出したら。

 
 ダメだって!!


 そう思うのに一人の人物がふと脳裏に浮かんでしまった。

 
 受屋君だ。


 目を瞑っていても香りで判断出来てしまう落とし穴。面談の時…そして私の話を隣で聞いてくれた時。この優しい香りがした。


 受屋君って確か脈なしの好きな人が居るって言ってたよね…。


 脈なしだから私と結婚して忘れようとしてるの?


 彼の腕の中で動けずにいると少し離れてから彼の両手が頬に添えられた。
 まさかキス!?キス!?!?相手が受屋君だと確信してしまうとボッ!と顔が暑くなった。

 どうしよう、タチネコにゃんが受屋君とか…想定していた中でも一番嬉しいパターン。

 彼の頬に添えていた手の力が抜け、胸の辺りにストンと滑ると彼のドキドキと早い鼓動が伝わってきた。それと同時にゆっくり私に近づいている。

 脈なしでも好きな人が居るのにいいの!?

 でも、でもさ。

 彼にとって本命でなくても、好きな人からキスは嬉しい!!

 そっと鼻先に彼の鼻先が触れる。
 拒否しなければこのままキスするよって確認だと思う。勿論OKです。

 少し離れ、そして再び吐息が頬に触れて柔らかい感触が頬に訪れる。

 もう、もう!しっかり私の様子伺って来てるじゃない。嫌じゃないか様子見ながら少しずつ進めてくれている。優しい。好き。何でもOKですよこっちは。相手知っちゃったし。
 
 そして再び鼻先に触れた後、唇に求めていた感触がやって来た。

 軽く一瞬だけふわっと離れる。ニヤニヤが止まらない。そんな私の元へ再びやって来た唇は愛されていると錯覚してしまう程に熱い口付けだった。
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