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タチネコにゃんとして。中の人視点。

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 ポポン

 『おはようございます。』
 
 ポポン

 『おはようにゃぁ~』

 このやり取りを何度重ねた事だろう。

 「あぁ~、もう、毎日毎日…つらい。」

 布団の中でスマホを握り枕に顔を埋める。本当はもうとっくに起きている。『おはようございます。』が嬉しくて、家を出る時間ギリギリまで寝てた俺が早起きになってしまった。


 毎日毎日、心待にして。メッセージが来た瞬間飛び起きて。


 俺は犬か。
 

 彼女には好きな人が居るのに。
 それを聞いた瞬間、心臓を締め付ける痛みを感じて彼女への恋心を実感した。それを俺に気軽に話してきたのだから好きな相手が俺ではない事が確定している。

 つら…。
 
 富士吉ふじよし 美得留びえるはまるでヒーローみたいな人。
 
 俺が誘いに困ってた時は慣れない靴でも気にせず駆けつける。
 
 彼女が初めてかもしれない。
 俺が男に言い寄られているのを助けに入ってくれた人は。

 友達や昔の彼女も男に言い寄られる俺を見て、呆れた様にホントにモテるな~って傍観するだけだったから。
 
 それから広報部にコンプラ指導で入った富士吉さんは多くの困り事を仲裁して帰っていった。
 人間関係のアレコレは拗れやすいのにどんな手を使ったのか。


 格好いいよな、あの人。


 俺にも望みがあるとすれば、彼女は気になる人にフラれたら恋心が無くてもパートナーを探すと言っていた事。
 もしかすると俺にもチャンスが有るかも知れないと思ったけれど誰かにフラれる気配も付き合う気配も無い。
 彼女に幸せになって欲しいのにフラれる日を待ち望んでいる。


 また彼女はあの日みたいに泣くだろうと予想出来るのに。

 
 「あー…やだなぁ、自分がこんなに女々しい性格してたなんて。知りたくなかった。」


 ため息まじりに朝食を食べながら最近の自分に幻滅していた。

 偶然、彼女に好意を寄せる同僚と彼女が飲みに行くって話を聞いてしまい、彼女も乗り気で気分はどん底だった。

 茶化してワンチャンあるかも、なんて下品な事を言っていたその同僚だけれど、周囲は彼の好意に気がついている程分かりやすかった。


 絶対付き合えるだろ…こんなの。


 だから、誰かと付き合ってしまう前に会うことに何の負い目も無く会いたくて、姑息な手段を使い彼女を呼び出していた。

 ただの勘違いで終わったけれど、じゃあ好きな人は誰なんだ!?と逆戻りしただけで。

 そんな俺の心中も知らず、恋人設定であるタチネコにゃんとやお君としてスキンシップが増えてきた。やらたチューを迫られるし手を繋ごうとする。可愛いタチネコにゃんが相当好きらしい。

 彼女は特に着ぐるみの中の人をやっている事を隠していないから服装は気まぐれで着ぐるみを着ていない事も多い。恋人ごっこを楽しむ彼女を目の当たりにすると、彼女が付き合う相手はこんな姿を見るのかと現実的に想像出来てモヤモヤして、そんな資格無いのに焼きもちを妬いて。
 富士吉さんへ足のマッサージをする時、目開けないかな…と、少し悪戯するのにくすぐったそうに笑って身をよじるだけ。それがとてつもなく可愛いし色気がある。どこかのダサい中学ジャージを着ている姿でもこんなにも胸が高鳴るなんて、もう相手が富士吉さんなら何でも受け入れられちゃうんだな…と自分の気持ちを実感していく。

 …こんなに好きでも脈なしとか辛い。
 
 「はぁぁ~」

 人の視線が嫌で気楽だった着ぐるみ。誰にも俺だって気が付いて欲しくなかったのに、彼女には言いたくなる。

 こんなに仲良く恋人ごっこしてるのは俺で、結構気が合うと思うって。付き合ったりしたらきっと上手くいくし、結婚生活だって平穏なはず。

 だけど、それは出来ない。バレてしまったらきっと今まで通りの気安い関係では無くなるから。恋人ごっこの時間も好きでそう簡単には手放したくない。
 でも気がついてほしい。

 タチネコにゃんではなく、受屋としてもっと仲良くなれればこんなに悩まなくて済むのだけど。彼女は俺に対して助ける対象という気持ちのまま。
 
 助けて貰ったヒーローに恋するヒロインってこんな気持ちなんだろうな。
 助けて貰った感謝とかっこよさに惚れたけど皆を等しく助けるヒーロー。自分だけが特別じゃない。

 助けて貰って恋をするけど、接点は無いし相手には好きな人。

 負けヒロイン確定?いや、もっと脇役のチラッとしか登場しない住民Aとか。

 あー、毎日毎日辛い。タチネコにゃんは確かに可愛い見た目だけどさ、そっちじゃなくて俺を好きになってくれたら良いのに。


 ポポン


 メッセージの着信音にまたスマホに飛び付く。


 『大事なお話があります。いつも練習している時間に屋上へ来てくれますか?』

 タチネコにゃんに大事な話?
 やお君辞めたいとか?もしそうだったら困る…仕事としても、俺としても。
 
 だけど、たとえ会うのが辛くてもほんの少しでも会いたい。

 『了解にゃ。』

 ポポン

 『良かった。』と照れたキャラクターの可愛い絵と共に帰ってくる返事。

 …

 「あー…もう、ホント勘弁して。勘違いする。」


 頭を抱えて床にしゃがみこむ。
 いやいや…タチネコにゃんに会いに来るだけで相手は中身が俺だって知らないんだから。勘違いも何も無い。


 「好き。」


 面と向かって言えない言葉を呟いて、はぁ、と何度出したか分からないため息をついてから身支度をして出社した。


◆◆◆


 (大事な話って何だろう。)


 出社し、エレベーターの扉の前で数字を眺めていると誰かが歩いてきた。

 「受屋君、おはよう。」

 ドキッとしたのを隠し反射的に「おはよう。」を返すといつもより華やかに見える富士吉さんがいた。どう華やかになったかは具体的には分からないけど。こういう変化にすぐ気がついて褒められる人は女性にモテるんだろうな。

 「今日、少し雰囲気が違って見える。何かあるの?」
 「分かる?」

 パッと嬉しそうに笑う。

 「前話してた好きな人に告白しようと思って。はぁぁドキドキする。」
 「へぇ。良い返事が貰えるといいね。」
 「うん、気合い入れていく。これがダメでも前に進めるし。」
 「…ダメだったら飲みにくらいは付き合う。沢山お世話になったし。奢るよ。」
 「え!?良いの?その時はきっとお酒たらふく飲むよ?」
 「いいよ。だけど俺が失恋したら富士吉さん奢って。」
 「なになに?好きな人いる感じ?」
 「…まぁ、いる。けど脈ない。」
 「うんうん、いいよ。その時は飲もう。」

 はははっと笑う笑顔を見ながら、良い返事が貰えるといいねとか心にもない事を言ったなと少しの罪悪感が残る。

 何となく、富士吉さんがタチネコにゃんに何を言いたいか読めた気がする。
 告白してOKだったらやお君役辞めたいと言うのかも知れない。責任感の強い彼女の事だから続けるけど練習の時間や休日出勤を減らしたいとか。

 失恋したら振り付け練習という名目で前みたいに屋上で泣かせてくれって感じだろうか。

 
 ◆◆◆


 夜の屋上。

 さっさと仕事を片付けていつもの時間に屋上でタチネコにゃんの着ぐるみを着て座る。

 夜の空気は涼しくて心地いいのに気が重い。こういうどんな顔をして会えばいいか分からない時、着ぐるみって良いよなと思う。

 ガチャ…ギィ

 彼女がいつも現れる時間よりだいぶ早くやって来た。

 「こ、ここ、こん、こんばんは!」

 ドアの方を向けば顔を赤くしてソワソワする彼女がいる。ニコニコと照れ笑いする彼女に俺の心はどんどん沈んでいった。

 落ち込んでないという事は告白成功って事か。

 「タチネコにゃんにお話があります!」
 「何にゃぁ~」



 艶々の髪が夜風に揺れながら微笑み近くにやってくる姿はとても美しかった。



 「私と結婚してください!!」


 …


 「はぁ?」


 驚き過ぎてかろうじてタチネコにゃん声は出ていたものの語尾のにゃぁ~とか完全に忘れてた。

 結婚してくださいの言葉と共に差し出された紙を手紙かな?と思い受けとる。
 あー、もしかすると。タチネコにゃんとやお君が結婚…という事?なんだ、そんな話?


 「まぁ、そういうのもアリかにゃぁ~?」


 夫婦のマスコットキャラクター。そういう設定も確かにアリだと思う。修羅場のマスコットキャラクターって動画が結構流行ったし、結婚もちょっとした話題になるか。新商品発表のタイミングに合わせたらいい感じに宣伝に繋がるかも。
 着ぐるみの手だから手紙をなかなか開けないけれど顔を上げると今にも泣きそうな彼女がいた。


 「え!?ど、うしたにゃぁ~?」
 「だって、だってぇ~!!嬉しいに決まってるじゃないですか~!!プロポーズ受けて貰えるなんて。先輩には無理だろって言われて~。でも諦めなくて良かったです~~。タチネコにゃん大好き。うっうう。」

 
 そんなにやおい君へ感情移入してたの?その先輩もマスコットキャラクターの結婚についてそんなに考えたの?入れ込みすぎじゃないだろうか。

 困惑しながらフワフワの手でやっと開いた手紙を見ると、それは手紙じゃなかった。

 「これ、婚姻届にゃぁ~?」
 「はい!!弟と弟の彼氏に保証人になって貰えて後はタチネコにゃんが本名記入するだけになってます。」

 …

 名前の欄にはしっかりと富士吉 美得留と書いてある。空欄はお相手の記入欄だけ。



 これは相当大変な事になっている!?



 頭はまだ混乱しているし、それなのに結婚は了承してしまっているし。彼女は泣くほど大喜びしているし。


 好きな人に押されてしまったら。

 もう、このまま流されても悔いなんて一ミリも無くて。


 「この手じゃ記入ミスしそうだから着替えたら書くにゃぁ~」
 「はい!ありがとうございます!あぁ、後日弟達に紹介したいのですがスケジュール確認しても良いですか?」
 「普通はご家族に挨拶してから入籍だと思うにゃぁ~」
 「そうなんですけど、ほら、本当の姿を見てときめいてしまったらイケメンに取られますから。」
 「あぁ、そんなジンクスあったにゃぁ~。」


 流されやすい性格もまぁいいかとやっと認められた瞬間だった。
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