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タチネコにゃんの中の人視点のお話

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 「なぁ、受屋うけや。また呼び出しだぞ、男から。」

 昔から、やたらと男にモテる。
 俺の中性的な顔と少しだけ癖のあるフワッとした髪。男にしては華奢な体格。押しに弱い性格に小動物的な可愛さが有るからだよ!と女子が興奮ぎみに話してくれた事が有るけれど、何でそれが男にモテる事に繋がるのか疑問しかない。

 男から告白されるせいか、女子生徒からは俺の恋愛対象は男だと思い込まれていて仲の良い子は居てもその偏見に悩まされるし散々な学生生活だった。

 別に誰がどんな人・性別を好きだろうと個人の自由。だけど俺の恋愛対象は女性で、対象を勝手に勘違いされるのは嫌だった。

 それでも男性に迫られ、断るのに一苦労でグラッとなりそうな頭を何とか動かし最後は隙を見て走って逃げるのが定番だった。

 男に迫られると急に頭がクラクラして強く拒絶出来ない自分は男性も恋愛対象になり得るのだろうかと自分で自分が分からなくなる時がある。

 その瞬間がとても怖かった。

 自分で自分が分からなくなる時の底が見えない不安。それでも何回か女性とお付き合いする事が出来てやはり女性が好きと再確認出来たから何とかなっていた。

 それでも長続きはしなくて。男にモテるせいか彼女側が疑心暗鬼になって離れて行ってしまう。社会人になってもソレは変わらず。


 「じゃあ受屋うけや君。我が社のPRキャラクター、タチネコにゃんお願いね。」
 「俺がですか?他の人にも…」
 「皆嫌だって言うんだよ、君が頼りだ。頼んだよ!」

 俺が押しに弱いと知っている上司に押し付けられたのがこのキャラクターだった。だけど着ぐるみを着てみたら男からの嫌な視線を感じなくなり中も保冷剤付きで扇風機もあって思ってたよりは快適。

 恋愛対外からの視線は俺からすると苦痛以外の何者でもなくて、学生の時は告白されて断って逃げてで終わりだったのに、社会人になると身の危険も感じて恐怖すら覚えた瞬間もある。視線を感じると逃げるように人目を避けて無駄に歩き回って気をまぎらわせた。自意識過剰と言われるかも知れないけれど気になると仕方なかった。

 「あ。」

 無駄に歩き回った時に運良くすれ違えないか…と期待するのが富士吉ふじよし 美得留びえるさんだった。入社してから自分の事が分からなくなる事が無くなったのは彼女の存在があったから。
 
 (いつ見ても綺麗な人だな、あの人。)
 
 初めて見た時から俺の胸を鷲掴みにする彼女の容姿。彼女を見ると自分は女性が好きだと実感できてホッとする。噂だと男を取っ替え引っ替えの遊び人らしいからその通りの人物なら性格は好みと真逆。だから恋とは別物で只の『見た目だけ好みの人』。


◆◆◆

 
 新しくタチネコにゃん体操というものが出来上がった時。この体操を練習する為に一時的に屋上の貸し切り許可を貰った。夜の空には綺麗な月が見えて眺めていると落ち着く。月からしたら俺なんて見えてなくて、ただ美しいと眺めていられる。

 「快適すぎるにゃぁ~」

 着ぐるみの中が俺だとは部長しか知らない。社内を歩けば手を振ってくれたり「お疲れ様。」と声を掛けられる事はあっても嫌な視線を感じない。

 キャラ設定を守りつつ誰の視線も感じない自由を満喫した。変な体操は覚えなくてはいけないけれど体を動かすのは楽しいし全然良い。

 一通り動きを覚えて適当にキャラクターらしい動きの研究を重ねていたそんな時、ガチャッと屋上の扉が開いた事に気がついて慌てた。

 (まずい…貸し切り中の札掛け忘れた。)

 慌ててそちらを見ると涙を流す富士吉さんがいた。
 ここに来るという事は涙を隠したかっただろうに、夜でも屋上の灯りは眩しくてハッキリと表情が見えてしまった。涙を流す姿も綺麗で鼓動が少し早まるのを感じ、不謹慎ながらも女性が好きと自覚が出来る瞬間に喜びの気持ちが溢れる。

 いつも勝手に世話になってるし、涙を流す程の悩みが有るなら相談に乗るくらいはしてあげたい。
 だから気楽に体操に誘い、愚痴を聞いたのだけど…。

 真面目に変な体操を踊る姿。水分補給でチャックを開けた際、見ないようにと気遣いながらもソワソワする背中。自販機を抱きしめ揺らす彼女の姿は勝手に付けたイメージと違い予想外すぎた。

 泣いてた理由は失恋らしい。ここまで心を乱すのだから彼女は真剣に付き合って来たのだと分かる。

 (案外いい人なのかも知れない。)

 トクン

 トクン

 トクン

 いつもと違う苦しい鼓動がまた心地いい。何度でもこの鼓動を感じたくて明日も気が向いたら来て欲しいと誘う。受屋うけや そうとしてではなく着ぐるみのタチネコにゃんとして。

 信じられない話だけど、彼女がときめいた相手には総じてイケメンからアプローチが有るそうだ。気を付けるようにと注意された。

 それってタチネコにゃんの俺にときめいたって事だよね?
 何それ、凄く嬉しい。外見や立場ではなく中身が良いって言われてるのだから。

 万が一、イケメンだとしても男に迫られるのは嫌だけどジンクスはジンクスだからと大して気にしてなかった。


◆◆◆



 次の日、出社するや否や目の前に突然現れたソレに驚いた。

 「タチネコにゃんの彼氏やおい君だ!」

 タチネコにゃんの顔にキリッとした眉毛を描いたようなイケメン顔の彼氏着ぐるみが現れた。広げると二頭身のタチネコにゃんとは違い、野球の球団でパフォーマンスとかしそうなシュッとした体型のキャラクター。
 
 「タチネコにゃんじゃ体操の動きが子供達に伝わりにくいという事でね?新しくイケメンな子を作ったんだ。じゃっ、やおい君の中の人を探しておいてくれ。」
 「俺が探すんですか?タチネコにゃんでも皆嫌がったのに絶対見つかりませんよ。」
 「まぁ、同期とか誘ってみてくれ。他部署でも良いからさ。」

 頼んだよ!と言う事だけ言って去っていく部長。相変わらず面倒事はすぐ俺に投げてくる部長に気が滅入る。

 「富士吉さんのジンクス…まさかこんな形で当たるなんて。凄いな。」

 俺にイケメンが現れるのではなく着ぐるみのタチネコにゃんに現れた事に驚きながらも納得した。

 しかし、やおい君の中の人か…。困ったな。

 それなりに大きな企業の顔として働くこの部署に着ぐるみを被り踊りたい同僚なんて居ないだろうな。容姿良く、能力がある人が集められると噂の部署だからプライドも高い人達が多い。皆、芸能人と仕事したいとかトップを狙いたいとか意識高い系の人達の集まりだ。

 タチネコにゃん以外にも他の同僚と同様の仕事量があるのに押し付けて来るのは酷いと思う。
 咄嗟に断れない俺も俺だけど。なんだか流されてしまう。自分のこういう所に危うさを感じる。


◆◆◆


 別部署との打ち合わせでエレベーターに乗った時、厄介な奴に絡まれた。
 閉まりかけのドアにワザワザ手を差し込み入って来たのは下心丸見えで何度も俺を誘いに来る男だった。

 「良かった!間に合った。入れて。」
 「…」

 内心舌打ちをしながら軽く会釈をするとニコニコと入ってくる。

 (ほんの数秒だってこいつと密室は嫌だな。目的の階とは違うけど次で降りようか。)

 閉まりかけるドアを横目に次の階のボタンを押そうと手を伸ばした時、再びエレベーターのドアが空いた。

 「はぁ、はぁ、はぁ…乗せて…下さい。」
 「どうぞ。」

 閉まる瞬間に外からボタンを押されたのかエレベーターのドアが再び開き、富士吉さんが入ってきた。
 彼女の急いで来たであろう鬼の形相に驚きながらもホッとしてさっきは言わなかった「どうぞ」の言葉を添えた。

 「何階ですか?」
 「そのままで大丈夫です。」

 既に押してある階が目的地なのかそのままドアが閉まる。彼女は走って来た筈なのにエレベーターには柔らかい甘い香りがする。落ち着く香りだ。

 「なぁ、受屋。今日二人きりで飲みに行かないか。」

 他に人が居ると言うのに誘ってくる根性は凄い。だから余計に嫌いだ、こういう周りを気にしない奴のせいで俺が勘違いされる。

 「用事があるんで。」
 「いつもそうやって断るじゃん。少しくらい付き合ってくれても良いでしょ。飲み決定で!」

 エレベーターの開閉ボタンを見ながら何て断ろうか考えていると背中にそっと手を置かれ、すりっと滑らされる手にゾワリと悪寒がした。振り払いたいけれど同僚というのもあり対応に迷ってしまう。

 「無理なお誘いはコンプライアンス部として見過ごせないのですが。そのスキンシップも結構危ういですよ。」

 彼女の声と同時にパッと手が離されて安心する。彼女の顔を見れば真剣な眼差しで相手の手首を掴んでいた。

 「まさか…俺達の部署仲良いし、同期の同僚ですよ?」
 「同期でも同僚でも同じです。私の勘違いなら良いんです。不快な思いをさせて申し訳ありません。しかし仕事なので、今後も目を光らせなくてはいけないんですよ。また警告が入ると個別指導が入りますので気を付けて下さいね。」
 「うぇ、マジ?それは勘弁。」

 両手を上げ表面上おちゃらけて嫌だな~とか言う男と軽く微笑む富士吉さん。仕事とは言え助けて貰ってしまった。男の癖に強く断れないなんて、と思われただろうか。

 ソイツはさっきまで押してなかった階のボタンを押すと、そそくさと降りていった。

 「はぁ…」

 強張っていた体が緩み、エレベーターの壁にもたれる。つい息が漏れてしまってその後すぐに口を手で塞ぐけれど彼女には聞こえてしまったらしい。彼女の顔をチラリと見ると心配そうにこちらを見ている瞳と視線が交わった。

 「ありがとうございました。あの人の誘い毎回しつこくて。」
 「いいえ、あの人指導行きにしておきますか?」
 「あー…、もし指導行きにしたら…同僚ですし、恨まれて一緒に仕事をするのも辛いなって。」

 本音を口にすると、難しい顔をする富士吉さん。

 「怪しいと思ったんですよ。あの人のドロッとした眼差しがウチの可愛い弟を狙う男共にそっくりで。急に走り出すから何かあると思って急いで良かった。あぁ、ウチの弟すごく可愛くてモテるんですよ。」

 急に弟自慢が始まって緊張感が和らいでからエレベーターを降りると「もし困ったら私の所にいつでも来てください。一緒に対策を考えましょう。」と一言残し、改めて別の階を押したエレベーターに乗って去っていった。

 彼女の隣に立つ男がコロコロ変わるって…もしかすると困った男性社員の相談に乗ってたからというのも有るのだろうか?
 それからというもの、富士吉さんがどういう人間なのかつい気になってしまう。
 
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