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ヒロイン登場
しおりを挟む私達はお互いに利益があるとして婚約の書類を交わしました。
「ま、マーリットは本当に・・・。」
「居ます。ここに。」
「マーリット、ごめんなさい。気がついてあげられなくて。」
『お父様、お母様泣かないでください。』
数日ぶりの我が家。
家に堂々と入る事ができた瞬間、懐かしい香りに少しだけ涙が出そうになった。
案内されて応接室に通されると戸惑いながらやって来た両親は私の手に恐る恐る触れ、確認してから涙をポロポロ流す。少しだけ心が痛むけれど、私も散々なめにあった。リヴの言葉を信じきって悪霊だと騒いだ二人だから苦笑いが出てしまう。
だけど、たった数日だというのに握られた手の温かさは長い間会っていなかった様に恋しく思える。
『お父様、お母様。私はこのままスヴァインさんと共に生活します。だから二人も私を気にせず気持ちに素直になって下さい。』
私の言葉に涙が止まりソワソワと視線を合わせる二人。どんな関係になろうと自由だけど、実際に目の当たりにすると少し顔を出す複雑な心。好きにしても良いけど見たくはない・・・というべきか。
こうしてスヴァインさんが私と共に両親の元へ訪れてくれて、私がここに居ると証言してくれた事によって両親と話ができた。
リヴに消された事は伏せて、妖精の悪戯で何故か戻らないと濁して話す。【妖精の架け橋】が二人になった事を父は心配していたけれど、父にはどうにも出来ない。王族が権利を剥奪するか、本人が辞める事を望まなければいけないのだから。
娘の婚約とあって本来なら色々あるはずなのに、今の私を受け入れてくれる人はスヴァインさんしか居ないとだろうという悲しい事実があり、程々に話をして終わりました。
住宅街から街に出て、私はクローの背中でスヴァインさんは手綱を持ちクローの側を歩く。
牧場の乗馬体験みたいな状況だけれど、私達がクローに連れられている状況です。有能なクローに頭が上がらない。
そんな私達にザワザワと噂話が聞こえてくる。
「騎士のスヴァイン様よ、悪霊に魅入られてしまって職務に戻れないらしいわ、可哀想。」
「・・・今、出てきた家って、マーリット様のお屋敷でしょう?婚約するって噂は本当なのかしら?」
「悪霊と婚約!?はぁ、国王陛下を守った英雄が失明して悪霊に魅入られるとは不運だなぁ。」
本人にも聞こえてくるこの噂話。どうしよう、国王陛下の側に行く命令を発動しない為に『目が見えず悪霊に魅入られた騎士スヴァインは戻れない。』とされているのだけど、悪評でしかない。
『ごめんなさい、スヴァインさん。この方法は得策では無かったかも知れません。』
私も妖精の王が味方となった【妖精の架け橋】として腹黒王子避けという名目で、下心しか無い婚約を勧めてしまった。
明らかに民衆の見る目が変わってしまったスヴァインさんへ罪悪感の海に沈みそうです。
それなのに涼しげにニコリと笑って私の居るであろう場所に目を向けてくれる。
「俺は気にしていない。マーリットも気にするな。」
どこかご機嫌に見える彼を不思議に思う。何故、こんなに楽しそうにしていられるの?スヴァインさんなりの何かがあるのでしょうか。
少し考えていると、広場で立ち止まり私に手を差し出す。何が何だか分からないけれど、手を取ってクローから降りろって事かな?と解釈して手を取りストンと降りる。降り立った背後では私が誰かにぶつからない様にクローが壁になってくれた。
「俺はマーリットと婚約出来て嬉しい。それが何か目的の為であっても。」
・・・?
突然何を??
混乱していると、周囲の人達がワラワラと様子を見に集まる。
「今、マーリット様と婚約と言ったわ!?」
「うそ、噂って本当だったのね!こ、怖~。」
そんな噂が耳に入っているはずなのに正面から見たスヴァインさんの顔は笑いを堪える様に口元が緩んでいた。
「マーリット、ここで消えたら次はどんな噂になるだろう。」
『スヴァインさん、本気ですか!?』
有無を言わさず私の手を引き寄せ、ぎゅうっと私を包み込む優しい腕。
幸せすぎるのですが。
「マーリット、愛してるよ。」
『っ!!』
端から見たら、見えない何かを抱きしめ愛の言葉を囁くスヴァインさん。そして・・・
「きゃーーー!!消えたわ!」
「人が!!消えた!!悪霊の仕業だ!」
広場は人が消えた現象にザワザワと混乱する。そんな中でもクローを引き寄せ私を抱えたまま騎乗するとさっさと走り去る。
クローの姿は見えているみたいだけれど、誰も乗っていないと認識されるソレは怖いらしく、人が次々と道を空けた。
背中から伝わるスヴァインさんの体が、まだ楽しそうに震えている。皆の反応を純粋に楽しんでいる彼の様子に安心するけれど、皆をからかう冗談か・・・と落胆した。
乙女心を弄んだ罪は重いぞ!!皆の反応が面白いからって遊びで「愛してる」とか言っちゃダメ。
とは言っても「愛してる。」を噛み締めてむくれるだけなのだけど。
それから暫くは屋敷まで無言でクローを走らせる。
「マーリット」
『はい、なんでしょうか。』
もうすぐでお屋敷だなぁ、とのんびり考えていたら後ろからスヴァインさんの声。
「愛してる」を反芻しながらポヤポヤした頭で返事を返す。
「さっき、言った言葉の返事は・・・君の話したいと思った時で良い。」
『え?さっき、ですか??』
「愛してる」を脳内再生繰り返していたせいで何か話を聞き流したのかも知れない。
『申し訳ございません、ちょっとよく聞こえてませんでした。もう一度言って頂けませんか?』
「もう一度?さっきの言葉を?聞いてなかったって、本当に?」
『はい、すみません。ぼーっとしていたもので。』
本当にごめんなさい。と頭を下げると伝わったらしくクローが屋敷まであと少しというのに足を止める。
人気も少ない王都の入り口に近いこの場所に二人共下ろされる。
ブルン!と鼻を鳴らしたクローはさっさとしろ!と言いたげに鼻でスヴァインさんの背を押すと、元々近かった私達の距離が更に縮まる。
「すまない、さっきは勢いで言えたんだ。改めて言うとなると心の準備が」
耳まで赤くして視線を泳がせる彼。胸の辺りの服を握り、潤む瞳が私に向けられる。
この、テレる様な仕草。
か、可愛い。
私の内臓全てがギュッとなる可愛いさ!?
もしかすると、さっきの愛してるは・・・
「マーリッ」
「あ、あのスミマセーン!」
良いところだったのにタッタッタと誰かが焦った様子で走ってきた。
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声の主を探すとキラキラと吸い込まれる様な潤んだ瞳に長く真っ直ぐな髪をふわりとなびかせながら走ってくる女の子がいた。
この子、どこかで。
「良かったぁ、人がいて。道に迷ってしまいまして。」
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「あ、そうだったんですね。ごめんなさい、そうとは知らずに。」
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「そうなんですね!ありがとうございます、見えない妖精さん!」
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お礼を言って走り去る彼女の背中を見ながら私達はそのまま屋敷へと戻った。
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