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第十三幕
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「ンあッじゅんたぁ……はやく、はやくぅ……」
あれ…俺、何してるんだろう……
「やっと番になれるね♡アッ…この前会いに行ったのに会えなくて寂しかった…ンッ♡」
ベッドの上で東堂に馬乗りになり組み敷いている状態。
熱に侵されている身体とは裏腹に、どこか冷めた自分がいる。
本能のままに東堂に触れて、絡みつき、捲れた裾から脇腹を撫でる。
__なんか違う
男にしては柔らかい肌をそっと撫でると、東堂は俺の首に腕を絡みつかせてキスを強請ってくる。
__嫌だな
ふいっと顔を背けてキスを拒むが、手は本能に負けてしまい、男物の下着に手が伸びて、乱れるシーツが邪魔だと感じる。
吐息、衣擦れ、漏れる喘ぎ声。
「潤太ッ潤太ッ!イッッ~~~~ッ!!」
身体を弓なりに反らして震える東堂のちんこから、透明な液体だけがだらだらと流れる。
なんだこれ……ああ、カウパーか。
思考能力の低下が著しく、ひどい。
喉が渇いて、歯が疼いて、熱を吐き出したいだけなのに。
腕の中にいる知らない男。
熱っぽい視線が気持ち悪い。
こいつが俺を興奮状態にさせているはずなのに、何故か気持ち悪くなってきた……!
「ッ!オェ……うぐッ!」
腹から何か込み上げてくる。
興奮しているから唾液が止まらないんだと思っていた。指先が冷たいのは東堂の肌が熱いからだと思ってた。息がしづらいのも全部、東堂のフェロモンのせいだと思ってたけど、どうやら違う様だ。
「ゲエエエ……うぇ…おッ、ッ………」
「潤太?!」
びちゃびちゃと、シーツに黄色みのあるどろりとした液体を吐き出す。嘔吐してしまったのだ。
甘い雰囲気だと思っていた東堂も、流石に我に返り飛びのいた。
「なになになに?!汚い!なんで?!」
俺から距離を取り部屋の隅、意味がわからないと、困惑を隠そうとせずに喚き出す。
「うぐっ…お、ゲエエ……うぇっ……」
大きな声を出さないでほしい。
吐き気が続いている俺は、そのことを伝える気力も体力もなく、ぱたりと横になる。
すぐ顔の横には酸っぱい匂いの吐瀉物。
口の中も同じ味だ。
自分でも何が起きたのかよく分からない。
東堂の匂いに充てられて、ヤル気満々だった。
俺の息子も元気いっぱいだったのに、急に気持ち悪くなってこの有様だ。すっかり萎えてる。
「やだやだ!きもい!無理だって!潤太はやく片付けてよ!俺と番になるんでしょ?!家族が欲しいって言ってたじゃん!」
発情期はどこにいったんだと思うほど元気そうな東堂。その言葉に返事をするより先に、部屋のドアが壊れそうなほど大きな音で叩かれた。
続け様に聞こえてきた声は、聞き覚えのあるアイツ。
「潤太、心配しないで、助けに来たよ。」
絶えず大きな音が聞こえるドアの向こう。
「待っててね」「すぐだから」なんて声と共に、本当にドアが壊れそうな音がしてる。
薄れる意識の中、ついにバタンッッ!とドアが倒れたのか、アイツが中に入ってきた。
「潤太!!大丈夫!?」
エプロンをしたままの遊星が、額に汗を浮かべて俺の顔を覗き込んでくる。
ベッドに倒れ込んだ俺、顔の横にある吐瀉物を交互に見て状況を把握したらしい遊星が、俺の頭を優しく撫でて、「気持ち悪かったね、ちょっとだけ待ってて」と囁いてきた。
光を見るのも辛く、目を閉じてなんとか呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。
視界を塞いだことで敏感になった聴覚が、周囲の音を集める。
「ヒッ…来んなよ!こっち来んな!!なんだよお前!」
キャンキャン喚く東堂の甲高い声で頭が痛む。耳を塞ぐ気力はなく、耐えようと眉を寄せ顔を顰めていたら、バシンッと乾いた音が聞こえてきた。
1回、2回、3回、4回目の音の後、溜息が聞こえた。
「調子乗ってんじゃねぇぞ?誰が誰を番にするって?お前みたいな底辺クズビッチがフェロモンレイプしてくるなんて……この前みたいに、もう外なんて歩けないようにしてやるからな。俺と潤太の前に2度と面見せんなよ。」
早口で捲し立てる怖い声、空気がピリついてるのが分かる。
遊星があんな物騒なこと言ってるのに、なんで俺は安心しちゃってるんだろう。
感覚が戻ってきた指先や、足先を軽く動かして薄目で部屋の様子を見ようと試みる。
「う、うぅ……ひっく……なんで俺が……俺ばっかり……」
視界の先に東堂と遊星を捉える。
両頬を真っ赤にして子供のように泣きじゃくり、座り込んだ東堂の前に、仁王立ちしている遊星の腰から下が見える。
「泣いたところで鬱陶しいだけなんだけど……」
深い深い溜息を吐く遊星。びくりと肩を震わせて俯く東堂。
そんな東堂を無視して、遊星は振り返り俺に近づく。
「帰ろ、潤太。」
優しい声、さっきまでと全然違う。
なんで俺には優しいんだろう。
俺は遊星が知ってる潤太じゃないのに、なんでこんなに優しく触れてくれるのだろうか。
「無事でよかった。」
なんでこんなに……愛しくて仕方ないって顔をして、安心したって顔を俺に向けるんだ。
無防備な背中を向けて、俺に身体を預けるように強要してきた遊星に逆らえず、いや抵抗なんてしなかった。
この場にもう居たくなかった。
東堂の甘い匂いは、間違いなく俺の本能に運命を告げていたのに、今はただ嫌悪感しかない。
一刻も早く、家に帰りたい。
遊星に背負われ、まだ胃がむかむかしているけど、いい匂いのする遊星の首筋に顔を埋める。
壊されたドアを踏み、部屋から出る遊星はそのままホテルのエレベーターに乗り込み、フロントを通り抜けようとしたが、ホテルマンに声をかけられた。
「お客様、どうかされましたか?」
明らかに顔色の悪い俺を背負っているんだ。そりゃ声かけられるよな。
「邪魔。」
はは、随分冷たい声だな。
親切から声をかけただろうに、暴言を吐かれたホテルマンが少し気の毒だ。
外に出た俺たち。ホテル前に待機しているタクシーの一台に乗り、遊星が住所を伝える。
「寝てていいよ。」
「ん……」
隣に座っている遊星の肩を借りて頭を傾ける。
車の揺れが少し気持ち悪いけど、遊星がいるから安心できる。
言われた通り、眠って体調回復に努めよう。
「おやすみ潤太。……やっぱり食事に混ぜると効きが悪いな。レイプされて怖かったね。俺が綺麗にしてあげるよ。」
___
 ̄ ̄
「…………」
目を覚ますと、見慣れたベッド横にある間接照明が目に入った。
薄暗い部屋の中で橙の柔らかい光をぼんやり眺めていると、ドアの向こうから包丁の音が聞こえる。
のそのそと身体を起こして、寝間着に着替えさせてもらったことに気づく。
ベッドの下には洗面器。ビニール袋の中に新聞紙を入れて用意されている。
間接照明の横にはスポーツドリンクまであって、甲斐甲斐しいもんだな。ほんと……
暖房の効いた部屋から出てリビングに顔を出すと、冷たい空気が鼻先に触れた。
あまりの温度差に部屋に引っ込み、布団の上に置いてあった遊星のパーカーを借りることにする。
袖を通すと、ふわりと落ち着く匂いがして、思わず袖口を鼻に持っていって嗅いでしまう。
変態じゃん俺。
ようやく部屋から出てリビングに足を踏み入れる。
トントントンッと軽やかな包丁の音がさっきよりもはっきり聞こえて、キッチンに目を向けると、髪を結んで手元を見ている遊星がいた。
いい匂い……
美味しそうな匂いで肺をいっぱいにし、そのままソファに寝転ぶ。
「潤太?起きたの?体調はどう?もう気持ち悪くない?」
「ん、もうへーき。」
ソファにあった円形のクッションを抱きしめて横になっている俺にキッチンから遊星が声をかける。
ふつふつと何かが煮えてる音も聞こえてきて、生活音がすることがこんなに落ち着くなんて、久しぶりの感覚だ。
心地いい。
「潤太。雑炊作ったんだけど食欲ある?」
「ある。お腹減った。」
「よかった。」
時計を見るともう20時だ。
昼も食べてないし、吐いたせいで胃の中は空っぽ。
食卓へと移動して待っていると、湯気が立っている美味しそうな雑炊が出てきた。
「はいどうぞ。熱いから冷ましてあげるね。」
そこまで病人じゃないんだが、スプーンさえ持たせてもらえず、雛鳥よろしくしっかり冷ましてもらった一口分を、遊星からあーんして食べさせてもらう。
そういえばタクシーから降りた記憶がない。
多分遊星が運んでくれたんだろう。
迷惑かけてばっかだな俺。
今日だって、東堂のフェロモンに充てられて……俺、レイプしかけたんだ……
運命だと思った。
俺の番、俺のΩ。
ドア越しでも香ってきた甘い匂いのフェロモンは、俺の脳を刺激して、心を渇望させた。
あの時は確かにあの頸を噛みたかった。
俺の所有だと証を残して、その胎に熱を塗りたくりたかった。
でもどうだ、身体が芯から冷えて、吐いて、頭がすーっと冷めた。
なぜ盲目的に東堂に惹かれたのかさえも、今となっては疑問に思う。
東堂を思い出してもどきどきしないし、恋特有の感情が何も湧き上がらない。
こう見えて、学生時代はそれなりに恋愛を経験している。失恋のほうが多いけど、恋の気持ちは知ってる。
その人のことを日がな考えて、些細な仕草を思い出しては心が温まる。
「潤太、あーん。」
「あ。」
だからたぶん、遊星はそういう意味で潤太が好きなんだろう。
献身的で、愛おしそうに見つめられて、危機的状況で助けてくれる。それこそ漫画のヒーローみたい。
だから、どれだけ気持ちを向けられても応えることはできない、しちゃいけない。
でもこの世界で、心を許すくらいはいいんじゃないかな。
ここまでしてもらって絆されるなってほうが無理だろ。
「美味し?」
「ん、ああ…凄く美味いよ。ありがとう遊星。」
「ど?!どういたしまして!!はぁ…可愛すぎるよ潤太。俺をどうする気なのもう……」
「ふはっ可愛いな遊星。」
ちょっとくらい意地悪したっていいよな。
絶対に俺を好きになってくれない人。
好きになってごめん。
神さま、どうか夢から覚めさせないで。
あれ…俺、何してるんだろう……
「やっと番になれるね♡アッ…この前会いに行ったのに会えなくて寂しかった…ンッ♡」
ベッドの上で東堂に馬乗りになり組み敷いている状態。
熱に侵されている身体とは裏腹に、どこか冷めた自分がいる。
本能のままに東堂に触れて、絡みつき、捲れた裾から脇腹を撫でる。
__なんか違う
男にしては柔らかい肌をそっと撫でると、東堂は俺の首に腕を絡みつかせてキスを強請ってくる。
__嫌だな
ふいっと顔を背けてキスを拒むが、手は本能に負けてしまい、男物の下着に手が伸びて、乱れるシーツが邪魔だと感じる。
吐息、衣擦れ、漏れる喘ぎ声。
「潤太ッ潤太ッ!イッッ~~~~ッ!!」
身体を弓なりに反らして震える東堂のちんこから、透明な液体だけがだらだらと流れる。
なんだこれ……ああ、カウパーか。
思考能力の低下が著しく、ひどい。
喉が渇いて、歯が疼いて、熱を吐き出したいだけなのに。
腕の中にいる知らない男。
熱っぽい視線が気持ち悪い。
こいつが俺を興奮状態にさせているはずなのに、何故か気持ち悪くなってきた……!
「ッ!オェ……うぐッ!」
腹から何か込み上げてくる。
興奮しているから唾液が止まらないんだと思っていた。指先が冷たいのは東堂の肌が熱いからだと思ってた。息がしづらいのも全部、東堂のフェロモンのせいだと思ってたけど、どうやら違う様だ。
「ゲエエエ……うぇ…おッ、ッ………」
「潤太?!」
びちゃびちゃと、シーツに黄色みのあるどろりとした液体を吐き出す。嘔吐してしまったのだ。
甘い雰囲気だと思っていた東堂も、流石に我に返り飛びのいた。
「なになになに?!汚い!なんで?!」
俺から距離を取り部屋の隅、意味がわからないと、困惑を隠そうとせずに喚き出す。
「うぐっ…お、ゲエエ……うぇっ……」
大きな声を出さないでほしい。
吐き気が続いている俺は、そのことを伝える気力も体力もなく、ぱたりと横になる。
すぐ顔の横には酸っぱい匂いの吐瀉物。
口の中も同じ味だ。
自分でも何が起きたのかよく分からない。
東堂の匂いに充てられて、ヤル気満々だった。
俺の息子も元気いっぱいだったのに、急に気持ち悪くなってこの有様だ。すっかり萎えてる。
「やだやだ!きもい!無理だって!潤太はやく片付けてよ!俺と番になるんでしょ?!家族が欲しいって言ってたじゃん!」
発情期はどこにいったんだと思うほど元気そうな東堂。その言葉に返事をするより先に、部屋のドアが壊れそうなほど大きな音で叩かれた。
続け様に聞こえてきた声は、聞き覚えのあるアイツ。
「潤太、心配しないで、助けに来たよ。」
絶えず大きな音が聞こえるドアの向こう。
「待っててね」「すぐだから」なんて声と共に、本当にドアが壊れそうな音がしてる。
薄れる意識の中、ついにバタンッッ!とドアが倒れたのか、アイツが中に入ってきた。
「潤太!!大丈夫!?」
エプロンをしたままの遊星が、額に汗を浮かべて俺の顔を覗き込んでくる。
ベッドに倒れ込んだ俺、顔の横にある吐瀉物を交互に見て状況を把握したらしい遊星が、俺の頭を優しく撫でて、「気持ち悪かったね、ちょっとだけ待ってて」と囁いてきた。
光を見るのも辛く、目を閉じてなんとか呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。
視界を塞いだことで敏感になった聴覚が、周囲の音を集める。
「ヒッ…来んなよ!こっち来んな!!なんだよお前!」
キャンキャン喚く東堂の甲高い声で頭が痛む。耳を塞ぐ気力はなく、耐えようと眉を寄せ顔を顰めていたら、バシンッと乾いた音が聞こえてきた。
1回、2回、3回、4回目の音の後、溜息が聞こえた。
「調子乗ってんじゃねぇぞ?誰が誰を番にするって?お前みたいな底辺クズビッチがフェロモンレイプしてくるなんて……この前みたいに、もう外なんて歩けないようにしてやるからな。俺と潤太の前に2度と面見せんなよ。」
早口で捲し立てる怖い声、空気がピリついてるのが分かる。
遊星があんな物騒なこと言ってるのに、なんで俺は安心しちゃってるんだろう。
感覚が戻ってきた指先や、足先を軽く動かして薄目で部屋の様子を見ようと試みる。
「う、うぅ……ひっく……なんで俺が……俺ばっかり……」
視界の先に東堂と遊星を捉える。
両頬を真っ赤にして子供のように泣きじゃくり、座り込んだ東堂の前に、仁王立ちしている遊星の腰から下が見える。
「泣いたところで鬱陶しいだけなんだけど……」
深い深い溜息を吐く遊星。びくりと肩を震わせて俯く東堂。
そんな東堂を無視して、遊星は振り返り俺に近づく。
「帰ろ、潤太。」
優しい声、さっきまでと全然違う。
なんで俺には優しいんだろう。
俺は遊星が知ってる潤太じゃないのに、なんでこんなに優しく触れてくれるのだろうか。
「無事でよかった。」
なんでこんなに……愛しくて仕方ないって顔をして、安心したって顔を俺に向けるんだ。
無防備な背中を向けて、俺に身体を預けるように強要してきた遊星に逆らえず、いや抵抗なんてしなかった。
この場にもう居たくなかった。
東堂の甘い匂いは、間違いなく俺の本能に運命を告げていたのに、今はただ嫌悪感しかない。
一刻も早く、家に帰りたい。
遊星に背負われ、まだ胃がむかむかしているけど、いい匂いのする遊星の首筋に顔を埋める。
壊されたドアを踏み、部屋から出る遊星はそのままホテルのエレベーターに乗り込み、フロントを通り抜けようとしたが、ホテルマンに声をかけられた。
「お客様、どうかされましたか?」
明らかに顔色の悪い俺を背負っているんだ。そりゃ声かけられるよな。
「邪魔。」
はは、随分冷たい声だな。
親切から声をかけただろうに、暴言を吐かれたホテルマンが少し気の毒だ。
外に出た俺たち。ホテル前に待機しているタクシーの一台に乗り、遊星が住所を伝える。
「寝てていいよ。」
「ん……」
隣に座っている遊星の肩を借りて頭を傾ける。
車の揺れが少し気持ち悪いけど、遊星がいるから安心できる。
言われた通り、眠って体調回復に努めよう。
「おやすみ潤太。……やっぱり食事に混ぜると効きが悪いな。レイプされて怖かったね。俺が綺麗にしてあげるよ。」
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「…………」
目を覚ますと、見慣れたベッド横にある間接照明が目に入った。
薄暗い部屋の中で橙の柔らかい光をぼんやり眺めていると、ドアの向こうから包丁の音が聞こえる。
のそのそと身体を起こして、寝間着に着替えさせてもらったことに気づく。
ベッドの下には洗面器。ビニール袋の中に新聞紙を入れて用意されている。
間接照明の横にはスポーツドリンクまであって、甲斐甲斐しいもんだな。ほんと……
暖房の効いた部屋から出てリビングに顔を出すと、冷たい空気が鼻先に触れた。
あまりの温度差に部屋に引っ込み、布団の上に置いてあった遊星のパーカーを借りることにする。
袖を通すと、ふわりと落ち着く匂いがして、思わず袖口を鼻に持っていって嗅いでしまう。
変態じゃん俺。
ようやく部屋から出てリビングに足を踏み入れる。
トントントンッと軽やかな包丁の音がさっきよりもはっきり聞こえて、キッチンに目を向けると、髪を結んで手元を見ている遊星がいた。
いい匂い……
美味しそうな匂いで肺をいっぱいにし、そのままソファに寝転ぶ。
「潤太?起きたの?体調はどう?もう気持ち悪くない?」
「ん、もうへーき。」
ソファにあった円形のクッションを抱きしめて横になっている俺にキッチンから遊星が声をかける。
ふつふつと何かが煮えてる音も聞こえてきて、生活音がすることがこんなに落ち着くなんて、久しぶりの感覚だ。
心地いい。
「潤太。雑炊作ったんだけど食欲ある?」
「ある。お腹減った。」
「よかった。」
時計を見るともう20時だ。
昼も食べてないし、吐いたせいで胃の中は空っぽ。
食卓へと移動して待っていると、湯気が立っている美味しそうな雑炊が出てきた。
「はいどうぞ。熱いから冷ましてあげるね。」
そこまで病人じゃないんだが、スプーンさえ持たせてもらえず、雛鳥よろしくしっかり冷ましてもらった一口分を、遊星からあーんして食べさせてもらう。
そういえばタクシーから降りた記憶がない。
多分遊星が運んでくれたんだろう。
迷惑かけてばっかだな俺。
今日だって、東堂のフェロモンに充てられて……俺、レイプしかけたんだ……
運命だと思った。
俺の番、俺のΩ。
ドア越しでも香ってきた甘い匂いのフェロモンは、俺の脳を刺激して、心を渇望させた。
あの時は確かにあの頸を噛みたかった。
俺の所有だと証を残して、その胎に熱を塗りたくりたかった。
でもどうだ、身体が芯から冷えて、吐いて、頭がすーっと冷めた。
なぜ盲目的に東堂に惹かれたのかさえも、今となっては疑問に思う。
東堂を思い出してもどきどきしないし、恋特有の感情が何も湧き上がらない。
こう見えて、学生時代はそれなりに恋愛を経験している。失恋のほうが多いけど、恋の気持ちは知ってる。
その人のことを日がな考えて、些細な仕草を思い出しては心が温まる。
「潤太、あーん。」
「あ。」
だからたぶん、遊星はそういう意味で潤太が好きなんだろう。
献身的で、愛おしそうに見つめられて、危機的状況で助けてくれる。それこそ漫画のヒーローみたい。
だから、どれだけ気持ちを向けられても応えることはできない、しちゃいけない。
でもこの世界で、心を許すくらいはいいんじゃないかな。
ここまでしてもらって絆されるなってほうが無理だろ。
「美味し?」
「ん、ああ…凄く美味いよ。ありがとう遊星。」
「ど?!どういたしまして!!はぁ…可愛すぎるよ潤太。俺をどうする気なのもう……」
「ふはっ可愛いな遊星。」
ちょっとくらい意地悪したっていいよな。
絶対に俺を好きになってくれない人。
好きになってごめん。
神さま、どうか夢から覚めさせないで。
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