皇太子殿下に捨てられた私の幸せな契約結婚

佐原香奈

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第一部

裏切りの思い出

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魔力を流し始めると、ポワンと陣の外周から光り始めて中心まで光った。



「デイヴィッド・ファイル・クラークがここに契約する。私は契約者以外に性的な接触を一切行わない。私は契約者以外に恋愛感情を持った時点で契約者から求められた離縁に同意する。私は契約者との離縁の際の交渉は全て司法に任せることとし、その決定全てに同意する」

デイヴィッドが私の番だと目線を向けた。

「ステラ・リラ・イシュトハンがここに契約する。私は契約者との婚姻後は配偶者としての責務を果たす。私は契約者以外と性的な接触を一切行わない。私は契約者以外に恋愛感情を持った時点で契約者から求められた離縁に同意する。私は契約者との離縁の際の交渉は司法に任せることとし、その決定全てに同意する」


私が押し黙ると、デイヴィッドが空いた手で私の手に触れて続きを催促する。
目の前の紙には言葉にした契約が刻まれるようだが、実際に読めるような言語ではない。
そうだろうと察しているだけだ。


「私は…契約者の不貞事由以外では離縁を求めない」


本当にこれでいいのだろうか?まだ魔法陣は光り続けているが、少し光は弱くなっている気がする。
なんとなく嫌な予感がした。
私はまだ、この契約の破棄方法も知らない。
ダメだ、この契約は危ない。


「私は契約者が身籠ることがなくても決して離縁しない」

「は?」

デイヴィッドの言葉を聞いた時、先にこの契約について細部まで確認しなかったことを後悔した。
契約を止めたくても魔法陣は光を弱めていく。


「私は契約者との離縁を望まない」


デイヴィッドがそう言い終わった後、魔法陣は姿を消し紙は半分に切れた。


「デイヴィッド!どういうこと?騙したのね?」


私が求めていたのは子供が出来なかったら離縁することだ。
公爵家に後継者が出来なければ困るのは私だけじゃない。


「ごめんステラ。少し強引だったね」

「こんな契約無効よ!」

「ステラ、例えば領主の印がある契約が無効になることがある?」

「…でも、この契約を公表すれば、クラーク公爵家門は黙ってないはずだわ!夫人だって困るはずよ!」


一度した契約を無かったことには出来ない。
そんな事は平民だって知っている常識。


「孤立孤島の皇室でもあるまいし、血筋の家門から養子をとればいい。どこの家もやる事は一緒でしょう」


「でも…」

「あぁ、爵位は相続させればいいだけです。そうすればもし私が先に死んでも、貴女には公爵夫人としての取り分がある。邪険に扱われることはありません」

「一体なんの話を…」


身体が一瞬震えたのが分かった。
得体の知れない恐怖に思考が追いつかない。
契約自体に私に不利な事は何もない。
もう彼と結婚したら離縁することが出来ないだけ。
出来るとすれば、彼がほかの誰かに心を奪われたその時のみ…


「ステラ、もう諦めて。離縁なんて考えられないほど楽しい生活になるから」


どこで間違えたんだろうか、私の希望通りではないが彼が裏切る事はない。なのに、私の方が捕えられた気分だ。
何も言葉が出てこない。


「ごめん。本当はステラが殿下と別れたと聞いた時から、諦めていたチャンスが来たと喜んでいたんだ。パーティで初めて二人で話して、あぁやっぱり逃したくないって…そう思って…」


「嘘。一度は諦めたじゃない」


彼は初めて家に来た時、簡単に諦めた。
そう、簡単に諦められるくらいの気持ちだったはずだ。


「あれは違う。自分の気持ちを全部理解してもらうには時間が必要だと思ったんだ。早急すぎたと反省して、夜会のパートナー位から誘っていこうと思ってたんだ。その時にアクセサリーも贈ってと思って作らせ始めたのがこの指輪だ。決して諦めたりなんてしていない」

「嘘…」

「嘘じゃない。もうすぐアカデミーも卒業だよ。この歳までステラに惹かれて婚約者も決められなかった情けない男が私だ。挨拶くらいしかしたことがないのに、こんなことを言われて気持ち悪い?」


デイヴィッドがそっと私の手に触れる。
暖かい手のひらを気持ち悪いなんて思っていない。


「嫌いになった?」


そう言われてフルフルと首を横に振る。
それでも、信じるのは怖いと思う。


「焦らなくていいから、私を好きになって」


ふわりと抱きしめられて、涙が溢れてきた。
好ましいと思っている。好きになれたらと思っている。
でも、もう誰にも裏切られなくない。


私はデイヴィッドに抱きしめられながら、フロージアに振られた日を思い出していた。
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