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第一部

外堀が埋められて

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ディヴィッドと会ってから二週間が過ぎ、私はクラーク公爵家へ手紙を書いていた。


パーティでの私たちの親密そうな関係が一気に広かったのだ。
未来の公爵夫人として紙面を彩るほど、噂は加熱していた。
中にはディヴィッドがフロージアから略奪したのだと書かれているものもあるほどだった。
クラーク家からイシュトハンに縁談の話が持ちかけられているとも書かれている。


そんな中、本当に前クラーク公爵夫人から手紙が届いた。


「ステラ嬢の好きなチョコレートを食べにいらっしゃい」


その短い文で私はこの結婚から逃れられないと悟った。
縁談の話が表に出た以上、伯爵家から断ったなんて不敬なことはあってはならない。それは公爵家にケチをつけたも同義だからだ。
全ての貴族とは言わないが、普段はイシュトハンに手出しのできない小物がこれ見よがしに騒ぎ出すきっかけとなるだろう。


「ステラ姉様は公爵家へ嫁ぐの?大変じゃない?」


クロエでさえも噂を耳にしている状況からすれば、もう全ての貴族が縁談のことを知っていて、すぐにでも婚約すると思っているに違いない。


噂になることは最初からわかっていたが、縁談の話まで漏れてしまったのは完全に想定外だった。
今後社交界で生きて行くことを望むのなら、もう選択肢はないに等しい。


「わたし、本当に大変かも…」


少しの意趣返しのつもりで踊ったあのパーティで、ここまで追い込まれることになるとは思ってもいなかった。
噂になるだけなら、のらりくらりと誤魔化せると思っていたが、この状況でも怒りは湧いてこなかった。



これが公爵家により広められた噂だとしても、嫁ぎ先としてはなんの不満もない家だ。


「お待ちしておりましたわ。ステラ嬢」


何度もお茶会で訪れた王都のクラーク公爵家の屋敷は王宮に次いだ広さを誇り、イシュトハン家の要塞仕様のタウンハウスとは全く異なる絢爛豪華な佇まいだ。
そんな城の入り口に立ち私一人を出迎える姿に身震いを覚えるが、もうこの巣窟に入る覚悟はしっかりと出来ている。


「ご無沙汰しております。マリチェッター夫人」


私は前公爵亡き後、夫人が自ら希望した呼び名で答えた。
それに満足気に口元を上げた夫人は「すぐにお義母様と呼ぶようになるわ」と言いながら邸内へとステラを迎え入れた。
決して崩れない笑みを貼り付けてステラもその後ろに続く。
今でも社交界での影響力は凄まじく、言葉一つでも間違えれば明日には笑い者にされていることだろう。


「見て、このクリスタル。もう我慢できなくて、あなたの名前を彫ってもらったのよ?」


夫人が招いた玄関ホールの真ん中に、柱のように置かれた巨大なクリスタルが鎮座していた。
よく見ると、そこにはディヴィッド・ファイル・クラークと彫られており、その横には寄り添うようにステラ・リラ・クラークと彫られている。


少しの隙があれば断ろうと思って気合を入れて来たのだが、私はもう完全に降参するしかなかった。
クリスタルは公爵家の所有するリックス鉱山で採られたものだろうが、人の背の倍はあろうクリスタルを傷もつけずに持ち出したことを考えれば、このクリスタルの価値は国宝クラスといっていい。
教会の祭壇に飾ってあるクリスタルでもこんなに大きいものは見たことはなかった。



「婦人に歓迎されているようで安心しました」

「あら、あの子にも口を酸っぱくして言ったのよ?ウチの嫁はステラ嬢以外に認めないとね」


政略結婚なんて自分はしないと思っていたが、まさかこんなに強引に結婚を勧められる日が来るとは思ってもいなかった。
天晴れとさえ思わせる夫人の行動に、悪意は感じられないし、怒りではなく諦めの方が気持ちが強い。


「私にそのような価値があるかどうか…」

「いいえ。今でも私は次期王妃はステラ嬢を選ばなければならなかったと思うわ。魔力を抜きにしたって慎ましく、社交も上手く、性格も真面目でしょう?どこにこのチャンスを逃すものがいるの?殿下と別れたと聞いた時から周りを牽制するので忙しかったのよ?イシュトハンを手に入れなければ王家への求心力はなくなるのは目に見えていると言うのに…」

「評価いただけているというのは嬉しい限りです。私の努力も無駄ではなかったと言う事ですもの。でも、公爵には御迷惑だったのではないかと心配ですわ」


私たちはホールのクリスタルの前でため息をついていた。


「うちの子は結婚もしないバカ息子だとばかり思っていたけど、人を見る目はあるのよ。ステラ嬢は自分で口説き落とすから余計なことはしてくれるなと毎日冷たく言い放つんだから。私がこのクリスタルにステラ嬢の名前を入れたのは、その当てつけよ」

「当てつけ…ですか」

「えぇ。もしステラ嬢にフラれでもしたら、このクリスタルはこのまま壁にでも埋め込んで息子を永遠に笑ってやるつもりよ。使えるものは使うのが貴族の常識だもの。あの子は甘いのよ」


そうして笑う夫人は、してやったりの得意気な顔をしていた。
私がもう断れないこともしっかりと理解しているに違いない。
ディヴィッドは今日私が訪問していることは知らないと見えた。


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