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第一部
選ばれなかった愚かな私
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「ねぇ姉様、フロージアのやつ、まだプロポーズしてこないんですか?」
アカデミーを卒業して、私が毎日イシュトハン邸にいるようになるのと入れ替わりで王都へと行ったダリアが、アカデミーの休みの日に気不味そうに口にした。
「また呼び捨てにして…不敬よ」
「それはいいから…姉様、本当に大丈夫ですか?」
きっと、アカデミーで姉の結婚はいつなのだと聞かれているのだろう。
私も友人と会う度に聞かれるから、最近は断ることも増えた。
「何も言わないくせに、私には待っていてくれってそればかり。でも、どう考えても私以外相手はいないでしょう?女の影もない。後はタイミングなのでしょう」
「どちらかといえば王家が望んでる結婚なのに、流石におかしいです。きっちり一度詰め寄った方がいいんじゃないですか?」
「そうね、そんな機会があれば聞いてみてもいいかもしれないわ。そういえば、ダリアはウィリアムとはどうなの?婚約は?」
王家は出来れば皇太子となったフロージアに、イシュトハンの娘を嫁がせたいと考えているはずで、社交界で次期王妃として認められている現状から見ても、他の女に乗り換えるなんて難しいはず。
「実はウィリアムからプロポーズされて、今日は正式に子爵が挨拶に来たいと」
「まぁ、おめでとう!だから帰って来たのね」
ダリアは、王都の屋敷のお隣さんの子爵家の長男のウィリアムと付き合っていた。
幼い頃からウィリアムのことが大好きだったダリアは、子爵家という格差はあるがうまくいくだろう。
父も母も権力には興味がないし、子供を政略結婚させるつもりもない。
私は自信を持って未来の国母となるべく努力をして来て、そんな自分も好きだったが、日が経つにつれてその自信は小さく萎んでいった。
ただ学生時代は強大すぎる魔力は人々の恐怖となり得ると判断して、加減が必要だったが、一番魔力の強い末っ子のクロエと久しぶりに生活するようになって、自分の力を解放してなんとか心のバランスを保っていた。
この国にとっても、私が嫁ぐのが一番いいはずだ。
クロエは王妃には向かないし、フロージアとクロエは年齢も少し離れているし、クロエが仲が良いのは同じ年のフリードリヒ殿下のほうだ。
冷静になって客観的にこの国を見ても私がフロージアと結婚すべきだとそう言い切れる。
その事実も、フロージアの前では無意味だったようだ。
「イシュトハンの当主になる君を、私が欲しがることは罪だろう」
学園を卒業して忙しくなった彼が、久しぶりにイシュトハンに顔を出した日、私は精一杯に強がって立っていることしか出来なかった。
ずっと分からないふりをしていた。
これまで婚約の話が出なかったのは、国王陛下が1番魔力の強いクロエを王宮に縛り付けたいと考えていることは容易に分かることだった。
それでも、フロージアは私を皇太子妃にするべく動いているのだと、信じていたのだ。
私は目立ちすぎない程度の魔力しか披露してこなかった。
未来の王妃になるのに、有り余る魔力を惜しげもなく晒してもメリットはなかったからだ。
それでもクロエが1番魔力が強いことは隠しようもない事実だ。
だが、私も、そしてダリアも、国王の首なんて直ぐに落とせるくらいの魔力と技術を持っている。
クロエは王宮でやっていけるほど野心家ではないし、気も大きい方じゃない。
私と結婚せず、王家はどうするつもりなのか。
それももう、私には関係のないことだった。
「行き遅れた責任を取れなんて言わないわ。さよならフロージア殿下」
その日、これまで私の全てを捧げるつもりでいた男を見送ることはなかった。
ぽっかりと穴が空いたような虚無感から、その場からしばらく動けなかった。
学生の頃は、背中を預け合う騎士のように、安心して背中を預けられる人だった。
頑張る姿を見て、自分も頑張らねばと思わせてくれる人だった。
私の思い出全てに存在する人だった。
魔力制御のために、感情を制御することを徹底して教わった私が、初めて声を出して泣いた日だった。
あの程度の男に心を許していたのだと、初めて自分が愚かだったと気付いたのだ。
アカデミーを卒業して、私が毎日イシュトハン邸にいるようになるのと入れ替わりで王都へと行ったダリアが、アカデミーの休みの日に気不味そうに口にした。
「また呼び捨てにして…不敬よ」
「それはいいから…姉様、本当に大丈夫ですか?」
きっと、アカデミーで姉の結婚はいつなのだと聞かれているのだろう。
私も友人と会う度に聞かれるから、最近は断ることも増えた。
「何も言わないくせに、私には待っていてくれってそればかり。でも、どう考えても私以外相手はいないでしょう?女の影もない。後はタイミングなのでしょう」
「どちらかといえば王家が望んでる結婚なのに、流石におかしいです。きっちり一度詰め寄った方がいいんじゃないですか?」
「そうね、そんな機会があれば聞いてみてもいいかもしれないわ。そういえば、ダリアはウィリアムとはどうなの?婚約は?」
王家は出来れば皇太子となったフロージアに、イシュトハンの娘を嫁がせたいと考えているはずで、社交界で次期王妃として認められている現状から見ても、他の女に乗り換えるなんて難しいはず。
「実はウィリアムからプロポーズされて、今日は正式に子爵が挨拶に来たいと」
「まぁ、おめでとう!だから帰って来たのね」
ダリアは、王都の屋敷のお隣さんの子爵家の長男のウィリアムと付き合っていた。
幼い頃からウィリアムのことが大好きだったダリアは、子爵家という格差はあるがうまくいくだろう。
父も母も権力には興味がないし、子供を政略結婚させるつもりもない。
私は自信を持って未来の国母となるべく努力をして来て、そんな自分も好きだったが、日が経つにつれてその自信は小さく萎んでいった。
ただ学生時代は強大すぎる魔力は人々の恐怖となり得ると判断して、加減が必要だったが、一番魔力の強い末っ子のクロエと久しぶりに生活するようになって、自分の力を解放してなんとか心のバランスを保っていた。
この国にとっても、私が嫁ぐのが一番いいはずだ。
クロエは王妃には向かないし、フロージアとクロエは年齢も少し離れているし、クロエが仲が良いのは同じ年のフリードリヒ殿下のほうだ。
冷静になって客観的にこの国を見ても私がフロージアと結婚すべきだとそう言い切れる。
その事実も、フロージアの前では無意味だったようだ。
「イシュトハンの当主になる君を、私が欲しがることは罪だろう」
学園を卒業して忙しくなった彼が、久しぶりにイシュトハンに顔を出した日、私は精一杯に強がって立っていることしか出来なかった。
ずっと分からないふりをしていた。
これまで婚約の話が出なかったのは、国王陛下が1番魔力の強いクロエを王宮に縛り付けたいと考えていることは容易に分かることだった。
それでも、フロージアは私を皇太子妃にするべく動いているのだと、信じていたのだ。
私は目立ちすぎない程度の魔力しか披露してこなかった。
未来の王妃になるのに、有り余る魔力を惜しげもなく晒してもメリットはなかったからだ。
それでもクロエが1番魔力が強いことは隠しようもない事実だ。
だが、私も、そしてダリアも、国王の首なんて直ぐに落とせるくらいの魔力と技術を持っている。
クロエは王宮でやっていけるほど野心家ではないし、気も大きい方じゃない。
私と結婚せず、王家はどうするつもりなのか。
それももう、私には関係のないことだった。
「行き遅れた責任を取れなんて言わないわ。さよならフロージア殿下」
その日、これまで私の全てを捧げるつもりでいた男を見送ることはなかった。
ぽっかりと穴が空いたような虚無感から、その場からしばらく動けなかった。
学生の頃は、背中を預け合う騎士のように、安心して背中を預けられる人だった。
頑張る姿を見て、自分も頑張らねばと思わせてくれる人だった。
私の思い出全てに存在する人だった。
魔力制御のために、感情を制御することを徹底して教わった私が、初めて声を出して泣いた日だった。
あの程度の男に心を許していたのだと、初めて自分が愚かだったと気付いたのだ。
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