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その後のもう一つのお話

三度目の私

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三度目の人生の始まりは、前回よりも衝撃が大きかった。
直前に何が起きたのか全く分からないが、死んだのかもしれない。


だとしたら死んでしまうと、この鬼ごっこの場所に戻ってきてしまうのだろうか?
残してきた子供達の顔が浮かぶ。


「エリザベス?どうしたの?捕まえちゃうよ?」


鬼ごっこをしてアリエルを追いかけていたはずのヘンリーが、ボーッと立っていた私の腕をポンッと叩いた。


「大丈夫?」


反応のない私を見て、ヘンリーがもう一度肩をポンッと叩く。


「そろそろ勉強の時間だから戻らなくちゃ」


そう言って私は屋敷へと勢いよく走った。


「え?エリーーーー!?」


私はヘンリーの声も無視して屋敷の中へ戻る。
「女性が走るなんてみっともないです!」そう言われる声もしていたが、私の頭はそれを受け入れなかった。


私は子供達やマーティンにもう会うことは出来ないのだという事実が胸を抉る。
前回と同じ日にマーティンに会えれば、また同じような幸せが訪れるのだろうか?


幸せな日々から、全て投げ捨ててまで逃げたかった日々に戻った私は、それから4日間も高熱を出した。
身体が心に追いついて来なかったのだ。


ヘンリーは毎日見舞いに来ていたらしい。
どうせ、私への見舞いを口実にアリーと二人で過ごしたのだろうと思っていたが、どうやら違ったようだ。


「エリー、すごく心配したよ」


熱が下がり、起き上がれるようになった私の元へ、ヘンリーはすぐに駆けつけた。
心底心配していたのを、私の顔を見て安心したかのように、幼い顔をクシャッとさせながら笑う。



ーー私にこんな顔を見せたことがあったかしら?



そこから頻度高く、ヘンリーは家にやってきた。
不思議なことにあれからお茶会に、アリーを呼ぶことはなかった。
もしかしたら、私が二人に芽生えるはずだったものを邪魔したのかもしれない。


ヘンリーは熱を出したあの日から、「エリーはいつも教養の時間で疲れているから、ゆっくりとお茶を飲もう」そう言って、私があんなにも熱望した二人きりのお茶会を簡単に実現させる。


アリーが転びそうになるあの一瞬がなければ、長く苦しめられることはなかったとしたら、それこそ恐ろしい話だ。
そんな幼い頃の一瞬の時間のために、私は命を捨てたなんて信じたくなかった。
いつあの瞬間が訪れるか分からないが、平和に過ごせている。
ヘンリーとの関係は以前とは形は違えど、同じような恐怖しか感じなかった。


「エリー、そういえばバリシネスの国王陛下が来るらしいね。もう招待状は届いた?」

「バリシネス?招待状って?」


ヘンリーから出た意外な言葉に、ドキリと胸が高鳴った。
子供宛に招待状が届くわけもなく、招待されたとしても行くのは爵位を持った親達だけだ。


「第二王子が来るから同年代の子供達と交流させたいみたい。まだ何も聞いてなかった?」


マーティンだわ!
マーティンが来る。だけど、こんなに早く彼に会う事は今までなかった。
何故急に彼が来ることになったのだろう。
疑問には思ったが、彼に一目会えると思うと心は弾んだ。
彼は幼い頃どんなだったのかしら。




「まだ何も聞いてないけど、それはいつなの?」

「一ヶ月後だよ」


一ヶ月。その期間はあっという間だった。
父は私と妹にドレスを仕立て、私は夕食では幽霊となっていたが、マーティンに会えると思うと心が躍った。


何も知らないマーティンと会う時、私はどんな顔をすればいいだろう。
社交を目的とするのなら、挨拶以外も出来るかしら?
今、彼の好きな色は何色だろう。
未来の彼の好きな食べ物は、意外にもりんごだったけど、今聞いたら何と答えるのだろう。


悪戯して過ごしていたと聞いていたから、本当にやんちゃ坊主かもしれない。
想像するだけで一ヶ月が過ぎてしまった。



✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「挨拶に行こうか」


歓迎会は貴賓館のホールで開かれた。
社交シーズン真っ只中のため、多くの貴族が招かれて中庭までが解放されていた。
父にエスコートされる義母の後ろを、アリーと一緒に続く。
先程参加者に紹介された、バリシネスの国王と、第二皇子を、低い身長では確認できなかった。
やっとマーティンに会える。
そう思うとドキドキと心臓が張り切って動き出した。


「お姉様、手を握ってもいい?」

「いいけど、緊張しているの?」


アリーは着なれないドレスと靴にまだ慣れていなかった。
パーティで着るドレスは重いし、歩きにくいだろう。


「うん。でも、お姉様も緊張しているみたいだったから」


しっかり挨拶できるかと心配しているアリーは、私の心配もしてくれた。
彼女がヘンリーとの子供を産んだ時の笑顔が脳裏を過ぎる。
アリー、あなたが本気で私を心配してくれていたのはいつまでだったのかしら。
今更だと思うのに、アリーの笑顔は今でも私を苦しめる。


「ありがとう。練習通りすれば大丈夫よ」


アリーの手を繋ぎ、私たちは少し離れてしまった父の後を追う。
マーティン、私、また貴方と結婚したいわ。


溢れそうになる気持ちを抑えながらついていくと、父の背中越しに男の子と目が合う。


「エリザベス!」


そう呼び、走り出した彼の腕の中に収まるのはあっという間だった。
繋いでいた手も離れ、妹も驚いているが、私もすごく驚いた。


マーティンも、この奇妙な人生の繰り返しの中にいたのだ。
混乱はしていた。
彼が自分を覚えていることに喜びは溢れたが、何故?そう疑問にも思っていた。



「僕、エリーと結婚したいよ」


遠くでマーティンに抱きつかれ、求婚されている私を見ていたヘンリーは、マーティンと一旦離れると、すぐに声をかけてきた。


「ごめんなさいヘンリー、私はマーティン殿下と結婚したいわ」


「なんで!?エリーは僕のこと好きじゃないの?」


そう言われると本当に困ってしまった。
「あなたは、私のことを好きじゃなかったでしょう?」そう言いたいが今回の彼は、アリーに夢中というわけではなかった。
でも、私にはもうヘンリーを想う気持ちは指の先程もない。


「私は、あなたを好きだったわ」


その気持ちに応えてくれたことはなかったけれど、決して私を粗末に扱ったりはしなかったけど、あなたはずっと妹を愛していた。
私はそれ以上、ヘンリーには何も言わなかった。


マーティンにあってから私の周りの環境は目覚ましく変わっていた。
父は後継者として育てている娘を手放すことも、事業にも旨味があまりないという見立てから縁談は渋っていたが、国王陛下の助言により、私はヘンリーとの婚約を解消し、公爵家の後継者からも外されることになった。
マーティンは1日と置かず公爵家へと訪れる。


「エリザベス、君、子供に戻る前のことはどれほど覚えている?」


過去の記憶のある彼は、仕草も口調も子供らしくなかった。
中身は私の知っている少し口が悪いけど、優しいマーティンのままだったが、真剣な顔をしていても可愛らしいことこの上ない。
つい私のほうが笑みがこぼれてしまう。
また死んだように日々を過ごしてマーティンに連れ去られたいと思っていたのに、彼とこうしていることが不思議でたまらない。
言いづらそうに話し出した彼に、私は軽く答えた。


「私は男がぶつかってきたところまでしか覚えてないの。階段から落ちて死んだの?マーティンは何歳まで生きていた?」


私以外の人と結婚したりした?
当然彼も死んで子供の頃に舞い戻ってきたのだろうと思ったが、それは黙っておいた。
私がいなくなった後、誰かを愛していたとしても、こうして会いにきてくれた。
それだけで私のことを忘れなかったのだと理解できたし、私がいなくなった後まで縛るのはおかしな話だ。


「君はパーティで使われていたステーキ包丁で腹を刺されていた。傷の幅は狭かったが、傷は内臓まで達していて1週間後に君は亡くなった。その瞬間、俺は子供に戻っていたんだ」


「私が死んだ…から?」


私は、やっぱり死んだらあの日に戻るのだ。それに彼は巻き込まれた。
私は後何度この繰り返しの中で生きていくのだろうか、彼の記憶は何故今回はあるのだろう。


「マーティン、実はね、私はこれで3回目の人生なの」


私は彼との結婚生活でも決して口にすることはなかった。
そんなこと途中で忘れてしまっていたほど、彼との結婚生活は楽しかったし幸せであった。


「…そ、そうか。そう思えば納得することも多い。君に言いたかったのは、君をあの時刺したのは、君の婚約者であるヘンリーだと言うことだ」

「え?」


ヘンリーに殺されたのだと聞いても私は心当たりがなかった。
私が逃げた後、マーティンはリス国の情報を私に教えることはなかったし、私は聞くこともなかった。
バリシネスの社交界でも、リス国の貴族や大使がいる場では、私たちは参加を免除されていたので、小さな国の貴族の情報が耳に入ってくることはなかった。


アリーと結婚して幸せに暮らしているだろうと思っていたのは間違いだったのだろうか。



「彼は…言いにくいがよく聞いてくれ。君がリス国を抜けた後、ヘンリーは妹との事が噂になり、侯爵家も公爵家も浮気を容認していたとして信用を失った。ヘンリーはその責任を負わされて幽閉されたはずだった。しかしその後に流刑とされたらしい」


「う…そ…」


私は信じられなかった。
彼は別に犯罪を犯したわけでもなかったからだ。
彼は男だし、少しの火遊び程度にしか捉えられていないと思っていた。
そんな大事になっていたなんて考えもしたことがなかった。


「嘘じゃない。結婚もしてないうちから堂々と女を連れて歩き、またそれが婚約者の妹だなんてあまりにも常識外の行動だ。彼のその常識外の行動が婚約者を追い詰めたのだと明るみに出ると、侯爵家への関税は上げられ、厳格な国は取引自体から手を引いた。その損失はとんでもない額だ。領民への影響も多大なるものだと想像に容易い」



彼の説明を受ければ、確かに流刑とされることもおかしくはなく感じた。
じゃあ、ただ逃げた私の罪は?


公爵家に生まれた者の責務から一度目は死ぬ事で逃げ、二度目は逃走した。
その結果、私はヘンリーに殺されたのだ。
私だけ罪から逃れる事は許されなかったのではないか。


「エリザベス、ヘンリーとはもう会わないでくれ」


懇願するマーティンを見て、私は小さく頷いたがそのショックは大きなものだった。


「マーティン、私、今回は公爵家から逃げる必要はないわよね?」

「え?あぁ。もう婚約するのだし、前回とは違って家同士の了承があるからその必要はない。今苦労はしていないか?」

「ええ…父は相変わらずだけど、今回はそれ程困っていないの」


もしかして、このまま彼と結婚する事で、今回は私や彼が責められるのではないか。
その責任をまた負わなければならないのではないか。
そう心配したのだが、私たちはまだ幼く、第二王子の一目惚れという話も、好意的に捉えられていた。




侯爵家は、このまま破談にはせず、ヘンリーとアリーの婚約を望んでいるし、アリーに後継者教育を始めると聞いていたし、よくある話の一つとして問題視されることはなかった。


心配しすぎだとマーティンに言われれば、そんな気がしていた。
再び歩き出したマーティンとの人生は、綺麗に収まるところに収まったのではないかと思うことにした。


あれ程愛したアリーと結婚するヘンリーだから、また再び彼女を溺愛するだろう。
そう思っていたが、アリーと結婚したヘンリーは子供ができても浮気を繰り返しているらしい。


中々人生とは分からないものだ。
それでも、私とマーティンは手を取り合って眠る。
明日も、明後日も、彼と生きていきたい。
私が死んで、再びあの日に戻っても、私はもうマーティン以外愛せないのだ。
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