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夜更け
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シェーラのお泊まりは基本急に決まる。
いつでも大歓迎なのだし、そういう時は何かしら話したいことがある時だ。
「リーリエ、髪がまだ濡れているぞ」
シェーラが私の家に来てすぐ、彼女の従者が到着した。
シェーラの真っ白なシルクの部屋着を持ってきた侍従が、彼女の後ろでお茶の用意を始める。
「シェーラは髪もクセがないし、量も少ないけど、私みたいに量が多いと乾くのにとっても時間がかかるのよ!」
「そうか。なら髪が乾くまでシャンパンでもどうかな?」
「あぁ、シェーラ…なぁに?お酒でも飲まないと話せないようなことがあるの?」
シェーラの言葉を聞いて、湯刺しから手を離して、従者がシャンパングラスを手に取ったのが見える。
「いや、そう言うわけではないのだが…」
「いいわよ?シャンパンも嬉しいし、でも明日も学校だから少しだけいただくわ」
「さぁ、座って!」と、シェーラの横を通り過ぎて席に座る。
私の侍女もシャンパンに合う料理を取りに行ったようだ。
「それで?」
目の前にハムやクラッカーが並べられる中、お茶を一杯飲んだ後は先にクイクイとシャンパンを飲んでいた二人は、ほんの少しだけ頬が染まっていた。
「婚約者が来ていると言ったことは覚えているか?」
「えぇ。婚約者が決まっていたなんて知らなかったら内心すごくビックリしたのよ!」
「そうだな、隠していたわけではなかったのだが、私が生まれた時から決まっていたから、聞かれない限り言う機会がなくてな」
「そうねえ。婚約していることも知らないし、知らない相手のことを聞くなんてこと出来ないもの。卒業したら結婚すると言っていたから近々縁談の山に押し潰されることになりそうと心配していたくらいよ」
侯爵家が生まれた時から決められていた相手というと、家格に合う高位貴族だろうが、結婚前に異国に来て、ほとんど会えていないのではないだろうか?
「すまない。シーセル様の勇姿が見れれば本当にそれだけでいいと思って過ごしてきて、リーリエやカナリアみたいに友人と呼べるような付き合いが出来るとは最初は思ってもいなかったから」
「まぁまぁ!友人とは思っているけれど、親友と呼べるほどは私たちお互いのことを知らないわよ?シェーラはシーセル様の話しかしないから、シェーラ自身のことは実は私、あまり知らないの。友人と思ってくれていて本当に嬉しいけど、ちょっと驚いているわ」
彼女との会話の中心はシーセル様で形成されていて、カナリアと私はその崇拝するシーセル様の情報しか知らない。
興味のない話ではないし、シェーラから聞くシーセル様の話は結構面白いし、時間が合えば仲良く話をするけど、特別仲がいいかというとそうでもないような、気がする。
でも、少し意地悪を言いすぎたかもしれない。
「それは分かっているのだが、生憎自分のことよりもシーセル様のことでいつも頭でいっぱいで、他に話題にするようなことがいつも思い浮かばない」
「もう、シェーラってお酒を飲まないと自分の話も出来ないの?私は親友のように何でもシェーラのことを知りたいと思っていたのよ?」
気付けばボトルは半分以上減っていた。
シェーラも少し顔が赤い。
「リーリエ、リーリエはシーセル様は素敵だと思わないか!?」
「えっ顔はかっこいいとは思うけど!?」
いきなり聞かれて、反射的に口からこぼれたのが、私の本心だと思う。
「シーセル様は顔だけじゃない。剣を握った時の構えも剣筋も芸術品のように美しいし、正義感も強い。国境を守る辺境伯の息子であるから家柄も悪くはないし、普段の性格も温厚でどこに文句がつけられる?」
シェーラはグビっと音を立ててシュワシュワを胃に流し込む。
ほんの少しグラスを掴んだ手に力が入っていて、少し怖い。
リーリエはグラスに口をつけながらちらりとシェーラの顔色を伺う。
「子爵家の私が文句をつけられるような方ではないのは分かっていますわ」
リーリエは強い言い方にならないように気を付けながらグラスをテーブルに置いた。
「ならどうして!」
「今日はそんな話だったの?結局シーセル様のことだったわ」
リーリエはシェーラの話が聞けると思っていた。
だけど、リーリエの口から出てくるのはやはりマーサー卿のことばかり。
シーセル様、シーセル様って言うのなら、自分が結婚すればいい。
こっちは結婚する気がないのだ。
「あっ……すまない。違うんだ、実は剣術大会が終わった後、私の家で交流会があって…その招待状を渡したかっただけなんだ。パートナーが必要だから…ついシーセル様の話になってしまった」
「シェーラの家に呼ばれるのは初めてね?嬉しいけど、マーサー卿を誘うとは約束出来ないわよ?」
「シーセル様に来て欲しくて誘っているわけでない。リーリエとカナリアを婚約者に紹介出来たらと思っているんだ」
シェーラは珍しくモジモジと恥ずかしそうにワイングラスを揺らした。
「それならそう先に言ってよ!もちろん行くわ!カナリアもきっと喜んで参加するわよ」
こうして、私はシェーラの婚約者について根掘り葉掘り聞く権利を得た。
夜が明けるんじゃないかというまで語り合い、見事に寝坊した私たちは初めて遅刻ギリギリの時間に教室に駆け込むことになった。
いつでも大歓迎なのだし、そういう時は何かしら話したいことがある時だ。
「リーリエ、髪がまだ濡れているぞ」
シェーラが私の家に来てすぐ、彼女の従者が到着した。
シェーラの真っ白なシルクの部屋着を持ってきた侍従が、彼女の後ろでお茶の用意を始める。
「シェーラは髪もクセがないし、量も少ないけど、私みたいに量が多いと乾くのにとっても時間がかかるのよ!」
「そうか。なら髪が乾くまでシャンパンでもどうかな?」
「あぁ、シェーラ…なぁに?お酒でも飲まないと話せないようなことがあるの?」
シェーラの言葉を聞いて、湯刺しから手を離して、従者がシャンパングラスを手に取ったのが見える。
「いや、そう言うわけではないのだが…」
「いいわよ?シャンパンも嬉しいし、でも明日も学校だから少しだけいただくわ」
「さぁ、座って!」と、シェーラの横を通り過ぎて席に座る。
私の侍女もシャンパンに合う料理を取りに行ったようだ。
「それで?」
目の前にハムやクラッカーが並べられる中、お茶を一杯飲んだ後は先にクイクイとシャンパンを飲んでいた二人は、ほんの少しだけ頬が染まっていた。
「婚約者が来ていると言ったことは覚えているか?」
「えぇ。婚約者が決まっていたなんて知らなかったら内心すごくビックリしたのよ!」
「そうだな、隠していたわけではなかったのだが、私が生まれた時から決まっていたから、聞かれない限り言う機会がなくてな」
「そうねえ。婚約していることも知らないし、知らない相手のことを聞くなんてこと出来ないもの。卒業したら結婚すると言っていたから近々縁談の山に押し潰されることになりそうと心配していたくらいよ」
侯爵家が生まれた時から決められていた相手というと、家格に合う高位貴族だろうが、結婚前に異国に来て、ほとんど会えていないのではないだろうか?
「すまない。シーセル様の勇姿が見れれば本当にそれだけでいいと思って過ごしてきて、リーリエやカナリアみたいに友人と呼べるような付き合いが出来るとは最初は思ってもいなかったから」
「まぁまぁ!友人とは思っているけれど、親友と呼べるほどは私たちお互いのことを知らないわよ?シェーラはシーセル様の話しかしないから、シェーラ自身のことは実は私、あまり知らないの。友人と思ってくれていて本当に嬉しいけど、ちょっと驚いているわ」
彼女との会話の中心はシーセル様で形成されていて、カナリアと私はその崇拝するシーセル様の情報しか知らない。
興味のない話ではないし、シェーラから聞くシーセル様の話は結構面白いし、時間が合えば仲良く話をするけど、特別仲がいいかというとそうでもないような、気がする。
でも、少し意地悪を言いすぎたかもしれない。
「それは分かっているのだが、生憎自分のことよりもシーセル様のことでいつも頭でいっぱいで、他に話題にするようなことがいつも思い浮かばない」
「もう、シェーラってお酒を飲まないと自分の話も出来ないの?私は親友のように何でもシェーラのことを知りたいと思っていたのよ?」
気付けばボトルは半分以上減っていた。
シェーラも少し顔が赤い。
「リーリエ、リーリエはシーセル様は素敵だと思わないか!?」
「えっ顔はかっこいいとは思うけど!?」
いきなり聞かれて、反射的に口からこぼれたのが、私の本心だと思う。
「シーセル様は顔だけじゃない。剣を握った時の構えも剣筋も芸術品のように美しいし、正義感も強い。国境を守る辺境伯の息子であるから家柄も悪くはないし、普段の性格も温厚でどこに文句がつけられる?」
シェーラはグビっと音を立ててシュワシュワを胃に流し込む。
ほんの少しグラスを掴んだ手に力が入っていて、少し怖い。
リーリエはグラスに口をつけながらちらりとシェーラの顔色を伺う。
「子爵家の私が文句をつけられるような方ではないのは分かっていますわ」
リーリエは強い言い方にならないように気を付けながらグラスをテーブルに置いた。
「ならどうして!」
「今日はそんな話だったの?結局シーセル様のことだったわ」
リーリエはシェーラの話が聞けると思っていた。
だけど、リーリエの口から出てくるのはやはりマーサー卿のことばかり。
シーセル様、シーセル様って言うのなら、自分が結婚すればいい。
こっちは結婚する気がないのだ。
「あっ……すまない。違うんだ、実は剣術大会が終わった後、私の家で交流会があって…その招待状を渡したかっただけなんだ。パートナーが必要だから…ついシーセル様の話になってしまった」
「シェーラの家に呼ばれるのは初めてね?嬉しいけど、マーサー卿を誘うとは約束出来ないわよ?」
「シーセル様に来て欲しくて誘っているわけでない。リーリエとカナリアを婚約者に紹介出来たらと思っているんだ」
シェーラは珍しくモジモジと恥ずかしそうにワイングラスを揺らした。
「それならそう先に言ってよ!もちろん行くわ!カナリアもきっと喜んで参加するわよ」
こうして、私はシェーラの婚約者について根掘り葉掘り聞く権利を得た。
夜が明けるんじゃないかというまで語り合い、見事に寝坊した私たちは初めて遅刻ギリギリの時間に教室に駆け込むことになった。
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