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婚約破棄
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「ハイランス嬢」
聞き逃してしまう位遠くから自分を呼ぶ声に、今のは自分の名前だった気がして聞こえてから二拍程置いて後ろを振り返る。
「キーラント様?」
鈍色のジャケットは今年のトレンド色だし、白の刺繍が縁取るようにアクセントが入っている。
その鈍色のジャケットは、アッシュブラウンの髪によく似合っている。
公爵家の三男であるキーラント・モブリシャスは一つ年下で一緒に官職に上がった同期の1人。
混乱を避けるために卒業式のプロムにも参加をしなかったクロッカは、同期と呼ばれる特別クラスの卒業生たちとも面識がなかった。
任命式と呼ばれる陛下から官職としての位を賜る時、隣の席にいたのが彼だった。
「あぁ気付いてくれてよかった。久しぶりだね」
「え、えぇ。お久しぶりです」
つい先週、食堂で会った気がしたが、時間の感じ方は人それぞれだと思い、訂正はしなかった。
「今日は早く帰れそう?」
「キーラント様も意地悪ね。明日はマリジェラの大使の方が見えますので準備も大詰め。やっと今昼食をと食堂へ向かうところですわ」
外務大臣補佐という位を賜り廷臣してからもうすぐ2年を迎えようとしている。
目紛しく過ぎていく時間を把握することは早い段階で諦め、時間が取れた時が食事の時間だ。
彼にとっては帰宅が頭を過ぎる頃かもしれないが、やっと1日の半分が終わったと感じている私としては羨ましいことだ。
「すまないね。今日王都に戻って来たばかりだから感覚が戻ってないみたいだ」
徴税官となった彼は、各領地を回り帳簿の確認をして、適正な納税だったかを確認している。
不正がないように決まった担当はなく巡回し、前任者が不正を行なっていないかまで確認するということで、確認をするだけで、小さな領地でも1週間はかかるという。
前回会ってから1週間ほどしか経っていないということは、近場で、且つ領地が小さなところということになると目星をつけていく。
「今回はどこに行かれていたのですか?」
「あぁハイランス領だよ」
幾つか目星をつけていたのに、予想外の回答に驚き、声が出なかった。
1週間足らずで終わる量ではない。
復興支援金が正しく使われているか、税収入の申告は正しいのか、活気のある町だけに徴税官たちの滞在は1週間では終わることなんてなかった。
月の半分とまではいかないが、我が家には入れ替わり立ち替わり徴税官が滞在していた。
今は平民向けの学校経営試験地として、税金で運営されていて更に仕事は増えているはずなのだが。
「ハイランス家の帳簿は分かりやすい。それに地域ごとに税金を管理していて、そこを調べていけば不正が行われていない事がすぐに分かる」
「それは役に立てたようでよかったです」
そんなことはもう何年も前からやっている。早く終わった理由は何だ。
力を抜いたか、或いは…
考えておくべきだろう。何もなければそれでいい。
わざわざハイランス領へ行って来たと言っているのだから、種を撒かれたならば芽が出る前に種を探さなければならない。
「マリジェラの大使が帰れば早く帰れるようになるだろう?飲みにでも行かないか?」
あぁ、こういう誘いは彼で何人目だろうか。
「是非ご一緒させていただきたいですわ」
ニッコリと笑みを貼り付けて答えれば、彼も甘い匂いでも漂わせるようにして微笑む。
また1人、同期を失ったと確信した瞬間だった。
「では私は仕事に戻るよ。ワインの美味しい店でも予約しておく」
「ええ。久しぶりにゆっくりとお酒を楽しめる日を楽しみにしていますわ」
仕事で忙しい上に、同期の後始末までさせられるのに、ゆっくりと酒を酌み交わせるわけがない。
それに…きっと私が手を回さなくても、彼はマリジェラの大使が帰る頃にはココにはいないだろう。
念の為、彼を排せるだけの手配はするが、きっと無駄に終わる。
もう2年、私は1度もこの手の誘いを断った事がないのに、仕事帰りの一杯が叶った事は一度もないのだから。
聞き逃してしまう位遠くから自分を呼ぶ声に、今のは自分の名前だった気がして聞こえてから二拍程置いて後ろを振り返る。
「キーラント様?」
鈍色のジャケットは今年のトレンド色だし、白の刺繍が縁取るようにアクセントが入っている。
その鈍色のジャケットは、アッシュブラウンの髪によく似合っている。
公爵家の三男であるキーラント・モブリシャスは一つ年下で一緒に官職に上がった同期の1人。
混乱を避けるために卒業式のプロムにも参加をしなかったクロッカは、同期と呼ばれる特別クラスの卒業生たちとも面識がなかった。
任命式と呼ばれる陛下から官職としての位を賜る時、隣の席にいたのが彼だった。
「あぁ気付いてくれてよかった。久しぶりだね」
「え、えぇ。お久しぶりです」
つい先週、食堂で会った気がしたが、時間の感じ方は人それぞれだと思い、訂正はしなかった。
「今日は早く帰れそう?」
「キーラント様も意地悪ね。明日はマリジェラの大使の方が見えますので準備も大詰め。やっと今昼食をと食堂へ向かうところですわ」
外務大臣補佐という位を賜り廷臣してからもうすぐ2年を迎えようとしている。
目紛しく過ぎていく時間を把握することは早い段階で諦め、時間が取れた時が食事の時間だ。
彼にとっては帰宅が頭を過ぎる頃かもしれないが、やっと1日の半分が終わったと感じている私としては羨ましいことだ。
「すまないね。今日王都に戻って来たばかりだから感覚が戻ってないみたいだ」
徴税官となった彼は、各領地を回り帳簿の確認をして、適正な納税だったかを確認している。
不正がないように決まった担当はなく巡回し、前任者が不正を行なっていないかまで確認するということで、確認をするだけで、小さな領地でも1週間はかかるという。
前回会ってから1週間ほどしか経っていないということは、近場で、且つ領地が小さなところということになると目星をつけていく。
「今回はどこに行かれていたのですか?」
「あぁハイランス領だよ」
幾つか目星をつけていたのに、予想外の回答に驚き、声が出なかった。
1週間足らずで終わる量ではない。
復興支援金が正しく使われているか、税収入の申告は正しいのか、活気のある町だけに徴税官たちの滞在は1週間では終わることなんてなかった。
月の半分とまではいかないが、我が家には入れ替わり立ち替わり徴税官が滞在していた。
今は平民向けの学校経営試験地として、税金で運営されていて更に仕事は増えているはずなのだが。
「ハイランス家の帳簿は分かりやすい。それに地域ごとに税金を管理していて、そこを調べていけば不正が行われていない事がすぐに分かる」
「それは役に立てたようでよかったです」
そんなことはもう何年も前からやっている。早く終わった理由は何だ。
力を抜いたか、或いは…
考えておくべきだろう。何もなければそれでいい。
わざわざハイランス領へ行って来たと言っているのだから、種を撒かれたならば芽が出る前に種を探さなければならない。
「マリジェラの大使が帰れば早く帰れるようになるだろう?飲みにでも行かないか?」
あぁ、こういう誘いは彼で何人目だろうか。
「是非ご一緒させていただきたいですわ」
ニッコリと笑みを貼り付けて答えれば、彼も甘い匂いでも漂わせるようにして微笑む。
また1人、同期を失ったと確信した瞬間だった。
「では私は仕事に戻るよ。ワインの美味しい店でも予約しておく」
「ええ。久しぶりにゆっくりとお酒を楽しめる日を楽しみにしていますわ」
仕事で忙しい上に、同期の後始末までさせられるのに、ゆっくりと酒を酌み交わせるわけがない。
それに…きっと私が手を回さなくても、彼はマリジェラの大使が帰る頃にはココにはいないだろう。
念の為、彼を排せるだけの手配はするが、きっと無駄に終わる。
もう2年、私は1度もこの手の誘いを断った事がないのに、仕事帰りの一杯が叶った事は一度もないのだから。
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