102 / 130
オルボアール
3
しおりを挟む
繁華街に出る頃には、忙しく人が行き交っており、皇帝の滞在により溢れる程の人が既に一日を始めていた。
皇帝陛下の生誕祭までの派手な飾り付けを外し、後片付けに追われており、慌ただしい雰囲気で昨日までの高揚とした住民達とは別人のようにあちこちで怒号が聞こえている。
「キャサリン大丈夫かな?」
視界に入った紙面には、昨日の生誕祭が一面に踊り、ストラウス公爵殿下と公爵夫人妃の衣装合わせがなされていなかった事も当然のように大きく記載されているようだった。
「今日はまだ皇帝陛下の話ばかりだろうし、すぐに話題に登ることは少ないのではないかしら?」
不仲説が話題になるとしたら、日常生活に戻った後だろう。
その頃にはキャサリンはこの街を出る。
と言っても、遅れて少しずつ帝国内に広がるはずだ。
噂を物色する策をこれから考えていくのだろう。
「クロッカの事も載っているんじゃないの?」
「小さくなら載っているかもしれないけど、それなら留学に行くアガトン殿下のことも載っているんじゃない?後でお店で買おうかしら」
「新聞が置いてある店なの?」
新聞は基本的に朝一番に市中でばら撒くように売られ、その後は商店の片隅に置かれることが多い。
飲食店には置いてないのが一般的だった。
「初めて行くお店だけど、きっとあると思うの」
「へぇ。変わった店なんだね。何か行きたい理由があったの?」
「えぇ。でもそれは内緒。王国まで持ち帰る秘密なの。あ、あのお店の裏手よ!」
急かすように護衛を引き連れて店の前まで来たが、いつもの配備では店に迷惑がかかる。
「護衛は最低限だけ入店にしてください。ここは配慮がいるお店です。ハントス、貴方だけ私と入店して下さい」
クロッカは4人いる護衛のうち、王国側から付けられている護衛を選び、後の3人は外で待たせることにした。
暫くは街が騒がしいとのことで増員された護衛ではなく、信頼のおける1番の年長者を選んだのは、店の雰囲気を壊さないためでもあった。
「じゃあこちらも2人残してあとは外で警備を」
先に護衛が入店し、店内の安全を確認した後に2人は入店した。
「いらっしゃい」
二重扉を開けて店内に入ると、入り口側の窓は全て大きな本棚で遮られ、天井近くの高い位置にある小さな窓達が、ほんの少しの光を室内にもたらして、時間の感覚が麻痺するような感覚を覚える。
正面のカウンターに立っていたのは、背が高く、想像していたよりも若い男性だった。
「アガトン殿下、先に席に座っていてくれる?」
「え、いいけど…」
不審がるように遅れて了承をしたアガトンは、先に護衛が指定したであろう席へと歩み始めた。
薄暗がりの静かな店内には朝早い為に、客はまだいないようだった。
「クロッカ・マーガレット・ハイランスと申します。セネガー公爵でいらっしゃいますか?」
カウンター越しに少し声を抑えて話しかける。
歳をとっても引き締まった身体、近くで見れば白髪が少し混じってはいるが、赤みを帯びたレンガ色の髪は珍しく、王国ではセネガー公爵家の血筋のごく僅かしかこの髪色を持つものはいない。
世襲貴族達の半分以上は歳を取りすぎる前に爵位を譲り渡し、後方支援として領地を守っていくことが多いのだが、彼は妻と一緒に王国の各地を旅行した後、妻を亡くしたことをきっかけに帝国に足を運んだということは王国でも興味があれば誰もが聞くことができる話だった。
髪の色を見れば、自分の求めていた人物であることはすぐに理解できた。
「爵位はもう何十年も前に息子に譲渡しております。今はこの店のオーナーをしております。カリスベリオ・セネガーでございます」
儀礼的にセネガー公爵と呼ぶべきかと思ったが、否定されるということは公爵の身分にすがっていないということで、彼は平民として過ごしているということは察することが出来た。
「お会い出来て光栄です。お客様は他にいないようですが、このお店で立ち話もあまり好まれないと思いましたので、手紙をしたためて参りました」
「他にお客様もおりませんし、お話いただいても構いませんが…」
「いえ、本日は殿下と参りましたので待たせるわけにもいきません。それに一枚はイリア・ロベールからの手紙ですので」
バッグの中から2枚の封筒を取り出すと、カリスベリオに手渡す。
目を細めながら手元の封筒を見ると、封蝋印とサインを確認して優しく微笑んだのが分かった。
「ほぅ…確かにイリア・ローベルからの手紙。ハイランス伯爵令嬢でしたね?」
「はい」
優しく微笑んで緩んだかと思った表情が瞬く間に消え去り、眼識に富んだ視線を含んで、鋭くクロッカを捉えた。
クロッカは、あまりの眼光に、流石は歴史ある名門公爵だとゴクリと息を呑んだ。
「ここの注文方法はご存知で?」
「えぇ。同じならば…ですが」
イリア・ロベールに会い、キャサリンのお土産に茶葉を分けて貰った、こことよく似た間接照明のみの王国の店。
「ならば問題はありませんね。では次は王国でお会いしましょう」
「はい。是非」
クロッカが膝を曲げ小さくカーテシーをとると、カリスベリオは頷くように小さく頭を下げ、カウンターの奥へと消えていった。
皇帝陛下の生誕祭までの派手な飾り付けを外し、後片付けに追われており、慌ただしい雰囲気で昨日までの高揚とした住民達とは別人のようにあちこちで怒号が聞こえている。
「キャサリン大丈夫かな?」
視界に入った紙面には、昨日の生誕祭が一面に踊り、ストラウス公爵殿下と公爵夫人妃の衣装合わせがなされていなかった事も当然のように大きく記載されているようだった。
「今日はまだ皇帝陛下の話ばかりだろうし、すぐに話題に登ることは少ないのではないかしら?」
不仲説が話題になるとしたら、日常生活に戻った後だろう。
その頃にはキャサリンはこの街を出る。
と言っても、遅れて少しずつ帝国内に広がるはずだ。
噂を物色する策をこれから考えていくのだろう。
「クロッカの事も載っているんじゃないの?」
「小さくなら載っているかもしれないけど、それなら留学に行くアガトン殿下のことも載っているんじゃない?後でお店で買おうかしら」
「新聞が置いてある店なの?」
新聞は基本的に朝一番に市中でばら撒くように売られ、その後は商店の片隅に置かれることが多い。
飲食店には置いてないのが一般的だった。
「初めて行くお店だけど、きっとあると思うの」
「へぇ。変わった店なんだね。何か行きたい理由があったの?」
「えぇ。でもそれは内緒。王国まで持ち帰る秘密なの。あ、あのお店の裏手よ!」
急かすように護衛を引き連れて店の前まで来たが、いつもの配備では店に迷惑がかかる。
「護衛は最低限だけ入店にしてください。ここは配慮がいるお店です。ハントス、貴方だけ私と入店して下さい」
クロッカは4人いる護衛のうち、王国側から付けられている護衛を選び、後の3人は外で待たせることにした。
暫くは街が騒がしいとのことで増員された護衛ではなく、信頼のおける1番の年長者を選んだのは、店の雰囲気を壊さないためでもあった。
「じゃあこちらも2人残してあとは外で警備を」
先に護衛が入店し、店内の安全を確認した後に2人は入店した。
「いらっしゃい」
二重扉を開けて店内に入ると、入り口側の窓は全て大きな本棚で遮られ、天井近くの高い位置にある小さな窓達が、ほんの少しの光を室内にもたらして、時間の感覚が麻痺するような感覚を覚える。
正面のカウンターに立っていたのは、背が高く、想像していたよりも若い男性だった。
「アガトン殿下、先に席に座っていてくれる?」
「え、いいけど…」
不審がるように遅れて了承をしたアガトンは、先に護衛が指定したであろう席へと歩み始めた。
薄暗がりの静かな店内には朝早い為に、客はまだいないようだった。
「クロッカ・マーガレット・ハイランスと申します。セネガー公爵でいらっしゃいますか?」
カウンター越しに少し声を抑えて話しかける。
歳をとっても引き締まった身体、近くで見れば白髪が少し混じってはいるが、赤みを帯びたレンガ色の髪は珍しく、王国ではセネガー公爵家の血筋のごく僅かしかこの髪色を持つものはいない。
世襲貴族達の半分以上は歳を取りすぎる前に爵位を譲り渡し、後方支援として領地を守っていくことが多いのだが、彼は妻と一緒に王国の各地を旅行した後、妻を亡くしたことをきっかけに帝国に足を運んだということは王国でも興味があれば誰もが聞くことができる話だった。
髪の色を見れば、自分の求めていた人物であることはすぐに理解できた。
「爵位はもう何十年も前に息子に譲渡しております。今はこの店のオーナーをしております。カリスベリオ・セネガーでございます」
儀礼的にセネガー公爵と呼ぶべきかと思ったが、否定されるということは公爵の身分にすがっていないということで、彼は平民として過ごしているということは察することが出来た。
「お会い出来て光栄です。お客様は他にいないようですが、このお店で立ち話もあまり好まれないと思いましたので、手紙をしたためて参りました」
「他にお客様もおりませんし、お話いただいても構いませんが…」
「いえ、本日は殿下と参りましたので待たせるわけにもいきません。それに一枚はイリア・ロベールからの手紙ですので」
バッグの中から2枚の封筒を取り出すと、カリスベリオに手渡す。
目を細めながら手元の封筒を見ると、封蝋印とサインを確認して優しく微笑んだのが分かった。
「ほぅ…確かにイリア・ローベルからの手紙。ハイランス伯爵令嬢でしたね?」
「はい」
優しく微笑んで緩んだかと思った表情が瞬く間に消え去り、眼識に富んだ視線を含んで、鋭くクロッカを捉えた。
クロッカは、あまりの眼光に、流石は歴史ある名門公爵だとゴクリと息を呑んだ。
「ここの注文方法はご存知で?」
「えぇ。同じならば…ですが」
イリア・ロベールに会い、キャサリンのお土産に茶葉を分けて貰った、こことよく似た間接照明のみの王国の店。
「ならば問題はありませんね。では次は王国でお会いしましょう」
「はい。是非」
クロッカが膝を曲げ小さくカーテシーをとると、カリスベリオは頷くように小さく頭を下げ、カウンターの奥へと消えていった。
0
お気に入りに追加
731
あなたにおすすめの小説
次期女領主の結婚問題
ナナカ
恋愛
幼い頃に決まった婚約者は、私の従妹に恋をした。
そんな二人を円満に結婚させたのは私だ。なのになぜ「悲劇の女」と思い込むのか……。
地方大領主マユロウ伯爵の長女カジュライアは、誰もが認める次期女領主。しかし年下の婚約者は従妹に恋をした。だから円満に二人を結婚させたのに、2年経った今でも「悲劇の女」扱いをされてうんざりしている。
そんなカジュライアに、突然三人の求婚者が現れた。いずれも女領主の夫に相応しいが、野心や下心を隠さず一筋縄ではいかない人物ばかり。求婚者たちに囲まれて収拾がつかないのに、なぜかのどかな日々が続く。しかし心地よい日々の中で求婚者たちの態度が少しずつ変わっていく。
※他所で連載した「すべては運命のままに」を一部改稿したものです
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」
まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05
仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。
私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。
王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。
冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。
本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる