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友人

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初恋を失ってしまったジャクリーンは、何年もため息をついて過ごしていた。
イリアはそろそろ潮時なのだと感じていた。
彼はもう義務というだけで家族に接している。
イリアにも娘にも以前のような笑みを見せることはなくなっていたからだ。



「ジャクリーン、私たち離婚しましょう」


イリアがジャクリーンに提示した結婚のメリットは、カリーナだった。
それが無ければ彼にはこの結婚は無意味なものなのだろう。夫婦としてうまく行っていると思っていた自分が恥ずかしいとすら思った。
私たちは利害が一致したことによる契約のような結婚。それなら彼を解放してあげるべきなのではないかとイリアは考えたのだ。
これは愚かに彼を縛りつけた私への罰なんだと。



「離婚!?なぜ急にそんなっ」


「カリーナがいない今、あなたが私と離婚しない理由はないでしょう」


「カリーナが亡くなったことと、僕たちの結婚に何の関係があるんだ?」


イリアもカリーナがいなくなってからぽっかりと開いてしまった穴は塞がってはいなかった。
新作を書けば以前と同じようにワーデン家へ足を運び、イリア・ロベールのサインと共にカリーナへと書いた本を渡している。
しかし彼はもう無意識のうちに行き場の無くしたカリーナへの想いを溢れさせてしまっているのだ。
箱にしまって大事にしていた初恋に浸る彼ではなくなってしまった。


「あなたはカリーナと関わる口実として私と結婚をしたはず。もう私と結婚を続けてもあなたにメリットを与えてあげることは出来ないのよ」


「何の話をしているんだ。君のことを愛しているんだ。あぁ…思えば君がカリーナと仲がいいというのは確かに婚約していた頃は僕にはメリットだった。でもカリーナへの感情とは違うんだよ。僕は君と結婚してよかったとずっと思っていたし、君もそう思ってくれてると思ってた。なぜ急にそんなことを?」


イリアは思い出した。彼は優しくて素直で少しおバカなのだと。
確かに愛してくれているのだろう。彼は気付いていない。カリーナへ恋焦がれているのだと。


「愛してくださっていたのはもちろん分かっています。しかし、カリーナが亡くなってから、あなたは魂が抜かれたようです。カリーナを好きなあなたごと受け入れていたつもりでした。今更になってそれを後悔しているのです。愛した相手に同じように愛されない辛さを漸く理解したのです。私は王都でイリア・ロベールとして過ごします。娘2人も今のあなたには任せられないので一緒に連れていきます。家はすでに用意しておりますの。明日にでも出ていきますわ」


言い終わると腕を掴もうとするジャクリーンの手を避け、部屋を出た。
その日、何を言われてもイリアはジャクリーンの目を見ることはなく、次の日の朝、娘2人を連れてアウストリア領を去った。



そのまま離縁を要求し続けたが、ジャクリーンがそれに応じることはなかった。
彼から毎日花が届けられ、メッセージカードには甘い言葉が書かれていた。
10年ほどの結婚生活の中で一度も聞いたことのない言葉が書かれていたので、少し鳥肌が立った程受け入れ難い言葉たちだった。


「ママ、そろそろパパを許してあげたら?」


マセた娘たちはジャクリーンの味方だったが、イリアは断固としてジャクリーンの面会を拒否していた。


それから2年後、ジャクリーンは娘2人の協力もあってイリアを口説き落とし領地に連れ帰ることが出来たが、初恋を拗らせた男は、呆れたことに王都で偶然成長したシュゼインを見て、娘たちに初恋を叶えてもらおうと考えるようになっていた。


「本当にバカな人だわ…」


流石にイリアにその話は出来ないと考えたのだろうが、娘たちからイリアの耳に情報が入ると、彼は彼女にひれ伏すことになった。


「シュゼインには婚約者がいるのです。迷惑をかけることはこの私が許しませんからね」





イリアは悔やんでいた。あの時もっときちんと対処すればよかったと。
まさかお馬鹿な夫が、汚い方法を取るとは思いもしなかった。
大切な娘、ステファニーの幸せも友人であるワーデン家の幸せも潰してしまった罪悪感で押し潰されそうだった。
ステファニーはきっと、シュゼインに対して先入観というものがあったに違いない。
娘たちをカリーナとのお茶会に参加させていたらまた違った運命を迎えていたかもしれない。
償えることではないがせめてできることはしたいと、ステファニーには多額の持参金を慰謝料がわりに持たせることにしたがワーデン家には到底許されるべきことではない。



カリーナにどう謝ったらいいのかと思うと、夫のしでかしたことの大きさに頭を抱えるしかない。
ジャクリーンをもう許す気にはなれなかったが、ここでイリアが責任から逃げるわけにもいかなかった。
ステファニーとジャクリーンになんのお咎めもないなんて許されるわけがないとそう思っていた。
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