婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

佐原香奈

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alone

帰国の日

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聖女出現の噂は、大陸中に知れ渡っていた。
各国が存在を認め、聖女を探している。


ミーリン島にも、教会本部にも、当然のように多くの聖女に関する問い合わせがあった。
教会本部はニ週間もの間、三日に一度休みを挟んでは教皇選出を協議している。

当初の予想通り、無能な枢機卿達に票が思ったほど集まらないことが原因だ。

その間に、大陸では聖女の噂が盛り上がりを見せていた。
夜中に突如現れ、何人もの人々を治したという。

ある旅団は崖崩れにあい、多くが瀕死の状態だったが聖女が現れ全員が助けだされた。その上治癒魔法で傷を治癒した後、近くの宿場まで転移してもらったらしい。
また、ある治癒士の不足した戦場では突然聖女が現れ、敵も味方も関係なく治癒され、奇跡の力で休戦となった。

見たこともないほど輝くオーラは眩さを感じる程で、聖女だと見ただけで分かると目撃者は言う。


「ふむ、時が来たわね。明日、私はイシュトハンへ帰ります。友人の結婚式のドレスも自分の結婚式のドレスもまだ採寸すら終わってないの。もうここに用はないわ」


クロエは朝起きて1番に服を持ってきた侍女にそう言い渡すと、寝巻きのまませっせと荷造りを始めた。


「えーっと…お土産は、家族にはコレでしょ、サリーとリリーにはこれで、ウラリー達にはコレ、ジュリアンは…あぁ、コレね。コレとコレとコレも持っていくし…ねぇ、もう一個カバン用意してくれない?」


クロエがパッと後ろを向くと、そこには侍女ではなくクリンプトンがいた。
思っていたよりも時間は経っていたようだ。


「陛下、先程イシュトハンへ帰ると伺ったのですが、どういう事ですか?」


ここ最近は朝はゆっくり支度しているクロエに合わせてゆったりと仕事の準備をしているところに、侍女が鬼のような形相でクリンプトンの私室に駆け込んできたのだ。


クリンプトンは仁王立ちでドアの前に立ち、中世的な顔は怒りに満ちていた。



「もう。びっくりさせないでよ。レディの部屋に断りもなく入るんじゃありません。そんなんじゃモテませんよ!」


プリプリとクロエも文句を言うが、クリンプトンの眉間には深く皺が寄るだけだった。



「陛下、私はまだ島外へ出た後の計画を受けていませんが、どうするおつもりなのですか?」


「もぅ。本当にそればかりね。そんなの相手がどう出てくるかじゃない!でも一つだけ言えることがあるわっ!!!私はすぐにでも帰らなければいけないということよ!」


この2週間、午前中は散歩という体で教会内を嗅ぎ回り、時には権力を行使ししていたが、昼はまじめに判子を押して、日暮れ前にミーリン島を観光しながら島民と触れ合った。


そんなことをしていたので、枢機卿たちも完全に油断している。
なんだかんだ仕事はこなしているし、暗殺者の数も日に日に減っている。


「もう私も騙されませんよ。いい加減説明をしてください!何度も申し上げましたが、何の説明もなければこちらも何の用意も出来ません!」


「全く。忍耐力のない聖職者なんて聞いたことないわ!仕方ない。じゃあ先に行ってて」


指をパチンと鳴らすと目の前のクリンプトンは消えた。


「さてさて、もう面倒臭いからこのままイシュトハンに送っちゃおうかな」


ギュウギュウと詰め込んだバッグから溢れたお土産達も指を鳴らせば消える。
魔力残量を気にせずに魔法を使える日々は開放感に満ちていた。



「エーリン、白いワンピースを持ってきて!」


クロエはまぁまぁ仲の良くなった侍女を呼ぶと、ようやく寝間着から着替える。


ツルツルした滑らかなシルクはこのまま着て過ごしていたいと毎日思うが、今日は白いワンピースでなければならないのだ。


「髪は緩く巻いてくれる?メイクは清楚な感じで」


聖職者、或いは手伝いをする信者は白い服に金の縁取りのワンピースを着ている。
百日の祈りを行なっているサステナが着ているのも白いワンピースだ。
今日は柔らかく、そして優しく見えるようにしなければならない。
クロエは鏡の前に座ると、ゆっくりと目を閉じた。



✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



クリンプトンが一人飛ばされたのは教皇選出の議論を行う教会本部の1番大きな議場だった。
クロエがパジャマであったことを考えて、大人しくその場で待っていると、司教達がすでに何人も入室してきた。
クリンプトンももちろん教皇選出権をもち、協議と投票に参加している。
ここにいることは不自然ではないが…


「待たせたわね!」


ただ議場を眺めているクリンプトンが、他者から不審に思われないように場所を移動しようとした時、やっとクリンプトンをここへ転移させた主人が現れた。

突然のクロエの登場に、数人の司教が驚きの声を上げた。
ここは神聖な教会本部の議場で、厳重に結界が張られている。
驚くのは当たり前だ。


「クリンプトン、今日は寝かせないわよ」


まだ不満顔のクリンプトンに、クロエは満面の笑みを向けた。
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