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Wake up

人形姫の乱心

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世界神話によると、その昔、神がミーリン島へ降り立ったとき、神は優しく手を差し伸べた女性へ魔力の器を授けたという。
ミーリン島の花の美しさに、神は大地に魔力を授け、器の持った人間は、魔法が使えるようになった。

一番最初に魔法を使えるようになったその女性は、神の愛し子として、生涯大切にされたと言われているが、その子孫達の話は残されていない。


世界は一度滅んだと言われている。
神話によれば、昔は魔力はもっと溢れていたらしい。
しかし、イシュトハンの記録が200年しか残っていないのと同じように、この大陸には200年の歴史しか残されていない。
それ以前の魔法書もなければ、神話以外の伝承も残っていないのだ。





「イシュトハンの方でよろしいでしょうか?」


ダンスタイムが始まり、フリードと一曲踊った後に、お決まりのようにデザートを食べながらゆっくりと座ろうと思っていた矢先、後ろからサステナに声をかけられ、デザートはお預けを食らうことになる。



「サステナ女王陛下、お会いできて光栄です。クロエ・アリア・イシュトハンと申します」


クロエは久しぶりのカーテシーの披露に、細いヒールがグラつかないように祈っていた。


「やっぱり!私はサステナと申します。魔力が一番多いから、見たらすぐに分かるとステラ陛下が仰っていた通りでしたわ!」

「女王陛下も、一目で分かるオーラが素敵で目が奪われました」



サステナは実際に話してみても、とてもフランクで可愛らしい印象は変わらなかった。
思っていたよりもマトモだし、常識がある。とステラが言っていたのには同意するしかない。
しかし、少し気になることがないわけでもない。嫌な予感がしている。



「魔力の受け皿をもった動物を管理していただいていると伺いました。ご迷惑をお掛けしているのに、私たちまでお世話になることになって申し訳ないですわ」

「いいえ、事故でしたら仕方のないことです。みんな元気なので安心して下さいませ。それに不明の魔獣を探すのにも、我が家に滞在するのが一番だと思います」

「えぇ。ご厚意に甘えさせてもらう分、早く見つかるよう最善を尽くします。被害に遭われた領民の方の分まで賠償させていただくつもりです」

「そうですか。その話は陛下へ確認しておきます。それで…えっと…彼は、私の夫のフリードリヒです」




クロエは戸惑いながらも、何度もチラリチラリとサステナの目がフリードを視界に入れるので、話の途中で紹介することにした。
聞いてくれれば最初に紹介したのにと、不思議でならない。


「神話の国の女王陛下にお目にかかれて光栄です」


フリードはクロエの腰に回していた手を離して少しだけ目線を下げて礼を執った。
可愛い子に見られて、調子に乗らないか心配だ。


「フリードリヒ様とお呼びしても?」


彼女は何を言っているのか?
今しがたフリードを心配した気持ちをすぐに回収することにする。
初対面の他人の夫を名前で呼ぶと?

喧嘩を売られているのかと目をぱちくりさせるけど、サステナとは視線が交わることがない。
フリードしか視界に入っていないようである。


「申し訳ございません。この国では親しい方以外にファーストネームを呼ばせることはありません。イシュトハン公爵と呼んでいただくのがこの国では最善かと思います」

「親しくなりたいので、ファーストネームで呼びたかったのです!ミーリン島では、ファーストネームはもっと気軽に呼びますわ」


親しくなりたいと言う言葉に、フリードはクロエの腰にサッと腕を回し直し、どこかに行きたそうにチラリと周りを確認する。


「そうなのですね。ミーリン島についての知識が増えて嬉しい限りです。では、私たちは少し早くイシュトハンへ戻らなければなりませんので、後程またお会いしましょう。行こうかクロエ」

「えぇ。陛下、御前失礼致します」


腰に添えられた手を押し出すようにして、フリードが急かすので、ちらりとサステナの顔色を伺いながら挨拶をする。
思ってもいなかったかのような驚いた表情でサステナは立っていた。


「はい。後程」


クロエ達が立ち去れば、サステナの周りにはあっという間に人が集まる。
フリードはイシュトハンへ先に行くと言っていたが、それが出来るわけもない。
彼女達がいる場所が、クロエとフリードのいなければならない場所だった。


「あんな嘘言ってもバレちゃうわよ?それとも帰りたくなったの?」

「いい?あの女王に極力関わらないようにしよう。最低限。そう。最低限にしよう。ステラでもダリアでも呼んでフォローしてもらおう。不吉な予感しかしない」

フリードは思いの外焦っているらしく、切実に訴えかけてくる。
彼女はあなたの顔が気に入った。それだけだと思うけど、フリードのこの様子なら心配する必要もないかもしれない。


「モテる夫って面倒臭いだけね…」

「ほら、また君はそんなことを言う…クロエ、今日は君の部屋で寝てもいい?クロエの心が離れてしまいそうで眠れそうもない」

「ふふっ。拘束されたいの?」

「クロエにだったら喜んで」


ここ数日のフリードの献身もあって、フリードのこの願いは叶えられることになる。
いつもより少し小さなベッドで、2人は朝まで温もりに包まれて眠った。
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