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Promenade

罪深い結婚

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「2人の結婚の意思の最終確認の場です。神の前では誰もが民であり、嘘なくその心を語れば、神の祝福を得られるでしょう。書類をこちらに」


フリードは、先程サリーが名前を記入し終えたばかりの結婚申請書を取り出すと、神官へと渡した。


「彼女は立会人でよろしいですか?」

「はい。証人の1人であるサリー・コーンウォリス男爵令嬢です」

「許可します。書類に問題はありません。ホールへご案内致します」


神官が白い重厚なドアを開けると、見慣れた赤い絨毯の敷かれたウェディングアイルがある。
結婚式には花嫁の人生に例えられる道だ。
学園内の小さな教会のため、祭壇へ向かう道は一つしかない。
両端には2階へと続く階段が見え、そこから神父が降りてくるのが見えた。


神官の後ろをフリードのエスコートで歩いていくと、不思議なもので、礼拝で幾度となく通った道が、特別な道に思えてくる。



「主たる全知全能の神は、ご自身により、その中から、ご自身の完璧な愛を通して、意志の自由、選択の自由を人間にお与えになりました。愛することが出来る者は神を知る事ができる。神は愛だからです。神の与えた自由の元に、2人の結婚の祈りを許可します」


祭壇の前まで来ると、神官は控え、神父が経典を開いた。


結婚式の前にこうして結婚の申請をするのは貴族では稀なことであり、その稀なことをこの国の王子2人がしたことは、非常識かもしれない。


静かで、厳かであり、参列者のいない結婚は、結婚の誓いではなく、結婚の祈りを持って神の祝福を賜るのだという。
神父の問いに合わせて誓いの言葉を述べるのだと思っていたクロエは、ドレスの中を汗が伝うのを感じていた。
神の前では魔力も身分も関係ないただの1人の民だ。


「私フリードリヒは、隣のクロエを愛し、家族となり、永遠に愛と関心を注ぎ、夫としての責務を果たす事を誓います。この時を迎えるまで、弱き心で現実を見ず、彼女を傷つけたことをお赦しください。恵みに満ちたクロエへの祝福と、私の罪のために、今この時も、そして死を迎える時も、お祈りください」


祭壇に向けて真剣に祈りを捧げるフリードを、蔑むような感情は湧いては来なかった。
過去を懺悔し、クロエの為の祝福を望む彼を、誰が咎められようか。


「神は悔い改めるものに、どんな罪にも赦しを与える事でしょう。神と参列者の前で、後日再び正式な誓いを行いなさい」


「ありがとうございます」


神父は懺悔をしたフリードの掌に、一滴の聖水を垂らすと、罪を清めた。
神の前で嘘はつけないのだと、身が引き締まる思いだった。



「私の親愛する天の父よ。私クロエは、ミカエルの導きの元、この場へやって来ました。神の御加護による幸せに感謝申し上げます。ここに来るまで、私も、そしてフリードリヒも沢山の間違った選択をしてきました。更にそれは、お互いを傷付けるだけでは終わらず、自らの近くに沢山の不幸を産んだ事でしょう。私たちの結婚は誰かの傷の上にあり、罪なるものです」


「ク…ロエ…」


不安そうな声が漏れたのが聞こえたが、祈りを妨げる事は許されてはいない。
立会人であるサリーも息を飲んだのも微かに耳に届いていた。


「領民のために存在する私と、国民のために存在していた王子です。彼が私への加護を望むなら、私は全ての人への祝福を望みます。そして、ここに確かに愛があるのならば、私たちには証人となってくれた友からの祝福があります。今は罪深い私たちの結婚への祝福を願えはしませんが、私たちが大切にして、そして傷付けもした全ての人々への祝福を」


「神は必要なものを既に知っておられます。求める者には与えられるのです」


神父はクロエの手を取り、水を垂らし経典を閉じると、頭を下げたクロエとフリードの頭へ両手を置いた。


「フリードリヒとクロエは夫婦となった。お互いに真心を尽くし、思いやりなさい。立会人サリーよ、誓約前でもこれは神に許された結婚である。誓約までのただ1人の立会人として勤めを果たしなさい」


「神に誓って」


こうして、私たちの静かな結婚が認められた。
結婚したら全てが変わる。そんな風に思っていたが、呆気ないものだった。
私たちの関係は書類上夫婦となったが、キラキラしたものだけではないのが結婚だ。
神の前で永遠の愛を誓っても、愛人や愛妾を囲う現実が消えるわけもない。


「フリード、浮気なんてしたら燃やし尽くすわよ」


「僕の唯一の愛は奥さんだけのものだよ」


「私の感動を早々に奪っていかないで…」


教会を出るなりクロエは現実に戻って来たようだった。


「あなたは私への祝福を願ったけど、私への祝福は祈っていないわ。私たちが心から神へ祝福を願えるような関係になれる日がくるといいわね」


フリードは悪戯に成功したように笑うクロエの笑顔が眩しく見えた。
久しぶりに見た、吹っ切れたように自然に笑うクロエに、心は奪われてばかりだった。
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