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engagement

お茶請けのいちご

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朝から辺境の地からの移動で気怠さを感じるのも毎日のこと。
そろそろ王都の屋敷から通うのもいいかもしれない。
普段なら自分の家が心地良すぎて考えもしないのにこれは相当に追い詰められている。



「おはようクロエ。今日もいい天気だね」



「おはようフリード。そうね、私の心とは真逆の神々しいあ…さ…じゃないわよ。昨日までのイシュトハン伯爵令嬢と呼んでた控えめな貴方はどこへ行ってしまったのかしら?」



毎朝移動後に休む学園内の中庭のサロンの一歩手前で気安く声をかけられ、つい普通に答えてしまった。
この国の第二王子なのだから問題はないのだが、当たり前に答えてしまった自分の反射神経が怖い。
警戒心の欠片くらい持ち歩くべきだった。




「もう婚約するんだし名前で呼んでもいいかなって。クロエだって昨日、昔みたいにフリードって呼んだでしょう?」




憎いほどさらっさらの金髪を靡かせて、キラッキラした蜂蜜みたいな瞳で見つめられてもトキメキなんかしない。絶対にしない。



「婚約?私は昨日断った様な気が致しますわ。フリードリヒ殿下、記憶喪失なら保健室へ行った方が宜しいですわ。ではごきげんよう」



「クロエ、これは王命だよ?ヒューベルトから聞いたでしょう?もう観念して僕と婚約しなくちゃダメだよ」




観念も何も、口説かれたことなんて一切ないのに、苦労して婚約までこぎつけたみたいな言い方はやめて欲しい。
それに気軽に肩に手を置くのも本当にやめてほしい。




学園で話しかけてきても、街のケーキ屋のアップルパイが美味しいらしいとか、新しくアクセサリーショップが出来たとか、世界の絵画の展覧会に行こうとかそんなくだらない…ん?待てよ?これデートに誘われてたのか?いや…行こうと言われたのは展覧会くらいな気がする。
遠回しに断って行かなかったが…何故か罪悪感が芽生えてきた。いいや騙されてはいけない。わたしをデートに誘うなんてことがあるはずがない。


あれはただの雑談だった。そうに違いない。




「殿下は婚約者候補の方がいるでしょう。わたしと婚約している場合ではないのでは?さっさと結婚してくださいませ」



サロンの席についても何故かフリードも向かいの席に座り、当たり前のようにサロン付きの侍女に2人分の紅茶を頼んでいる。
これは「ごきげんよう」と言った段階で2階のサロンにでも移動するべきだった。
逃げ遅れた事に気付いたクロエは項垂れる様に肩を落とした。



「僕の婚約者候補はクロエでしょ!早く婚約発表して僕の婚約者だよっていい回りたいな」



「はぁ…殿下…私のことは興味がなかったのでは?婚約者候補から私を外したのは殿下でしょう。今更どうして婚約だなんて思い至ったのです?今の婚約者候補に不都合があったんですか?」



侍女が紅茶とお茶請けを用意してテーブルに置く。
お茶請けが苺なのは、毎日ここに来るクロエが好きだから侍女が用意してくれるようになったからだ。
熱い紅茶を飲んだ後に苺を含むと幸せが溢れ出てしまいそうで、1日の始まりにゆっくりと味わえるこの時間をクロエは大切にしていた。



なのに、今日は何故かフリードがいる。
幸せが半分逃げてしまったのではないかと思うほど悲しみが湧いてきていた。


「クロエは苺が好きだったんだね。知らなかったよ」


「そうですね、お菓子などに使われるいちごやジャムは好まないのですが、紅茶と一緒にそのまま食べる苺はどの紅茶とも相性がいいので好きですわ」



ここに殿下がいなければもっともっと美味しく感じられるのに。とは言わないでおいた。流石に言い過ぎかなと思ったクロエの良心は、優しさをまだ忘れていなかった様だ。


「こうやって君の好みを知れて僕は嬉しいよ」



「フリードリヒ殿下、どうして婚約なんて事になったのか、まだ聞いておりませんが?」


ぶるっと背筋が震えて身体が拒否反応を起こした事で、流されそうになった質問を思い出すことが出来た。
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