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ータイ王国・バンコクー 

 熱帯雨林気候で、1年を通じて日本の夏のような天気が続く常夏の国。首都バンコクでは、近代ビルと厳かな寺院が混在しながらも、古今の文化と歴史が違和感なく融合し、来訪者の心の奥深くまでをも魅了する。 

 

 カラカラン。チャオプラヤー川沿いの寺院が多く点在するエリアに建てられた、近代的なおしゃれカフェのドアベルが、長身で容姿の整った青年の来店を知らせた。 
『いらっしゃい、ライズ。今朝もいつものでいいか?』 
『ああ、頼むよ』 
 このカフェに通い始めて2年。観光客の到着時間に合わせて早朝からOPENしているここは、仕事前の忙しない時間をゆったりと過ごすには最適で、ライズにとって毎朝のルーティンとなっている。 
 ダーオルング・シリラック。27歳。ニックネームはライズ。容姿端麗で小さい頃から何事もそつなくこなし、大人からの信頼も厚く後輩からは目標とされる人物だ。大学で建築学部を専攻し、在学中に世界的賞を受賞するなど華々しい経歴を持っており、現在は建築家としてキャリアを積んでいる。 
『おまたせ。ゆっくりしていって』 
『ありがとう。』 
 いつもの場所に座るライズの前に、淹れ立てのコーヒーを置いたこの店の店主であるレインが、一声かけ笑顔で去っていく。レインはライズの大学からの友人で、ライズと同じく長身で目を引く容姿なため、2人が連れ立って歩いていると左右にギャラリーの壁ができる程だった。ライズと同じく建築学部だったが、2年前にカフェをオープンし、イケメンオーナーのいる店として一気に人気店となっている。 
 レインを見送ってから、ライズはゆっくりとカップを持ち上げた。まずは香りを楽しんでから口に運ぶ。そんなお気に入りの時間を過ごしているときでさえ、彼が笑顔になることは決してない。 

 ゆっくりとコーヒーを飲みこみ、カップをソーサーへ戻す。その自然で優雅にさえ見える所作に目を引かれる者も多くいる中、誰の視線をも気にすることなく、ゆったりと自分なりの時間を過ごす。 


 小一時間程滞在し、カフェを後にする。そろそろ出勤する時間だ。 
『今日も熱くなりそうだな』 
 立ち止まって、空を見上げながら一言こぼす。そんなライズの頬を撫でるように、湿度を帯びた風が吹き抜けた。 
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