上 下
9 / 29

8話 心のかけらたち1

しおりを挟む
 氷のようなレヴィの対応にエリンは心を痛める。
 心の中ではエリンを求めていてくれるのにどうしていつもあんな風にしか振る舞えないのか。
 エリンは、大嫌いだった婚約者の心を知った。
 自分を想ってくれているレヴィの心の内を知り、エリンの心に少しずつ響き、沁み込んでいく。
 エリンの気持ちは揺れていた。

 自分のことを好きでいてくれた男性ひと
 どうして自分のことを好きになってくれたのだろう。
(知りたい、レヴィ様のほんとうの心を……)
 婚約破棄は、真実を知ってからでもいいのかもしれない。

 エリンは、ダグラス邸の客間から花水木の白い花弁が散るのを眺めていた。
 東の大陸の小国では花が散るのを惜しんで歌を詠むのだと聞いた。
 儚い花のように自分の母は生きて、死んだ。
 もう自分の家族や師を失いたくない。
 
「レヴィ様はどこに行ったの?」
 世話をするようにあてがわれた侍女がエリンの質問におろおろする。
(行き先を伝えるなと命じられたのね……)
 エリンはため息をひとつ吐いた。

 エリンの態度に自分が失礼なことをしたかと思った侍女が青ざめる。
「レヴィ様がいまどこにいるか教えてくれる? 自分で行くから」
 水の魔法院に属する魔法使いの証である水色のマントを肩にかける。このマントは、今やエリンにとって必要不可欠なもの。あの息苦しい家から救ってくれた水の精霊の愛し子としての認定されたこと。それが自分の心を救ってくれたのだ。水の魔法院の師や仲間は自分を『外れのエリン』と影で呼んだりしなかった。

 スミス家と縁が切れた筈のエリンを縛り付けたのはレヴィとの婚約のみ。
 縁を切ろうと何度も父親に直談判した。
 父親はいつも不思議そうにエリンを見るのだ。
「エリンは、昔レヴィ君と仲が良かったじゃないか」
 と謎の言葉を残したのだ。

(お父様、仕事のし過ぎで呆けたのかしら?)
 エリンは首を傾げた。十二歳の時にレヴィと婚約者と決められるまで彼と会ったことはない。昔からの幼馴染であれば、もう少しあの塩対応な態度も和らぐのかと考えて、そんなことはないと首を振る。

 客間のドアノブを回して部屋を出ようとした瞬間、レヴィの母親、アリスの侍女が先に部屋を開けた。
「エリン様、アリス様がお呼びです」
 エリンはアリスの待つパーラーへと案内される。ダグラス邸のパーラーで南西向きの日当たりのいいダグラス家の女主人アリスのお気に入りの人間だけが入ることを許された空間。天井からつるされたシャンデリアに淡いブルーの壁紙。カーテンは女性向きの花柄の模様。ソファもカーテンと同じ柄の洒落た花柄だ。オーク素材の棚のガラス戸から高価な皿などが覗く。

 アリス=ダグラスは、レヴィを産んだと思えないくらい若く見える。純金の長い髪をまとめて、瞳から覗くのは淡い水色の瞳。ほっそりとしたその肢体は淡いクリーム色のドレスを身に纏っていた。かつての社交界でたくさんの男性から称賛された美貌。セレナが気の強い炎のような美貌ならアリスは薔薇を思わせる華やかな美貌だ。

(ほんと、綺麗……)
 パーラーに案内されてパーラーメイドが運んできた紅茶をエリンは口にしながらアリスを盗み見た。大輪の薔薇を連想させる美しさに感嘆する。

「ところでエリン。レヴィとは最近どう?」
 エリンは、いきなり本題に入られてお茶を噴き出そうになった。
 だが、必死に堪える。
「え……えーと、相変わらず塩対応です」
 エリンの母親、ソフィアとは生前アリスは親しかったのだ。そういう過去の経緯もあり、アリスはエリンを気に入っていた十二歳の頃よりダグラス家の中で唯一、自分へ親切なアリスにエリンは心を開いていた。

「あ~。あの馬鹿息子」
 アリスは普段の上品な顔はどこへやら、エリンの前でちっと舌打ちする。
「あのアリスおば様?」
 はっとアリスは我に返り、扇を手にすると口許を隠して微笑む。

「……」
 どう取り繕っても先程息子を毒づいた台詞がエリンの脳裏をかすめる。お気に入りの未来の義理の娘が自分をジト目で見ているのを悟った、アリスはほほほと誤魔化すように声を出す。
「ところでね、エリン。今週末ダグラス邸で夜会を開くのよ」
「あ、はい」
 弾かれたように顔を上げた将来の義理の娘にアリスはとっておきの猫なで声を出す。
 そして、この声を聞いた時、かつて酷い目に合ったエリンは引き攣った顔をした。

「それでね、あなたにはレヴィのパートナーとして出席してもらうわ。ね、お願い」
 小首を傾げた仕草すら美しく見える。薔薇を思わせるアリスの微笑が悪魔に見えた瞬間だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい

なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。 ※誤字脱字等ご了承ください

処理中です...