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8話 心のかけらたち1
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氷のようなレヴィの対応にエリンは心を痛める。
心の中ではエリンを求めていてくれるのにどうしていつもあんな風にしか振る舞えないのか。
エリンは、大嫌いだった婚約者の心を知った。
自分を想ってくれているレヴィの心の内を知り、エリンの心に少しずつ響き、沁み込んでいく。
エリンの気持ちは揺れていた。
自分のことを好きでいてくれた男性。
どうして自分のことを好きになってくれたのだろう。
(知りたい、レヴィ様のほんとうの心を……)
婚約破棄は、真実を知ってからでもいいのかもしれない。
エリンは、ダグラス邸の客間から花水木の白い花弁が散るのを眺めていた。
東の大陸の小国では花が散るのを惜しんで歌を詠むのだと聞いた。
儚い花のように自分の母は生きて、死んだ。
もう自分の家族や師を失いたくない。
「レヴィ様はどこに行ったの?」
世話をするようにあてがわれた侍女がエリンの質問におろおろする。
(行き先を伝えるなと命じられたのね……)
エリンはため息をひとつ吐いた。
エリンの態度に自分が失礼なことをしたかと思った侍女が青ざめる。
「レヴィ様がいまどこにいるか教えてくれる? 自分で行くから」
水の魔法院に属する魔法使いの証である水色のマントを肩にかける。このマントは、今やエリンにとって必要不可欠なもの。あの息苦しい家から救ってくれた水の精霊の愛し子としての認定されたこと。それが自分の心を救ってくれたのだ。水の魔法院の師や仲間は自分を『外れのエリン』と影で呼んだりしなかった。
スミス家と縁が切れた筈のエリンを縛り付けたのはレヴィとの婚約のみ。
縁を切ろうと何度も父親に直談判した。
父親はいつも不思議そうにエリンを見るのだ。
「エリンは、昔レヴィ君と仲が良かったじゃないか」
と謎の言葉を残したのだ。
(お父様、仕事のし過ぎで呆けたのかしら?)
エリンは首を傾げた。十二歳の時にレヴィと婚約者と決められるまで彼と会ったことはない。昔からの幼馴染であれば、もう少しあの塩対応な態度も和らぐのかと考えて、そんなことはないと首を振る。
客間のドアノブを回して部屋を出ようとした瞬間、レヴィの母親、アリスの侍女が先に部屋を開けた。
「エリン様、アリス様がお呼びです」
エリンはアリスの待つパーラーへと案内される。ダグラス邸のパーラーで南西向きの日当たりのいいダグラス家の女主人アリスのお気に入りの人間だけが入ることを許された空間。天井からつるされたシャンデリアに淡いブルーの壁紙。カーテンは女性向きの花柄の模様。ソファもカーテンと同じ柄の洒落た花柄だ。オーク素材の棚のガラス戸から高価な皿などが覗く。
アリス=ダグラスは、レヴィを産んだと思えないくらい若く見える。純金の長い髪をまとめて、瞳から覗くのは淡い水色の瞳。ほっそりとしたその肢体は淡いクリーム色のドレスを身に纏っていた。かつての社交界でたくさんの男性から称賛された美貌。セレナが気の強い炎のような美貌ならアリスは薔薇を思わせる華やかな美貌だ。
(ほんと、綺麗……)
パーラーに案内されてパーラーメイドが運んできた紅茶をエリンは口にしながらアリスを盗み見た。大輪の薔薇を連想させる美しさに感嘆する。
「ところでエリン。レヴィとは最近どう?」
エリンは、いきなり本題に入られてお茶を噴き出そうになった。
だが、必死に堪える。
「え……えーと、相変わらず塩対応です」
エリンの母親、ソフィアとは生前アリスは親しかったのだ。そういう過去の経緯もあり、アリスはエリンを気に入っていた十二歳の頃よりダグラス家の中で唯一、自分へ親切なアリスにエリンは心を開いていた。
「あ~。あの馬鹿息子」
アリスは普段の上品な顔はどこへやら、エリンの前でちっと舌打ちする。
「あのアリスおば様?」
はっとアリスは我に返り、扇を手にすると口許を隠して微笑む。
「……」
どう取り繕っても先程息子を毒づいた台詞がエリンの脳裏をかすめる。お気に入りの未来の義理の娘が自分をジト目で見ているのを悟った、アリスはほほほと誤魔化すように声を出す。
「ところでね、エリン。今週末ダグラス邸で夜会を開くのよ」
「あ、はい」
弾かれたように顔を上げた将来の義理の娘にアリスはとっておきの猫なで声を出す。
そして、この声を聞いた時、かつて酷い目に合ったエリンは引き攣った顔をした。
「それでね、あなたにはレヴィのパートナーとして出席してもらうわ。ね、お願い」
小首を傾げた仕草すら美しく見える。薔薇を思わせるアリスの微笑が悪魔に見えた瞬間だった。
心の中ではエリンを求めていてくれるのにどうしていつもあんな風にしか振る舞えないのか。
エリンは、大嫌いだった婚約者の心を知った。
自分を想ってくれているレヴィの心の内を知り、エリンの心に少しずつ響き、沁み込んでいく。
エリンの気持ちは揺れていた。
自分のことを好きでいてくれた男性。
どうして自分のことを好きになってくれたのだろう。
(知りたい、レヴィ様のほんとうの心を……)
婚約破棄は、真実を知ってからでもいいのかもしれない。
エリンは、ダグラス邸の客間から花水木の白い花弁が散るのを眺めていた。
東の大陸の小国では花が散るのを惜しんで歌を詠むのだと聞いた。
儚い花のように自分の母は生きて、死んだ。
もう自分の家族や師を失いたくない。
「レヴィ様はどこに行ったの?」
世話をするようにあてがわれた侍女がエリンの質問におろおろする。
(行き先を伝えるなと命じられたのね……)
エリンはため息をひとつ吐いた。
エリンの態度に自分が失礼なことをしたかと思った侍女が青ざめる。
「レヴィ様がいまどこにいるか教えてくれる? 自分で行くから」
水の魔法院に属する魔法使いの証である水色のマントを肩にかける。このマントは、今やエリンにとって必要不可欠なもの。あの息苦しい家から救ってくれた水の精霊の愛し子としての認定されたこと。それが自分の心を救ってくれたのだ。水の魔法院の師や仲間は自分を『外れのエリン』と影で呼んだりしなかった。
スミス家と縁が切れた筈のエリンを縛り付けたのはレヴィとの婚約のみ。
縁を切ろうと何度も父親に直談判した。
父親はいつも不思議そうにエリンを見るのだ。
「エリンは、昔レヴィ君と仲が良かったじゃないか」
と謎の言葉を残したのだ。
(お父様、仕事のし過ぎで呆けたのかしら?)
エリンは首を傾げた。十二歳の時にレヴィと婚約者と決められるまで彼と会ったことはない。昔からの幼馴染であれば、もう少しあの塩対応な態度も和らぐのかと考えて、そんなことはないと首を振る。
客間のドアノブを回して部屋を出ようとした瞬間、レヴィの母親、アリスの侍女が先に部屋を開けた。
「エリン様、アリス様がお呼びです」
エリンはアリスの待つパーラーへと案内される。ダグラス邸のパーラーで南西向きの日当たりのいいダグラス家の女主人アリスのお気に入りの人間だけが入ることを許された空間。天井からつるされたシャンデリアに淡いブルーの壁紙。カーテンは女性向きの花柄の模様。ソファもカーテンと同じ柄の洒落た花柄だ。オーク素材の棚のガラス戸から高価な皿などが覗く。
アリス=ダグラスは、レヴィを産んだと思えないくらい若く見える。純金の長い髪をまとめて、瞳から覗くのは淡い水色の瞳。ほっそりとしたその肢体は淡いクリーム色のドレスを身に纏っていた。かつての社交界でたくさんの男性から称賛された美貌。セレナが気の強い炎のような美貌ならアリスは薔薇を思わせる華やかな美貌だ。
(ほんと、綺麗……)
パーラーに案内されてパーラーメイドが運んできた紅茶をエリンは口にしながらアリスを盗み見た。大輪の薔薇を連想させる美しさに感嘆する。
「ところでエリン。レヴィとは最近どう?」
エリンは、いきなり本題に入られてお茶を噴き出そうになった。
だが、必死に堪える。
「え……えーと、相変わらず塩対応です」
エリンの母親、ソフィアとは生前アリスは親しかったのだ。そういう過去の経緯もあり、アリスはエリンを気に入っていた十二歳の頃よりダグラス家の中で唯一、自分へ親切なアリスにエリンは心を開いていた。
「あ~。あの馬鹿息子」
アリスは普段の上品な顔はどこへやら、エリンの前でちっと舌打ちする。
「あのアリスおば様?」
はっとアリスは我に返り、扇を手にすると口許を隠して微笑む。
「……」
どう取り繕っても先程息子を毒づいた台詞がエリンの脳裏をかすめる。お気に入りの未来の義理の娘が自分をジト目で見ているのを悟った、アリスはほほほと誤魔化すように声を出す。
「ところでね、エリン。今週末ダグラス邸で夜会を開くのよ」
「あ、はい」
弾かれたように顔を上げた将来の義理の娘にアリスはとっておきの猫なで声を出す。
そして、この声を聞いた時、かつて酷い目に合ったエリンは引き攣った顔をした。
「それでね、あなたにはレヴィのパートナーとして出席してもらうわ。ね、お願い」
小首を傾げた仕草すら美しく見える。薔薇を思わせるアリスの微笑が悪魔に見えた瞬間だった。
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