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28話 出逢い2
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ヒカルは、リチャードが執務の時間を狙ってアリッサがいる薔薇の庭園に通いつめていた。愛しているのに愛して貰えないリチャードとの不毛な関係に疲れ果てていたヒカルにとって、アリッサの存在は唯一の癒しだった。
今日もアリッサの少女時代の話で、二人で盛り上がっていた。冷たい美貌なのに柔らかなアリッサにヒカルは、魅了されていた。ヒカルはふと思いついた。あの気難しい叔父との出逢いを聞いてみたいと。
「ねえ、アリッサおばさま」
ヒカルの問いかけにアリッサは首を傾げる。そんな所作ひとつ取っても彼女は、洗練されているのだ。ヒカルは、同じ女性に顔を赤らめる自分がおかしいと思う。
「ヒカル、なあに?」
「おじさまとの出逢いを聞きたいわ」
それまでにこやかに話していたアリッサは、急に眉をひそめた。
「アリッサおばさま?」
ヒカルは、黙り込んだアリッサを不思議に思った。
ヒカルの呼びかけにアリッサは、はっと我に返り微笑む。
「ルカとの出逢い? 嫌だわ。恥ずかしいから内緒よ」
アリッサは、軽やかな鈴の音を思わせる声音で笑う。
「え~。おじさまは、私のことをいつもからかって遊ぶからやりかえそうと思ったのに」
ヒカルが、頬を膨らませるとアリッサは更に声をあげて笑う。
この柔らかい空間が永遠に続けばいいのにとヒカルは眩しく感じて、そしてふっと現実に返る。リチャードに閉じ込められ、誰とも話せないあの空間に帰りたくない。そう思うと、ヒカルの青の双眸から涙が零れた。
「ヒカル、どうしたの?」
さっきまで穏やかに話していたヒカルが急に泣き始めた。アリッサは、落ち着いた風情でヒカルの手に自分の手をそっと重ねる。重ねられた手から伝わる温もりにヒカルはほっとして、更に泣きじゃくる。
アリッサは、長いこと嗚咽するヒカルの手を握りしめていた。ヒカルは、家族との関係に思い惑っていた。愛しても顧みられないリチャードと会うこともままならないライアンと。
子どものように涙に咽んだ後、ヒカルはぽつりと言葉を零した。
「疲れたの……」
アリッサは、唯ヒカルが次の言葉を紡ぐのを静かに待っていた。
「疲れちゃった……」
「何に?」
「王妃として振る舞うのも、唯ウィル王の訪れを待つのも疲れちゃった……。私、王妃には向いてないの」
くすくすとアリッサが笑う。
「まあ。ヒカルが向いてないならわたくしなんてもっと王妃に向いてなかったわ」
思わぬアリッサの科白にヒカルは、顔を上げる。
「はあ? ウィル王に仕える四王家の王女だったアリッサおばさまが? 半分天使の私ならともかくとして」
ふふっとアリッサが声を出して微笑んだ。
「あらヒカルは、ウィル旧王家の血筋と天空界の光の王家の血を引いていて、天空界の王家の金色の髪を持っているでしょう? それに素直で飲み込みを早いし、度胸もあるわ。もっと自信を持っていいのよ」
アリッサは、ヒカルを励ますようにヒカルの手をぎゅっと両手で握りしめた。
「……でも私は天使だわ。純粋なウィル神族ではないわ」
「そうかしら? 確かにヒカルを天使だと見る人もいるわ。だけど、2つの世界の王家の血を引いている新しい象徴として見る人もいるのよ」
アリッサの指摘にヒカルは、驚嘆して目を瞬かせた。
「あなたの存在を否定する人もいるわ。反対に肯定する人もいるのよ。もっと自分に心を寄せてくれる人たちを信じて」
アリッサのヒカルを勇気づける言葉は、ヒカルの心にゆっくりと沁みた。こくんとヒカルは、首を頷かせる。
「泣いて少しは気が晴れたかしら? 胸に詰まっているものは吐き出さなくちゃ」
ヒカルを思いやるアリッサの優しい台詞にヒカルは、青の瞳を潤ませた。自分を思いやってくれる他人の存在が嬉しくて仕方がない。
「うん……。アリッサおばさま。ありがとう……」
涙が溢れて、アリッサの姿が見えない。ただ、アリッサが手を握りしめてくれるのがわかり、ヒカルの胸が熱くなる。
だからつい本音を零してしまった。
「私、私ね、二回リチャードさんから逃げたの。一回目は恋人になった時に、二度目はライアンを妊娠した時に。リチャードさんは、私を好きでいてくれたのに信用できなかった。怖かったの……。だってあの人は、昔の私を嫌いだったから」
過去に自分の姿かたちがウィル神族で悪役令嬢として性格が悪かった頃は嫌われていた。天空族として目覚めて別人のような姿となり、優しい人たちに囲まれて過去の自分が犯した罪を悔いて性格の変わったヒカルにリチャードは惹かれた。
だが。
ヒカルは、リチャードに婚約破棄をされて自分を否定された過去の出来事から彼を心から信用できなかったのだ。
なのにヒカルが彼に迷惑だと告げて、逃げて逃げてもリチャードは追ってくる。
自分が、悪役令嬢と呼ばれた彼の過去の婚約者のオーレリーだと告げればまたヒカルを否定するのだ。
自分の存在を否定されるのが怖かったのだ。
ヒカルは、過去に想いを馳せてはっと気が付く。
(私は、逃げて逃げてそしてライアンを妊娠した時にリチャードさんに会いに行って、会って貰えなかった。その時やっぱりと思ったわ。でもリチャードさんは四年間もライアンの存在を知らされていなかったと怒っていた。でも本当は違うのかもしれない……。私がリチャードさんを信じ切れてなかっただけ)
ヒカルはリチャードに否定されるのが怖くて、天空界に何度も逃げた。ヒカルが、オーレリーだと知った時も追って来てくれたのに。
ライアンを妊娠して身を隠して居場所が明らかになった時も、リチャードはヒカルに会いにきてくれた。
妊娠した時、何とか会おうとして義理の祖父でシルフィード国の大統領の身内として面会を求めたが、門前払いを受けた。
それがリチャードの意志だと思った。
(でも、リチャードさんは知らなかったのかもしれない……)
リチャードの行動にヒカルは、気付く。何故リチャードにあんなに執着されていたのかを。
リチャードは、まだ自分のことを好きなのかもしれない。
そうでなければ、何度も身体を求めたり閉じ込めたりしない。
何で自分は気付かなかったのだ、自分こそがリチャードを追い詰めて傷つけた張本人だったのだ。
「ヒカル……?」
ヒカルが黙り込んだので心配そうにアリッサがヒカルの名を呼ぶが、ヒカルには聞こえていない。
(リチャードさんは、まだ私のことを好きなのかもしれない……)
リチャードの言動と行動がヒカルの中で、かちりと一致する。
「私、リチャードさんに会わないと……」
ヒカルは、立ち上がる。
今日もアリッサの少女時代の話で、二人で盛り上がっていた。冷たい美貌なのに柔らかなアリッサにヒカルは、魅了されていた。ヒカルはふと思いついた。あの気難しい叔父との出逢いを聞いてみたいと。
「ねえ、アリッサおばさま」
ヒカルの問いかけにアリッサは首を傾げる。そんな所作ひとつ取っても彼女は、洗練されているのだ。ヒカルは、同じ女性に顔を赤らめる自分がおかしいと思う。
「ヒカル、なあに?」
「おじさまとの出逢いを聞きたいわ」
それまでにこやかに話していたアリッサは、急に眉をひそめた。
「アリッサおばさま?」
ヒカルは、黙り込んだアリッサを不思議に思った。
ヒカルの呼びかけにアリッサは、はっと我に返り微笑む。
「ルカとの出逢い? 嫌だわ。恥ずかしいから内緒よ」
アリッサは、軽やかな鈴の音を思わせる声音で笑う。
「え~。おじさまは、私のことをいつもからかって遊ぶからやりかえそうと思ったのに」
ヒカルが、頬を膨らませるとアリッサは更に声をあげて笑う。
この柔らかい空間が永遠に続けばいいのにとヒカルは眩しく感じて、そしてふっと現実に返る。リチャードに閉じ込められ、誰とも話せないあの空間に帰りたくない。そう思うと、ヒカルの青の双眸から涙が零れた。
「ヒカル、どうしたの?」
さっきまで穏やかに話していたヒカルが急に泣き始めた。アリッサは、落ち着いた風情でヒカルの手に自分の手をそっと重ねる。重ねられた手から伝わる温もりにヒカルはほっとして、更に泣きじゃくる。
アリッサは、長いこと嗚咽するヒカルの手を握りしめていた。ヒカルは、家族との関係に思い惑っていた。愛しても顧みられないリチャードと会うこともままならないライアンと。
子どものように涙に咽んだ後、ヒカルはぽつりと言葉を零した。
「疲れたの……」
アリッサは、唯ヒカルが次の言葉を紡ぐのを静かに待っていた。
「疲れちゃった……」
「何に?」
「王妃として振る舞うのも、唯ウィル王の訪れを待つのも疲れちゃった……。私、王妃には向いてないの」
くすくすとアリッサが笑う。
「まあ。ヒカルが向いてないならわたくしなんてもっと王妃に向いてなかったわ」
思わぬアリッサの科白にヒカルは、顔を上げる。
「はあ? ウィル王に仕える四王家の王女だったアリッサおばさまが? 半分天使の私ならともかくとして」
ふふっとアリッサが声を出して微笑んだ。
「あらヒカルは、ウィル旧王家の血筋と天空界の光の王家の血を引いていて、天空界の王家の金色の髪を持っているでしょう? それに素直で飲み込みを早いし、度胸もあるわ。もっと自信を持っていいのよ」
アリッサは、ヒカルを励ますようにヒカルの手をぎゅっと両手で握りしめた。
「……でも私は天使だわ。純粋なウィル神族ではないわ」
「そうかしら? 確かにヒカルを天使だと見る人もいるわ。だけど、2つの世界の王家の血を引いている新しい象徴として見る人もいるのよ」
アリッサの指摘にヒカルは、驚嘆して目を瞬かせた。
「あなたの存在を否定する人もいるわ。反対に肯定する人もいるのよ。もっと自分に心を寄せてくれる人たちを信じて」
アリッサのヒカルを勇気づける言葉は、ヒカルの心にゆっくりと沁みた。こくんとヒカルは、首を頷かせる。
「泣いて少しは気が晴れたかしら? 胸に詰まっているものは吐き出さなくちゃ」
ヒカルを思いやるアリッサの優しい台詞にヒカルは、青の瞳を潤ませた。自分を思いやってくれる他人の存在が嬉しくて仕方がない。
「うん……。アリッサおばさま。ありがとう……」
涙が溢れて、アリッサの姿が見えない。ただ、アリッサが手を握りしめてくれるのがわかり、ヒカルの胸が熱くなる。
だからつい本音を零してしまった。
「私、私ね、二回リチャードさんから逃げたの。一回目は恋人になった時に、二度目はライアンを妊娠した時に。リチャードさんは、私を好きでいてくれたのに信用できなかった。怖かったの……。だってあの人は、昔の私を嫌いだったから」
過去に自分の姿かたちがウィル神族で悪役令嬢として性格が悪かった頃は嫌われていた。天空族として目覚めて別人のような姿となり、優しい人たちに囲まれて過去の自分が犯した罪を悔いて性格の変わったヒカルにリチャードは惹かれた。
だが。
ヒカルは、リチャードに婚約破棄をされて自分を否定された過去の出来事から彼を心から信用できなかったのだ。
なのにヒカルが彼に迷惑だと告げて、逃げて逃げてもリチャードは追ってくる。
自分が、悪役令嬢と呼ばれた彼の過去の婚約者のオーレリーだと告げればまたヒカルを否定するのだ。
自分の存在を否定されるのが怖かったのだ。
ヒカルは、過去に想いを馳せてはっと気が付く。
(私は、逃げて逃げてそしてライアンを妊娠した時にリチャードさんに会いに行って、会って貰えなかった。その時やっぱりと思ったわ。でもリチャードさんは四年間もライアンの存在を知らされていなかったと怒っていた。でも本当は違うのかもしれない……。私がリチャードさんを信じ切れてなかっただけ)
ヒカルはリチャードに否定されるのが怖くて、天空界に何度も逃げた。ヒカルが、オーレリーだと知った時も追って来てくれたのに。
ライアンを妊娠して身を隠して居場所が明らかになった時も、リチャードはヒカルに会いにきてくれた。
妊娠した時、何とか会おうとして義理の祖父でシルフィード国の大統領の身内として面会を求めたが、門前払いを受けた。
それがリチャードの意志だと思った。
(でも、リチャードさんは知らなかったのかもしれない……)
リチャードの行動にヒカルは、気付く。何故リチャードにあんなに執着されていたのかを。
リチャードは、まだ自分のことを好きなのかもしれない。
そうでなければ、何度も身体を求めたり閉じ込めたりしない。
何で自分は気付かなかったのだ、自分こそがリチャードを追い詰めて傷つけた張本人だったのだ。
「ヒカル……?」
ヒカルが黙り込んだので心配そうにアリッサがヒカルの名を呼ぶが、ヒカルには聞こえていない。
(リチャードさんは、まだ私のことを好きなのかもしれない……)
リチャードの言動と行動がヒカルの中で、かちりと一致する。
「私、リチャードさんに会わないと……」
ヒカルは、立ち上がる。
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