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12話 現実と嘘1

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 陽射しが自分の視界に入ってきてヒカルは目覚める。同じベッドに小さなライアンが居ない。
 いつもならヒカルと一緒に寝ているのに。

「ん……。ライアン?」
 ぼーっとした頭でライアンの名を呼ぶが、元気な自分の名を連呼する声が返ってこない。ヒカルは身体を起こして、頭を振る。何故か身体の節々が痛い。はっとヒカルは覚醒する。昨日、自分はリチャードに抱かれた。自分が寝ているのは、ウィル城のリチャードの居室の天蓋付きの寝台だ。身体を見ると、所々に赤い痕がついている。リチャードにつけられたのだ。身体は清められて、寝間着に着替えさせられている。ヒカルは昨晩のことを思い出して、顔を赤らめる。それにしてもリチャードの居室は広い。天井に青を基調とした装飾が施されて、所々に天使の絵が描かれている。豪奢なシャンデリアが天井からぶら下がり、暖炉がある。他にも家具があるが、リチャードらしく簡素にまとめられている。だが、ウィル王の部屋らしく豪奢だ。

「今、何時……?」
 随分と眠り込んでいたらしく、時間が分からない。お昼は過ぎている。ヒカルは、こんなに寝たのは久しぶりで動揺する。天空界にいた頃は、仕事と育児と家事に追われていた。自分は、何をしているのか。

「今は昼の13時だ。随分とゆっくりだな」
 背後からリチャードの声がして、ヒカルは弾かれたように声の方向へ振り返る。リチャードは
王としての紺の正装をしている。腕を組んで、ヒカルを冷ややかに眺めている。ヒカルは嫌味を
言われたことに気付き、かちんとする。
「だ、誰のせいよ! 昨日あんなことするからでしょう!」
 ヒカルはかっとなり、思わず口走る。リチャードは、ヒカルの予想外の返答に紫の双眸が僅かに緩められて、感情を感じさせた。
「……そうだな」
 平坦な声音からは何の感情も感じ取れない。昨晩のことで動揺しているのは自分だけじゃないかと。リチャードにとって、自分はたくさん抱いた女性の内の一人に過ぎないのだとヒカルは悔しく思う。

「それで何の用事? 正装をして仕事を抜けてきたんだから大事な用事があるんでしょう?」
 苛立つ気持ちを抑えて、ヒカルはリチャードに質問を投げかける。ヒカルは、社長の秘書をしていただけあって、リチャードの意向を掴むのが早い。リチャードは、ヒカルを凝視した。
「ああ……。何で分かった」
 ヒカルはリチャードに馬鹿にされているのではないが、社会人経験があるのとないのは違うのにとため息を吐いた。
「ライアンを育てるために天空界で働いていたのよ。中堅企業の社長の秘書を三年間していたから仕事の進め方はわかるわよ。それにその恰好はどう見てもウィル王の仕事を抜けてきたんでしょう」
 リチャードは、目を瞬かせた。それは、昔から彼が驚いた時の癖だ。付き合いの長いヒカルは知っていた。

「秘書? 秘書官のようなものか?」
「ほぼ同じね。その企業のトップのサポート役だから王様の秘書官と同じね」
 ヒカルは頷いて、即答する。その口調は仕事をしてきた社会人としての話し方だ。リチャードは、何か考え込んでいる。
「それより、用件は何? 早く言ってよ」
 ヒカルが問いかけると、リチャードはああと首を縦に振った。
「手短に言う。今日議会で婚約を破棄したと発表した」
 ヒカルは目を丸くする。天空界の週刊誌で軽く読んだだけだが、新興勢力の中心である伯爵家の娘と婚約を交わしたと書かれていた。一国、いやウィル神界の王が婚約を破棄など出来るのかとヒカルは息を吞む。
「な、何で……」
 驚愕するヒカルを他所にリチャードは冷静だ。

「天空界でヒカルを正妃にしたいと求婚した筈だが……」
 くくっと笑うリチャードにヒカルは、その零れ落ちそうな青の双眸を見開く。どこかでライアンを引き取るだけの嘘だと思い込んでいた。いや、思い込みたかった。ヒカルは、決意してウィル神界へやってきたがまだ現実の全てを受け止めきれていない。彼女はライアンとの生活が永遠に続くと思っていたのだから。

「側近に昔の恋人との間に紫の王眼を持つ子どもがいて、その子どもを引き取り王子にして、その母親を正妃にすると話した。その母親はウィル神界の旧王家の王弟と天空界の光の王女の間の子どもだともな……」
 ヒカルは、絶句する。それは、ウィル王家のトップシークレットだ。ヒカルは自分の存在を公表されることを拒否して、秘密にすると叔父である前ウィル王に約束させたのだ。

「どうして……。前に言わないって……」
 気が動転して、言葉が出てこない。リチャードは、自分との過去に交わした約束を破ったのだ。ヒカルの存在をウィル神界に秘密にしてとお願いしたら頷いてくれたのに。
「それを君が言うか? 一年後に迎えに行くと約束したが、姿を消した上に俺の子どもを産んでいた君が? 三年間も自分の子どもの存在さえ知らされなかったんだぞ!」
 リチャードはヒカルの言葉にかっとなり、再会して始めて感情的に怒鳴った。ヒカルは、感情的になるリチャードに呆然とする。とっさにごめんなさいと口にしようと唇を開いて、意識的に閉じた。
「あなたに何がわかるの? 私の何が!」
 ヒカルは、気丈にもリチャードに怒鳴り返す。リチャードの紫の王眼とヒカルの青の瞳がぶつかり合う。

 リチャードは、ヒカルの腕を掴んでヒカルを抱き寄せる。ヒカルはいきなり抱き寄せられて、訳が分からない。顎を手で掴まれて強引に口づけられた。驚愕するヒカルは、抵抗も忘れていた。唇をこじ開けられて、リチャードの熱い舌が入り込んでくる。舌が歯列を辿り、口腔を舐め尽くす。全てを奪うような口づけにヒカルは、甘い疼きを感じる。舌を搦められて、吸われる。執拗に幾度も舌を吸われて、ヒカルの下腹部から蜜が湧いてくる。愉悦に襲われて、ヒカルはリチャードの服を掴んだ。唾液が流れ込んできてどちらかの境界さえわからなくなる。

 リチャードの唇が離れた。ヒカルは思考が蕩け切っていて、身体をリチャードの胸に預けている。
「……ん」
 ほうとヒカルは、甘い息を吐く。そして、我に返りリチャードから離れようと抵抗する。リチャードの冷酷な感情を宿した濃い純粋な紫の双眸を睨みつけて、叫ぶ。
「あなたなんて大っ嫌い! 離して!」
 リチャードは、その言葉にかっとなり、ヒカルを寝台に組み敷く。
「やああ!!」
 ヒカルは悲鳴を上げて抵抗するが、男性の力には勝てない。

 数時間後、リチャードが居室から出てくる。宰相のアレックスは、部屋の前で待っていたのだ。
「王! 溜まっている仕事が……」
 リチャードは衣装の襟元を緩めていた。アレックスはまたかと嘆息する。リチャードの女癖の悪さは今に始まったことではない。またどこぞの高位貴族の夫人を居室に連れ込んでいたのかと頭が痛くなる。しかし、リチャードからアレックスがよく知っている柑橘系の香りがして、アレックスは嫌な予感がする。

 その数時間後、アレックスはリチャードが行方不明のヒカルをウィル神界へ連れ帰ったことを知らされる。
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