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7話 元悪役令嬢は元婚約者から結婚を申し込まれる2

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「じゃあ、ヒカル。あなたウィル神聖王国の王宮へ行くのね?」
 コトハから念を押される。かつてウィル神界で16歳までオーレリー=ジャージ侯爵家という高位貴族の端くれの令嬢として育ったヒカルは、リチャードによりウィル神聖王国の社交界からだけでなく、国自体からも追放されていた。彼女はもう片方の血筋である天空族の光の王家筋に引き取られて、ヒカリ=ウェルリース=パッカードとして生き直していたのだ。また、ウィル神聖王国に戻るそれも王家の旧家の血を引く最後の姫としてだけならず、リチャードの正妃としてだ、自分をウィル神界から追放した男の妃だ。

 ヒカルは、困ったような笑いを漏らす。かつて再会した時、ヒカルを別人と信じて天空族の姿だったヒカルに断られても何度も、結婚を申し込んできた。それに絆されたのは、自分だ。でも、今は違う。もうお互いに恋情などない。リチャードは天空界からウィル神界へ戻る時、1年後必ず迎えに来ると約束を二人の間で交わした。

 だけど。
 その一年の間に何の連絡もなく、ヒカルがリチャードの子を妊娠した時、パッカード大統領の身内として面会を求めたが、拒絶されたのだ。今更自分を正妃にして何が得なのだろうかとヒカルは良くわからない。まあ、契約婚と話をして笑っていたから同意してくれたのだろうとヒカルは安堵する。お互いの子どもであるライアンの為だ。ヒカルは住み慣れた天空界を離れる事への不安はあるが、かつて自分はウィル神族として、16年間過ごしていたから大丈夫だろうと高を括っていた。それは、ウィル神界へ行った後、ヒカルは思い知らされる。

 リチャードとこれから話し合って、ライアンとの生活を考えなければいけない。出来ればライアンと一緒に居る時間を取って貰いたい。乳母とかベビーシッターとかは雇い入れて欲しくない。それもリチャードに伝えないととヒカルは、考えて嘆息する。自分は、実の母親であるヒカリと同じように茨の道を行くのかと。ヒカリにはヒカルの実父のアレックスがいたが、ヒカルには誰も居ない。自分一人で道を切り開かなくてはならない。ウィル神族として育てられたが、もうこの身は天空族で、天使の世界の常識が身に染みている。女性でも働ける男女同権の世界から男尊女卑の世界へと帰ってやっていけるのかとヒカルは、不安と恐怖を感じる。でも自分のたった一人の子であるライアンの為だと決意する。

 一度しか使えないライアンの紫の王眼の封印が解かれたのだから。

 ヒカルは、こうと決めたら行動は、早い。応接室の座っていたソファから立ち上がると、応接室のドアノブを回す。
「ヒカル? まだ話は……」
 コトハの問いかけにヒカルは振り返る。
「今日、職場に行ってないんです、正社員だから仕事の引継ぎに一か月は見ないと……。荷物もまとめないといけないし」
 生真面目なヒカルらしく、仕事の引継ぎや引っ越しのことをコトハに畳みかけるように説明する。
「え……。ヒカル」
 コトハが、ヒカルをフォローしようとするが、リチャードが立ち上がり、ヒカルの身体を抱えたのだ。

「ちょっと! 何するのよ! 降ろしてよ!」
 リチャードに抵抗して、ヒカルは身体をジタバタする。ヒカルの華奢な身体はリチャードには軽い。昔彼女を抱いた時と同じ柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。
「待てない」
「は?」
「一か月も待っていたら君たちにまた西の魔王の間の手が及ぶだろう。ヒカルが光の杖の神器使いでも、ライアンの力の加勢があって、やり合えた位だ。奴は強い」
 リチャードの真剣な眼差しにヒカルは、頷くが頬を紅潮させて、必死に叫ぶ。
「……わかったわ。すぐにウィル神界へ行くから降ろして! この体勢死ぬ程恥ずかしいから!」
 リチャードがヒカルに向かって、ふっと優しく微笑する。
「降ろしたくないな……」
 ヒカルは、リチャードのその微笑みが嘘だと見抜いていたが、胸が高鳴る。
「はあ? わかったわよ。でも降ろして」
 心中とは裏腹の冷たい態度で、リチャードに対応する。頬が赤く染まっているので、嘘だと語っているが、ヒカルは冷静な口調で話す。
「顔と口調が伴ってないようだが」
 リチャードの返しにヒカルはほっといてと返したかったが、相手はウィル王だ。ぐっと堪える。
「そりゃあ、こんなお姫様抱っこなんかされたら恥ずかしいに決まってるわ! 降ろして!」
 リチャードは、ヒカルの取り乱しように本当に可笑しくなって、噴き出す。ヒカルは噴き出したリチャードを睨みつける。
「本当に相変わらずわかりやすい……」
「……」
 リチャードがふっと微笑んだ。一瞬、昔のように笑いかけられてヒカルは呆気に取られる。リチャードはそれを見て、はっとしてヒカルを腕から降ろした。

「あ~ら、面白かったのに」
 コトハがにやにやしながら、かつての恋人たちをからかう。二人は、居たたまれなくなり、顔を逸らす。ヒカルは、俯いていたがコトハのからかいに顔を上げた。
「面白がって頂いて嬉しいです」
 ヒカルは、無理矢理笑顔を作る。その強がりが痛々しい。コトハの真意は、ヒカルたちを本当は天空界で保護してやりたいのだ。ライアンの王眼があるので、ヒカルとライアンをウィル王たるリチャードに託す以外最善の策はない。でもと、コトハは思う。
(今のウィル王にヒカルを預けるのは危険な気がする……)
 ウィル王家にとって、前ウィル王と前ウィル王の正妃の子は産まれて直ぐに皆身体が弱く亡くなった。残った王太子も王眼の持ち主でない上に、身体が弱く5年前に急逝した。今、前王家である旧家の血を引くのはヒカルしかいないのだ。そして彼女は分家筋のウィル王のリチャードとの間の子であるライアンの実の母親だ。その事実が、ウィル王家が、ヒカルとライアンを求めるのは当然なのである。

 ヒカルは、天空族の血が濃く、光と風の両方の魔法を使える。現在の天空界の最高位の光の魔法使いとも言える。そして、気難しいあの光の杖の神器に認められた神器使いだ。そのヒカルを失うのは天空界にとって痛手だ。コトハは、嘆息する。

「ウィル王、ヒカルは天空界の光の王家の血を引く姫君で私の姪でもあるわ。ヒカルに何かあったら許さないから」
 コトハは、ウィル王に無駄だと知りつつも念を押す。ウィル王は、ヒカルをもう愛してかもしれないがまだ執着はしているのだ。その彼がヒカルを手に入れたらどうするのかコトハは、怖かった。ヒカルは、彼の怖さを理解していない。あんなに溺愛されて、執着されていたのだ。その彼を裏切ってヒカルは、姿を消した。寡黙で清廉な青年は、王座に着いて変わってしまった。高位貴族とやり合う内に精神を擦り切れさせて、摩耗し彼は狡猾になった。予言の姫であるコトハは、何度かリチャードと会談していて、日に日にやつれ、そしてある日を境に変わってしまったリチャードを見ていた。その変貌が怖ろしかった。

 ヒカルは、何も知らない。変わらずに彼女は無垢なままだ。その無垢なままのヒカルを手に入れてウィル王はどうするのだ、ヒカルに。だからコトハは、何もできない自分が歯がゆくて仕方なかった。
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