サフォネリアの咲く頃

水星直己

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第四章

[第52話]山間の戦場

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クエナの町の昼下がり、中央広場は民たちの憩いの場になる。
大人たちは井戸端会議に集まり、子供たちは噴水前で戯れる。
その一角にある乗降所に辻馬車が到着した。

「あ、メルクロ先生とミューが帰ってきた!」

馬車から降りてくる二人を見つけたドワーフの男の子が声を上げると、一緒に石蹴りをしていた子供たちも振り返る。
診療所によく顔を出す六歳から十歳くらいの子ばかりだった。

「皆、ただいま!お土産があるよ!」

ミューが声を掛けると、子供たちは目を輝かせて駆け寄っていく。

「わぁ、綺麗なお菓子!」

「良い匂い。美味しそう~」

蒼の聖都で見つけた珍しい焼菓子を配っていると、井戸端会議に参加していた町長がやってきた。

「長旅ご苦労だったな。…で、出立式はどうだった」

いつものしかめっ面はどこに行ったか、笑顔で語り掛けてくる町長に、メルクロは記憶を辿るように空を見る。

「あぁ、立派なものだったな。皆がローブの美しさを褒め讃えていたぞ」

メルクロの返事に「そうかそうか」と頷いた町長は、機嫌良く去っていった。

「…そうでしたっけ?先生よく聞いてましたね。オレ、全く気がつかなかった」

お菓子を受け取った子供たちの背中を見送りながらミューが言うと、メルクロは肩を聳やかす。

「なぁに、嘘も方便と言うだろ。…第一出立式など、もう半月近く前の話だ。細かいところなど覚えておらん」

メルクロの言葉にミューは啞然とした後、思わず笑ってしまったが、ふと今の状況を考え真面目な顔になる。

「もう半月前になるんですね…デュークさんたち、今頃は山に入ってますよね」

「そうだな。詳しい行程は分からんが、恐らくはな」

晩秋を迎える澄んだ西空に、遥かな尾根が微かに浮かんでいる。
二人は、連峰方面へ思いを馳せた。


その頃蒼の騎士団は、第三待機所に到着したところだった。
第二待機所付近の魔物は全て退治したものの負傷者が出てしまい、行程に若干の遅れが出たが、想定の範囲内で進んでいた。

再び環境整備から始まる中、怪我人を休ませるための治療場がいち早く整えられた。
寝かされた騎士は怪我を負ってから三日ほど経過しているが、まだ出血が完全に止まらない様子で、傷口に新たな包帯を施すために、癒しの天使が二人掛かりで対応する。

「ソシュレイの具合はどうだ?」

治療場に顔を出したルシュアが問いかけると、救護班長ナルゲールが一歩前に出て一礼した。
ナルゲールは騎士団と10年近く戦いの場を共にするベテランだが、今回初めて班長に任命された26歳の男性天使だ。
清潔に切り揃えた白藍の頭を上げ、ルシュアを真っすぐ見る。

「傷はまだ完全に塞がっていませんが、命に別状はありません。時間を置いて交替で治療を続けます」

その報告に、ルシュアは改めてソシュレイの顔を見る。
青白く血の気が無い。相当の深手を追っているのは間違いない。


第二待機所区域で南から順当に北まで進んだ騎士団は、最後の『未知なる物』に苦戦を強いられた。
その中で数名怪我を負ったが、一番酷かったのが、中衛から前衛に切り替わる時に、魔物に隙を突かれたソシュレイだった。

横たわる上半身には、左肩口から胸に向かって、影の爪で引っ掻かれた跡が痛々しく残っている。
新鎧のお陰で致命傷は免れたが、鎧はその時に破損し、ソシュレイの傍らにその無残な状態で置かれている。
とにかく治療は癒しの天使たちに任せるしかない。

「…頼んだぞ」

眠るソシュレイの傍らで、傷を負った本人以上に青ざめているリュシムを横目に見ながら、ルシュアはその場をあとにした。


一方天使団は第二待機所に到着し、浄清の儀式を行う期間に入っていた。

「何ていうか…本当に酷いところね…。ここで10日近くも過ごすなんて…」

薄汚れた床に持参してきた敷物を拡げ、お香を焚いたり、ランプを灯したり、天使たちは生活環境を少しでも良くしようと試みるが、小さな覗き窓しかない環境は仄暗く黴臭い。

「贅沢な事を言ってはいけませんよ?騎士の方たちが戦いを前にここまで整備するのですから」

「そ、そうでした…申し訳ありません…」

フィンカナがつい愚痴を零したのをセルティアが諫めると、同じことを考えていたのか、他の若い天使たちも溜息と共に項垂れた。

騎士たちは戦いの後、充分な休息を取るとは言え、また次の待機所で生活環境を整えた上で、新たな戦いを強いられる。
それを考えれば自分たちの苦労など…と、思いたいところだが、やはり酷い環境は酷い。

「…あ、あの…もし良ければ、何か歌など歌いませんか?」

暗く沈みがちな状況にトハーチェが提案すると、第二天使団のリアンジュが目を輝かせた。

「それでしたら私が、リケルラ様仕込みの竪琴を演奏しますわ」

そう言ったリアンジュは、片腕に収まる程の小さな竪琴を取り出した。
リアンジュはリケルラが現役の頃に、その竪琴の音に魅かれて弟子入りし、今では相当な腕を持っている。
その音色は、沈みかけていた皆の気持ちを明るくさせた。
旋律に合わせてトハーチェが歌い出すと、他の者たちも何人か歌に加わり始めた。

その様子を遠くから見守りながら、護衛の騎士四名とセルティア、セオルト、エルジュ、ファズリカ、キシリカの天使団長たちは今後の事を話し合う。

「護衛の皆さま、お疲れ様です。四半期の旅とは違い、騎士団も浄化が終わるまで留まることはできませんから、皆さまだけでは負担も大きいかと思いますが…」

「いやいや、他の仲間が取りこぼすことなく、魔物や魔烟を駆除してくれているし、何より、天使団の浄化の能力が優れているから、こちらに負担などはない。心配は無用だ」

セルティアからの労いの言葉にムードラは明るく返した。

「本当に。天使団の力はますます上がってきていますね。特に新人三人組は」

ノルシュの言葉に、その場にいる者たちの視線は歌っているトハーチェと、その傍らで笛を吹こうとしているサフォーネと、それを止めようとするクローヌに向けられた。

「何とか乗り切れそうですね。キシリカのお陰です。ありがとう」

最後の調整を見てくれたキシリカにセルティアが礼を言うと、キシリカは「滅相も無い」と静かに頭を下げた。

「それにしても、今回出現した『未知なる物』ですが…。騎士団の中にも重傷者が出たようで、この先も心配されますね」

セオルトの神妙な言葉に、皆が低く唸る。

「次の区域の状況によっては、護衛部隊と前線で入れ替えもあるかもしれないな。それだけは心にとめておこう」

トッティワの意見にディランガも頷いた。

「過去の大闇祓いの記録によると、完全な駆除が臨めないことは事実のようです。今回の部隊で対応できなければ結界を張り、その場をやり過ごさざるを得ないこともあるようですから…。とにかく、皆には無理だけはしてほしくない…。これはルシュアも心得ている筈です…」

セルティアはそう言うと、遥か先で新たな戦いの準備をする騎士たちを想った。


ソシュレイがやっと眠りにつき、癒しの天使がその場を離れても、リュシムはその容体が気掛かりで、離れられないでいる。
周囲の者たちもリュシムの気持ちは薄々解っているため、誰もそれを咎めようとはせず、ここでの調査隊にリュシムを加えようとしていたルシュアも、編成を変えざるを得なかった。

翌朝、調査隊が出発し、ソシュレイの熱も下がってきた頃に、ジャンシェンがやってきて、破損して据え置かれている鎧の修復を始めた。
騎士の中には、武具の修復ができる技術を持っている者もいる。
その中でもジャンシェンの技術は高く、こういった戦いの現場では一番頼りにされている。

項垂れているリュシムを横目に、ジャンシェンが語り掛けた。

「あんたね…『言わない』と決めたなら腹括りなさいよ。みっともない」

ジャンシェンの辛辣な言葉にリュシムは顔を上げ、苦笑と共に涙を浮かべた。

「拒まれるのが恐くて…でも、それよりも、二度と会えなくなると考えたら、そっちの方が恐かった…。俺は馬鹿だ…」

「本当にね…あんたが馬鹿じゃなくて、ルシュア隊長みたいにもっといい男だったら、私が選んであげるのにねぇ…。って、何よ。この綺麗な顔のお兄さんと私じゃお門違い、とでも言いたげね」

リュシムは、ジャンシェンが珍しく自分を慰めてくれているのかと、驚きの表情を向けただけだったのだが…その言葉の半分は否めない。

「…いや、そうじゃないが…俺にはソシュレイしかない…。それがよく解った…」

「なら、生きて帰ることね。思いを伝えて、きちんとケリをつけること。いいわね」

ジャンシェンの鮮やかな手つきで鎧が修復を遂げると、リュシムもジャンシェンと共にようやくその場から離れて行った。
遠ざかる足音にゆっくりと目覚めるソシュレイの瞳は、僅かに動揺していた。


その夜近くになり、第三待機所区域の調査隊が戻ってきた。
この区域は山肌に添って細いため、調査隊は一つにして探りを入れた。
徐々に道も険しくなり、徒歩と上空からの調査で確認できたのは、ベアル三体とマーラの群れだった。

「あーぁ、参った参った…。まだ背中の痛みも残ってるってのにな」

前回に続き、再び調査隊に借り出されたヴィーガルは不機嫌そうな顔でリュシムに聞こえよがしに悪態をついた。
今回の調査隊を率いたクーガルが、その声を聞いて睨みつける。
他に同行したジュフェルとトマークが、調査中にヴィーガルにかなり気を使っていたのを知っていたからだ。

「…おい。やる気がないなら、明日お前はここに残れ。皆の士気が下がる」

穏やかな性格のクーガルがここまで言うのは珍しく、皆がざわつき始める。

「はぁ?やる気がないのは誰だよ。個人的感情持ち出して、本来の任務から外れた奴に言う事だろ、それは」

ヴィーガルの苛立ちは解らなくもない。
不便な環境、肉体的な疲労、精神的苦痛は、誰もがみな感じ始めているところだ。
だが、上官に対するヴィーガルの態度は赦せるものではなかった。
メルティオが腹に据えかねてヴィーガルの元へ歩もうとすると、その行く手をデュークが阻んだ。

「…ヴィーガル。調査隊はその時の全員の状態と、その直後の隊列を踏まえて、一番最善の面子が選出される。リュシムは気持ちが落ちていた。その状態で行かせれば、調査中の事故、曳いては待機所の安全も脅かす。それを見越して、ルシュアが君なら行けると信じて命じたものだ」

どんな時でも冷静に、真っ当な事を言う異端の騎士がヴィーガルは嫌いだった。
同い年とはいえ、相手は二年も先に入隊し、隊を離脱して復帰した直後に隊長にまで伸し上がっている。
これは妬みだと解っている。
解っているからこそ、苛立ちはさらに募った。

「うるさい!異端風情がいちいち知ったことを言うな!お前の黒い翼は、本当に目障りなんだよ」

デュークに突っかかるようにその胸倉を掴もうとするヴィーガルの頬を、エルーレが叩いて非難の声を上げる。

「最低だな、貴様!」

軽蔑するような瞳を向けられ、ヴィーガルは相手が女性であることも忘れ、掴みかかろうとしたところ、シャウザとルーゼルに羽交い絞めにされ、床に押さえつけられた。

そこへルシュアが歩み出てきて、組み伏せられているヴィーガルを覗き込む。

「頭を冷やせ…。今この時、仲間で罵り合っている場合か?」

そう言うとミガセとムガサに目で合図を送る。
二人は心得たとばかりに、ヴィーガルの腕を枷で拘束した。

「それからエルーレ…。気持ちは解るが、手を出すのは頂けないな」

ワグナから羽交い絞めにされていたエルーレは、はっとなり羞恥に俯いた。

「皆聞いてくれ。誰もが疲れが溜まっている。そんな時こそ、相手を思いやってくれ。これから先、皆で生き延びるためにも」

ルシュアはそう言うと、大地図を前に翌日の作戦を指示し始めた。
ヴィーガルはシャウザとルーゼルに連れられ、待機所の隅にある柱に縛り付けられた。

「悪く思うな?まぁ、一日休暇をもらえたと思えばいい」

シャウザはそう言ってヴィーガルの頭を軽く小突くと、ルーゼルと共に会議の輪に戻って行った。
作戦に耳を傾けながら、デュークがその様子を見つめていると、ワグナに肩を叩かれた。
『気にするな』口元がそう言っている。
翼の色を責められたのが久しぶりだったせいか忘れていた。
ヴィーガルの様に、この色を良く思っていない仲間は少なからずいるのだ。
その信頼を得るためにも、デュークは誰よりも真剣に作戦会議に耳を傾けた。


次の日、待機所にはヴィーガルとソシュレイを残し、他の騎士たちは戦いに挑んで行った。
ヴィーガルは初めて、自分たちが留守の間の待機所の様子を知る。
癒しの天使たちは騎士たちが戻ってきた時のために生活環境を整え、術師は有事に備えての結界薬を調合している。
この大闇祓いの期間に、誰ものんびりとしている者は居なかった。

ソシュレイがようやく身を起こせるようになると、ヴィーガルの傍に歩み寄ってきた。

「この数日、寝ているのが申し訳ないくらいだった…。僕は明日から戦いに加わるよ。君もそうだろ?」

ゆっくりとヴィーガルの隣に腰を下ろすソシュレイは、まだ苦しそうな表情だった。

「…そんな状態で何言ってる…お前はまだ無理だろ。お前にまた何かあれば、騎士がひとり戦力外になる」

リュシムの事を言っているのだろう。
皆そのことに気付いているのに、知らなかったのは自分だけだったと思うと、ソシュレイは苦笑した。



「誰であろうと、何かあれば皆動揺する、悲しむよ。仲間なんだから。僕も誰かをそうさせないように、より気を付けていくつもりだ」

「…お前、見かけによらず、中身は男だな」

「……見かけによらず、ってどういうことかな?…まぁ、とにかく今は皆の足を引っ張らないように、心も体もお互いしっかり養生しないとね」

治療の時間で、癒しの天使に呼ばれたソシュレイは、治療場に戻って行く。
ヴィーガルは深く息を吐きながら、待機所の天井を見つめた。


その日の夕刻、騎士たちが続々と帰ってきた。
怪我を負ったものは癒しの天使たちの元へ行き、底をついた聖水や結界薬を術師のもとへ補充しに行く者もいる。

「皆、ご苦労だった。明日の出陣が無理と思われる者は申し出てくれ。それから…」

ごった返す待機所の中、ルシュアが指示を出す元へ、枷を解かれたヴィーガルが歩み寄ってきた。

「隊長、昨日は申し訳ありませんでした。充分反省しましたので、明日は俺も前線に加えてください」

頭を下げるヴィーガルを見て、ルシュアが口元を緩めた。

「明日の前線の指揮はデュークに任せることにした。そっちにも伺いを立てたいところだな」

今初めて聞いたことにデュークは一度目を丸くしたが、ヴィーガルがこちらに向かって頭を下げるのを見て表情を緩めた。

「解った。今日はベアル三体を殲滅させた。明日はマーラの群れになる。調査隊として参加した君がいれば状況も解りやすいから、頼りにしている」

何事も無かったように、静かな微笑みを返されて、ヴィーガルは改めて自分が叶わないと知る。
そこへ、ソシュレイも歩み出てきた。

「僕も明日から参戦させてください」

その宣言に驚いたルシュアが癒しの天使たちに視線を送ると、ナルゲールが頷いた。

「怪我の方はほぼ完治しています。体力面がまだ心配ですが…」

「そうか、分かった。ソシュレイには、中衛を維持してもらおう。体力に限界を感じたら後衛の弓部隊を補助してくれ」

「承知しました!」

毅然とした声で返事をするソシュレイの様子を見て、リュシムはほっと胸を撫でおろしていた。


翌日は脱落者もなく、全員がマーラの群れを発見した区域へと向かった。

第三待機所より北西方面へ進んでいくと、僅かに残った木の群生地帯が現れる。
過去の記録にもあるこの森は、岩場に囲まれるように存在し、マーラの目撃が多い場所だ。
一同が森を前にして立ち止まると、ルシュアがクーガルに話しかけた。

「群れは一つ、数は七体、だったな…」

「恐らく。だが森のこの状況では、既に分離している可能性もあるが…」

奴らは生き物を食料としている訳ではない。
動物や人を襲って食すのは、欲求を満たすため。
だが、この森では生き物も少ないだろう。
一塊では獲物にありつけないものも出てくるため、群れは自然と分かれていく。

「やはり作戦通り、二手に分かれて挟み撃ちを狙うか?」

デュークからの確認にルシュアが頷き、一同に向かって声を上げた。

「作戦決行だ。前衛隊と後衛隊はここ入り口から攻め入ってくれ。中衛隊はここより森の出口方面へ移動。追い詰めたマーラを迎え討ち、逃げ道を塞ぐ。そうすれば奴らを山の頂上方面へ追い込めるだろう。前衛はデューク、中衛は私が指揮を執る。森の中央地点で落ち合おう」

中衛隊が出口方面へ辿り着くのは数時間後と予測し、互いに森へ踏み入る合図は狼煙を打ち上げることにした。


「…少し、寒くなってきましたね…。セルティア様、大丈夫ですか?」

第一天使団所属のリルシェザが、予備のストールを持ち出して、セルティアの元へ歩み寄った。
25歳になるリルシェザは、上位の天使として認められるほどの任期を務めているが、人の上に立つ、という性格ではない。
物静かで従順で、天使団長や上位の天使たちの考えを汲み取り行動する、言わば縁の下の力持ち的な存在だ。
彼女の手には数枚のストールがあり、他の天使団長たちのところへも、この後渡すつもりなのだろう。

「私は大丈夫です。いつも気遣ってくれてありがとう。リルシェザ」

セルティアが静かに微笑むと、リルシェザは僅かに頬を赤らめた。
リルシェザはセルティアに想いを寄せている…が、それは恋愛感情というものではない。
天使として目指す存在そのものがセルティアであり、崇拝にも似た想いで付き従うことに喜びを感じているのだ。

「この中で一番の寒がりはミハナでしたね…。まず彼女のところへ行ってあげてください」

普通なら、天使団長から先に声を掛けて行くところを、セルティアに頼まれればそれが全てである。
リルシェザは「はい!畏まりました」と、元気に返すと、ミハナを探した。

28歳になるミハナは、精神年齢はサフォーネよりも幼いかもしれない。
いつも鼻歌や独り言を呟きながら、部屋の隅で一人遊びをしているか、普段面倒を見てくれるリンシャナと一緒にいることが多いのだが…。

「リルシェザ?どうした」

待機所の中をくまなく探してもミハナは見当たらず、リンシャナもその行方を知らなかったため、リルシェザが入り口から外を覗こうとした時、待機所の外で警備していたトッティワが声を掛けてきた。

「あ、トッティワ様…。あの…ミハナ様を見ませんでしたか?待機所の中にはいらっしゃらないようで…」

「あぁ、ミハナなら、サフォーネ、トハーチェ、クローヌと、近くの泉に行っている」

「えぇ!!?」

幾ら浄化が終わった地とは言え、天使たちだけ(しかも頼りげない者ばかり)で外出を許すとは…リルシェザの咎める声を感じたのだろう、トッティワは慌てて付け足した。

「あぁ、もちろん、ムードラ隊長も一緒だ。心配するな」

「そ…そうでしたか…。でも、一体何しに?」

「何でも『声が聞こえるから気になる』…って」

「…声?」

そこへ話の的になっていた者たちが帰ってきた。
皆の明るく楽し気な様子に心配は無用だったと安堵しつつ、リルシェザに思わず笑みが零れたのは、随分と厚着をしているのか、ミハナがもこもこした様相で息を切らしていたからだ。

「もう、心配しました。みんなでどこへ行ってたの?」

リルシェザが尋ねると、トハーチェがきらきらした瞳を向けてきた。

「泉の近くに綺麗な花が咲いていたんです。こんな寂しい場所に、ものすごく生き生きとして…。最初にサフォーネがその声が聞こえるって、言いだして…、そうしたら、ミハナ様も聞こえるって。それでわたしたち、一緒に見に行きたいってお願いしたんです」

「そうなんだよ。さらに驚いたのが、サフォーネがその場で再生の力を注いでやったら、辺り一面花が咲いてなぁ…。あれはすごかった…」

ムードラまで感化されたか、思い出して感激に浸っている。
クローヌも同意するように激しく頷いていた。

「本当にもう…とにかく、冷え込んできました。みんな中へ入りましょう」

リルシェザがそう言ってミハナの手を取ると、ミハナがその手を振りほどいた。

「…こわい、こわい。…じめん、ゆれる…」

それはミハナの予知能力。
始まりの天使たちの中には、予知、治癒、魔術の力を持つ者たちがいた。
予知はケルトの能力。子孫たちの中にもそれを引き継ぐ者はいて、ミハナもその力を持っていた。

その言葉に身構えた瞬間、地面が大きく揺れ出した。


~つづく~
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