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第2章 人狼さん、冒険者になる

14話 人狼さん、警戒される

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「お。兄ちゃん、犬の獣人かい?」

 突然、背後から声をかけられて、軽く驚く。
 そういえば、ここって公共の場だったんだ。鑑定に夢中になり過ぎてたよ。
 動揺を隠しつつ、後ろへと振り向く。

 そこには、いつの間にやら小柄な中年のおじさんが一人立っていた。
 どうやら後ろに並ばれていたのに、鑑定に意識が向き過ぎて全く気づかなかったらしい。
 うーん、平和ボケし過ぎだよね。もう少し周囲を気にせねば。
 恰好から推測すると、行商人か何かかな? 戦闘職ではなさそうだよね。

「その身なりだと、別の町の冒険sy……」

 随分と気さくに話しかけてくると思ったら、急に語尾が途切れる。
 あ、これ、私の顔見てビビってるね。

「いや。その冒険者になるのに、この街に来たところだ」

 一応、律義に返してみる。
 こんな顔だけど、ちゃんと理性的に会話できるところをアピールしとく。

「そ、そうか……。随分と強そうなんで、驚いてしまったよ」

 ははは、と笑いながらも目が泳いでいる。
 内心、やべー奴に声かけちゃったよ、とか思ってるんだろうなぁ。

 わかる、わかるよ!
 この体、眼つきが鋭くて威圧感が半端ないもんね。
 日本で例えるなら、スーツ姿の普通のお兄さんだと思って声かけたら、実は強面のヤクザだったレベルの案件だよね。
 チンピラなら其れなりの格好だから分かるけど、インテリヤクザはまともな格好をしているから、後ろ姿じゃ判別しづらいんだよ。

 なんでそんな例えになるかって?
 昔、落し物を拾って声をかけたらそれだったからだ。あの時は一瞬凍り付いたね。
 でもあの時のヤクザさん、一般人には気を使ってくれて、愛想良くお礼を言ってくれたんだよ。そのギャップが、実は一番怖かったんだけど。

 なので、私は愛想良くはしない。
 いや、しようにも凶悪フェイスが更に凶悪になるだけで、出来ないだけなんだけどね。本当に、なんで意識して口の端を上げただけで、人殺してそうな顔になるのかな……。

「おい、あの獣人、金目じゃないか?」

 おじさんと無表情に見つめ合っていると、横から別の声が入り込んでくる。
 どうやら、私の目の色に気づいた人間がいるらしい。
 となると。

「うわ、本当だ。ってことは人狼じゃんか!」

「マジか! 何でこんな所にいるんだよ?!」
 
 うん、やっぱりそうなるね。
 そして、その言葉に一気に周囲が騒めく。
 目の前のおじさんなんか、人狼という単語を聞いて一瞬で青ざめてしまった。ふむ、こんなに簡単に顔色って、変わるんだ。
 っていうか、私が人狼だって、言われるまで気づいてなかったんだね……。
 ドジっ子かな、このおじさん。金目の犬系獣人は人狼だって、この世界では常識なはずなんだけど。

「確かに、俺は人狼だが?」

 チワワのように震えているおじさんが可哀そうになって、声のした方に視線を向ける。
 ついでに体もそちらに向けることで、目の前のおじさんを対象から外すアピールをしてみると、慌てて距離を取ったのが目の端に映った。

 そして新たに視界に入ったのは、行列の傍にいた冒険者風の男の人達。どうやら仕事帰りのようで、かなり汚れている。
 目が合うなり、顔を強張らせた男達が数歩下がり、軽く身構えてくる。
 えぇ? ちょっと失礼じゃないかな? 声かけてきたの、そっちだよね? 何か想定外な対応なんだけど。

「人狼がこの街に入ってはいけない法でもあったか? 知り合いの人狼は入れたはずなんだが」

 あまりの警戒ぶりに首を傾げる。
 ノアがヒナの件で情報収集してくれてた時は、街に入れないなんて言ってなかったんだけど。
 もしかしたら、どこかの人狼が暴れでもして街に入れなくなったりしたのかなぁ。だとしたら、ヒナを探せなくて困るんだけどな。
 そんなことを考えていると、身構えていた男の一人がハッとした顔で警戒を解き、前に出てきた。

「そんな法は無いな。すまん、俺達がビビり過ぎた」

「そうか。なら、何も問題は無いんだな」

「……ああ。ただ、街に入っても驚かれるだろうから、それは覚悟しといてくれよ。俺達も悪意はないんだ。出来れば悪く取らないでもらうと助かる」

「? わかった」
 
 確かに、ノア達から人狼は警戒されるとは聞いていたけど、念を押される程のものなのかな?
 
「ところで、その髪色は本物なのか?」

「?? 地毛だが?」

「そうか……。耳も尾も、地毛の黒なんだな?」

「ああ」

 そう返すと、難しそうな顔で思案しだす。
 後ろの男達も、まさかなと囁きかわしているのが聞こえるが、何を言いたいのかよくわからない。

「いや、そんなわけ無いよな……あるわけが、無い」

 そう男が呟くと、他の男達も頷き合う。
 ええ? なにこれ。なんなの。

 私をマジマジと眺めた後、男はじゃあな、と軽く手を振り、残りの仲間を促し去っていく。
 その後ろ姿を何とも言えない思いで見送る。
 一体何だったんだろうか。言いたいことがあるなら言えばいいのにね。
 うーん、これは大ごとにならなくて良かった、と取るべきなのかな? それとも、街でも同じ扱いをされるのかとウンザリすべきなのか。
 遠くなっていく男達の背中を眺めながら考える。
 まぁ、絡まれて門前払いされなかっただけ、良しとしておこうか。うん。

 そうして周囲に若干怯えられながらも大人しく待ち、漸く門の前まで進むことが出来た。
 どうやら先程の冒険者達から報告が上がっていたようで、面倒事も起きずに街に入る許可をもらう。
 ただ、列の前にいた人間より、念入りに滞在理由やら何やら聞かれたけど。これはまぁ、人狼相手ならしょうがない……のかな?

「くれぐれも、問題を起こすようなことはするなよ? 人狼の力だと、下手すると死人が出るからな」

「? ああ。俺からは手は出さないぞ?」

 流石門を守る兵士なだけあって露骨に態度は出さないが、その表情からはありありと不安だという心情が伝わってくる。
 それに軽く手を振りながら答え、街へと踏み込む。
 全く失礼だよね、そんなに何にでも噛みつきそうに見えるのかな。

 けど、この対応も仕方ないか。
 神様からも、人狼は怖がられているって聞いていたし。
 更に人狼達から聞いた話では、過去に黒狼が絶滅した時、関わった人間達を人狼達が色々やっちゃったらしいのだ。
 最悪、亡き者にしたらしいが、人狼が裁かれなかった時点でどちらが加害者なのかよくわかる。

 その後、人間と人狼の間で、お互いに過去の事は水に流すということで再度交流可能になり、今に至るらしい。
 ただ、人狼達が更に森の奥に引っ込んでしまったので、こうして街に人狼がやって来るぐらいでしか、今では接触がないとのことだ。
 それって、ほぼ交流が無いってことだよね。

 しかし話には聞いてはいたけど、数十年経っても、未だに人狼というだけでここまで警戒されて怖がられてるんだね。予想以上でちょっと驚いたかも。
 確かに神様が言っていたように迫害はされてはいないけど、これはこれでどうなのかと思ってしまう。ちょっとオーバー過ぎないかな。

 兎に角、危害を加える気は無いと意思表示する為にも、愛想よく行きたい。けど、この外見じゃそれは無理だ。愛想という言葉から一番遠い。
 だとすると、こちらが冷静に対応することで、私自身に危険性が無いことを相手に認識してもらうのが一番いいかな。
 いや本当、どこの猛獣の話なんだろうね。

 けど、この流れって、神様の依頼通りではないだろうか。
 黒狼や人狼のイメージを良くするために、フレンドリーさをアピール、だっけ? 予想以上に難関だよ。取りあえず、私の頑張り次第ってことかな。責任重大だね。
 一応、門では大人しく、私は無害ですアピールをしておいたから門番の印象は悪くないと思う。
 ……思うけど、どうかなぁ。
 もう一人の若い方、顔引きつってたもんなぁ。

(とりあえず、先ずはイメージ改善より、冒険者登録だよね)

 門番とのやり取りでも、冒険者登録しに来たことにしてあるし、行かないと不審者扱いされて追い出されそうだ。
 気を取り直して歩き出す。

 街に入るのも滞在することも許可されたんだし、何も問題無い。
 悩むのは問題が起こってからで十分だ。
 ノアの話では、ヒナも冒険者として活動してるということだったし、運が良ければすぐに出会えるはず。
 元気にやってくれてれば良いんだけど、どうだろう?
 


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