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第一章

7 バラの園にて

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「こりゃあシズク草じゃねぇか!」
 そのよく日に焼けた庭師は、ミモザが見せた種を見て驚嘆の声をあげた。
「ご存じなんですか?」
 驚いたのはミモザも同じだ。
 二人はくだんのバラ園に来ていた。まるで迷路のように張り巡らされた花壇には様々なバラが並び、アーチも色とりどりのバラで彩られている。随分と街の隅にある場所のためか人影は少ないが、そこそこ広く豪華なバラ園だ。
 そのバラの園の隅にあるほったて小屋に目当ての人物はいた。
 日焼けした肌に鍛えられた体。もう老齢だろうに年齢を感じさせないかくしゃくとした男である。彼はいかにも庭師といった風情の麦わら帽子と袖が手首まである作業着に軍手といったいでたちをしていた。
 カークスと名乗った庭師は、ミモザの差し出した種をしげしげと眺める。
「いやぁ、懐かしいなぁ。昔栽培できねぇかと頑張ったもんだよ」
「これを?」
 ミモザは眉をひそめる。このシズク草は第4の塔にしか生えない植物だ。その栽培を試すなど、
「何か、国の機関に勤めてらっしゃったのですか?」
 だとしたらとても心強い人物ではあるが、裏を返せばミモザに提供された以上の情報は持っていない可能性もある。
 カークスは「うん?」と一瞬悩み、しかしすぐにミモザの考えを察したのか「ああ、ちげぇちげぇ」と笑って手を振った。
「俺個人で勝手にやってたのよ」
「勝手にって……」
 持ち出し禁止の植物を勝手に栽培などできるわけがない。あるとしたらそれは密輸の類だろう。
 疑わしそうな目でじっとりとにらむと彼は再び「ちげぇって!」と手を振った。
「昔はよ、もっと規制が緩かったのよ。その時の話!」
「規制が緩い?」
「そうそう!」
 疑われちゃたまらんと言うようにカークスは言い募った。
「昔はよ、第3の塔の薬草はまぁ、今とそう変わらねぇ管理だったけど、第4の塔のこいつはノーマークだったのよ。なんせこれの効能が発見されて『薬草』扱いになったのは最近なもんでよ」
「そうなのですか」
 試練の塔で薬草といえば普通は第3の塔を思い浮かべるが、このシズク草は第3の塔には生えておらず、第4の塔内の湿地を避けた土の部分に生えているという変わり種だ。
 そのため確かに研究が他の薬草よりも遅れていても不思議ではない。
 興味深く話を聞くミモザに、カークスは「おおよ」と頷いてみせる。
「当時はただの珍しい草よ。んで、庭師とかそういう関係の仕事の奴らの間でてめぇらで栽培できねぇかってブームがあってよ。俺もそれに乗ったのよ」
 なにせ当たりゃあ一攫千金だからなぁ、とがははと豪快に笑う。
「一攫千金? ただの草なのに?」
「それはそれ、好事家っつーのはいつの時代もいるわけよ。シズク草の栽培に成功すりゃあそんな連中に高値で売れるってんで皆目の色変えてよ」
「あー……」
 想像のつく話である。納得するミモザに「まぁ当時から持ち出しは禁止だったんだけどよ」とカークスはまた爆弾を落とす。
「……ダメじゃないですか」
「いや、やり方があるのよ」
「やり方?」
「今はちゃんと生えてるとこに柵とかあって人が入れねぇようになってるけど昔はそんなんなかったのよ。だからよ、こう、靴の裏っ側に溝ができるように切り込み入れてよ?」
 自分の靴裏を見せながら言う。
「その草の上を歩くのよ。そうすると溝に種が入り込んでな?」
「……要するに不可抗力は罪に問われなかったと」
「そりゃあ、価値のない草のために全員の靴裏なんぞ調べねぇってな! 今は知らんけど」
「困ったおじいちゃんだなー」
 がはがはと笑う老人にミモザはため息をつく。第4の塔は第3までの塔とは異なり野良精霊が出没する危険な塔だというのに、まったく大した度胸である。しばらくカークスは愉快そうに笑っていたが、ふいに笑いを引っ込めると
「しかし嬢ちゃん、こんなもん持ち込むなんておたく何もんだ?」
 静かな調子で尋ねてきた。どうやら彼は年齢相応の判断力を兼ね備えた人物のようだ。
 ミモザは彼の灰色の目を見つめ返すと、
「ミモザです」
 とそらっとぼけて返した。
「……はぁ」
「ミモザです」
 もう一度繰り返す。カークスはしばし考え込んだ後、思いあたることがあったのか「ああ」と一つ頷いた。
「俺あれのチケット取れなかったんだよなぁ。あの公開プロポーズの時の。まぁ倍率高くて毎年取れねぇんだけど」
「来年分融通しましょうか?」
「頼むわ」
 ミモザとカークスは顔を見合わせてにこりと笑うとしっかりと握手を交わした。
 交渉成立である。
 お互いに怪しい人物ではないという確認と、カークスは見返りを得る代わりにミモザの事情についてそれ以上は探らないという合意をしたのだ。
「んで、シズク草だったか、まぁ中入れよ」
 頭を掻きながらほったて小屋を開けるカークスに、思いの外有用な人物と出会えたな、とミモザは自身の幸運に軽くスキップした。

「ほれこれな、観察記録」
 渡されたノートにはびっしりとどのような土壌と育て方でどの程度育ったのかが記載されていた。
「すごいですね」
 素直に感嘆する。とても詳細な記録だ。
 ちなみにアイクはもう帰ってしまった。終始ミモザとカークスのついていけない会話に困ったというのもあるし鐘が鳴ってしまったというのもある。
 ミモザはカークスと会わせてくれたことを丁重に感謝してから彼の帰宅を見送った。
「俺がやった中でまぁまぁ可能性がありそうだったのは森の土と獣道の土だなぁ」
「獣道?」
 ノートの記載を探す。カークスはどうやら肥料や水分量などを変えるだけでなく、そもそもの土壌のベースとなる土自体を様々な場所から引っ張ってきて試していたらしい。確かに記載を見ると『森』『獣道』と書かれた項目のシズク草は他の土とは違いわずかに芽が出たようだ。しかしそれも数日で枯れてしまっている。
「獣道は地元の猟師がよく通るとこだな。俺はしてねぇけど知り合いが第4の塔の土をポケットに大量につめて持って帰って育てたっつんだがよ、それもやっぱり育つのは最初だけですぐ枯れちまったってよ」
「それはまた、根性がありますね」
「なにせ一攫千金だからな」
 カークスはいい笑顔でぐっとサムズアップして見せた。
「俺が思うにゃあなぁ、栄養が足りねんだと思うんだよ」
「栄養?」
「ああ、最初は育つってことは土と育て方はまぁまぁなんだよ。でもたぶん成長する途中で土の中にある栄養を吸い尽くしちまうかなんかのバランスが崩れるかして途中でダメになっちまうんじゃねぇかな」
「なるほど……」
 さすがはプロだ。大変参考になる意見である。
(確かに森の中への移植で数日保ったっていう記録はあったんだよな)
 オルタンシアから見せられた資料の話である。他にはやはり第4の塔の土を移して作った畑でも数日間は育ったが最終的には枯れてしまったという記録もあった。
 何を隠そう、今回このシズク草が人工栽培に選ばれた理由はここにある。第3の塔の薬草は軒並み外ではまったく育たないのだが、シズク草だけは最終的には枯れるとはいえ、芽が出たり数日間成長したりするのである。
 つまり他の薬草よりは可能性がある植物なのだ。
「だから一回森で育ててみたんだよ。森の土持ってきて育ててダメだったからよ。森ん中に種植えて、そしたらやっぱ森の中でやった方が良かったんだよな」
 言われてミモザはページをめくる。
「この、中止というのは?」
 しかしその森の中で育てた記録は途中で途切れていた。ミモザの質問に気まずそうにカークスは頭を掻く。
「いやぁ、その数日育った土のあった場所がけっこう森の奥の方でなぁ、野良精霊が多くて危なくてよ。だから断念したんだよ。その後森の浅い方で試したんだがそっちはいまいちだったな」
「……そのよく育った場所って覚えてます?」
「おお、わかるよ、地図描いてやろうか」
「お願いします」
 カークスは地図を取り出すと迷いのない手つきで数箇所に印をつけると、
「ここがよく育った森、んで、ここが獣道」
 ミモザに見せながら説明をしてくれた。
「ありがとうございます」
 どれもこの近辺で歩いていける距離である。
「またご協力をお願いしてもいいですか?」
 ミモザが地図から顔を上げてそう尋ねると、彼は
「いいよー」
 とひらひらと手を振った。
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