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番外編

IF 一周目 側妃ルート

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 アズレン王子はその青い目を伏せてグラスを置いた。
「それで? 我が側妃殿の調子はどうかな?」
 グラスに追加をそそぐためにワインのボトルを手に控えて立っていたセドリックは、その翡翠の瞳を細める。蝋燭の灯りに彼のモノクルの金縁が反射して光った。
「どうもこうも、相変わらずですとも。無邪気な提案をしては周囲を困惑させております」
「そうか……」
 ふむ、と思案するように王子は目を閉じた。セドリックは中身が減ったグラスにワインをゆっくりとそそぐ。
 ややして、「処分するか」と王子は目を開いた。
「薬物使用も密猟も証拠不十分で、その上野良精霊退治で民衆の支持を得てしまっていたから下手なこともできず、かと言ってそのまま犯罪者を聖騎士にしておくわけにもいかず側妃という餌で釣ってとりあえず後宮に隔離していたが……。何かに役立てようにもまともに取り引きもできんし話も通じん。民衆からの人気も下火になりつつあるし、正直養うコストの方が彼女を抱えるメリットを上回っている。これ以上利用価値も思いつかんしなぁ……」
 そこまで言うと、アズレンは口を休めるようにワインを口に含んだ。赤い液体が彼の口に滑り込み、喉がごくんと動いて嚥下する。
「セドリック、頼めるか」
「毒殺でよろしいでしょうか?」
「いい。どうせ診断書は息のかかった医師に書かせるしな。ああ、時間をかけてゆっくりと死ぬような毒にしてくれ。急死だとさすがに疑う者も出るかも知れん」
「承知致しました」
 セドリックはうやうやしく頭を下げるとうっすらと微笑んだ。

 その部屋には少女が横たわっていた。
 侍女はぴくりとも動かないその女を壁の隅に置いた椅子に腰掛けて眺める。
(どうしてわたしがこんなのの世話を……)
 ふぅ、と嘆息する。要するに貧乏くじを引かされたのだ。
 横たわる女は王子の側妃だった。もう一月ほど前から病に臥せっていて、もはや元気だった頃の姿は見る影もない。
 美しく艶やかだった金髪はぱさぱさと乾きその輝きを失い、真っ白く張りのあった肌は少し黄ばんでまるで枯れ葉のようにしわしわだ。サファイアの瞳は閉じられているが、その眼窩は落ち窪み、全身がげっそりと痩せ細っていた。
 まるでミイラのようだと思う。
 病にかかって早々に見放された女は、他にその病を移してはいけないとこの小さな部屋に閉じ込められて以来、見舞いに来るのはセドリックのみである。
(セドリック様はお優しい)
 王子に命じられてではあるのだろうが、数日に一度訪れては甲斐甲斐しく果物を食べさせたり水を飲ませたりと世話をしていた。
 人に移るような病でないことは侍女とセドリックが未だに健康体であることから明白だが、それでも見舞いが来ないのはこの女が嫌われていたからだ。
 侍女だって嫌いだ。けれど仕事だから仕方なくこうして側に控えているのだ。
 彼女は再び深く深く嘆息した。
 最初は暴走した野良精霊を倒し、聖騎士に輝いたこの少女を誰もが歓迎した。側妃になるために聖騎士の位を返上しなくてはならなかったことを残念に思ったほどだ。しかし彼女の化けの皮はすぐに剥がれた。
 平民出身なのはいい。実際彼女には教育係がつけられ、物覚えは良いのかすぐにマナーを学習した。
 しかし、覚えられても受け入れはしない性質だったのが問題だ。
 最初は慣れない文化に戸惑っているのだろうと優しく諭していた人々も、次第に彼女の一方的で独善的な主張に嫌気が差した。誰だってそうだろう。自分達の今まで大切にしてきた慣習を容赦も配慮もなく踏み荒らされれば気に障る。要するに彼女には人の意見や意思を受け入れる気がないのだと気づいた時、人はみんな離れていった。
 そのくせ彼女は権利だけは主張した。側妃の立場を振りかざし、品のない装飾品を求めたし、孤児院や病院へと無計画な金銭のばら撒きをしたがった。計画性や目的がはっきりしていればまだ交渉の余地があったが、彼女は「必要だわ!」としか訴えず、ろくな説明をしなかった。おまけに試練の塔被害者遺族の会の主張を受け入れるようにと教会に強制しようとしたのだ。王侯貴族と教会の関係は絶妙なバランスで保たれている。王国側の人間が頭ごなしに上から教会側へ注文をつけるなどあり得ないことだ。もしも意見を言いたいのなら綿密な根回しをして相手を刺激しないように交渉せねばならないし、当然だが相手を対等の相手として敬意を払わねばならない。敵に回すようなことをすれば向こうには教会騎士団もいるのだ。下手をすれば内乱かクーデターに発展しかねない。
 幸いなことに教会側は彼女の無礼を流してなかったことにしてくれた。そのおかげで命拾いしたというのにその時の彼女の態度と言ったら、「無視するなんて!」と酷く立腹していた。相手の温情を理解させようと噛み砕いて説明もしてみたが、人の言葉に耳を貸す気のない人間に何を言っても無駄であるということをこちらが学んだだけだった。
(ああ、早く死んでくれないかしら?)
 そうすればこの憂鬱なお役目とおさらばできる。彼女が病に臥せって側付きが減らされて行った時、その役目から解かれた人々はみんなスキップでもしそうな勢いで去って行ったものだった。
「…………ま、……に……」
 その時枯れ木のようになった少女が何か言葉を発した。
(驚いた。まだ喋れたの)
 しかしそれを侍女は何をするでもなく眺めるだけだ。
 必要最低限の世話は命じられているからやるが、それ以外彼女のためには指先一つですら動かす気になれなかった。どうせ甲斐甲斐しく世話をしたところでそれを見ている人間はいないし、放っておいたところでそれを見ている人間もいない。
(ああ、早く死なないかしら……)
 侍女はあくびをかみ殺しながら憂鬱に窓の外を見上げた。

「レオンハルト様、迎えに来て」
 ステラはそう言葉をつぶやいた。つもりだった。
 かさかさに枯れた肌に涙が一筋伝う。
 一体何がいけなかったのか、彼女には結局最後までわからないままだった。
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