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第三章

97 花の感謝祭

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「酷いですよ、フレイヤ様」
 作戦会議のために喫茶店へと戻り、早々にミモザはフレイヤのことを非難した。彼女はバツが悪そうな顔で「ごめんなさいね」と謝る。
「でもわたくしがあの場に残ってもなにも変わらなかったと思うの」
「それはそうかも知れませんけど見捨てる判断が早すぎます」
「まぁまぁ、ここは奢ってあげるから」
 ミモザはそのとりなす言葉に頬を膨らませると
「ではこの苺のパフェとプリンと揚げ団子とアイスとついでに煮魚をお願いします」
「別にいいけど食べ合わせ大丈夫?」
 フレイヤは眉を寄せながらも店員を呼び止めた。

 数分後、テーブルの上にはところせましと食べ物が並んでいた。
「一つだけ仲間はずれがいるわね」
 その光景を眺めてフレイヤがつぶやく。
「フレイヤ様、あふいえうあまお、あんえーいふひええふあ」
「お願いだから口の中の物を飲み込んでから話してちょうだい」
 ミモザはもぐもぐと咀嚼するとなんとか飲み込み、ついでにお茶も飲んでひと心地つくと改めて口を開いた。
「ガブリエル様との関係についてなのですが」
「何かわかったの?」
「ええ」
 ミモザはオルタンシアから聞いたことを説明した。フレイヤは驚いたように口元に手を当てる。
「そうだったの……」
 フレイヤはそう言うと何かを考え込むように黙り込んだ。ミモザにはよくわからないが、もしかしたらガブリエルの父親にあたる人物を貴族であるフレイヤは知っているのかもしれなかった。
「それでですね」
 ミモザは今回の本題に踏み込む。
「オルタンシア様についでにガブリエル様と仲が良かったご令嬢について聞いたんですけど」
「どうだった!?」
 途端、フレイヤは期待に目を輝かせて身を乗り出した。ミモザはそれを平静な目で眺めて告げる。
「なんか眼鏡でそばかすな地味な子と仲が良かったって言われたんですけど」
「うっ」
 顔色を悪くしてその豊かな胸を押さえるフレイヤにミモザは更に言い募る。
「覚えてはいるけどフレイヤ様だとは気づいていない感じだったんですけど」
「ううっ」
 彼女は更に前屈みになる。ミモザはそんな彼女のことをじーっと見つめた。
「心当たりあります?」
「…………っ、あーもうっ、イメチェンしたのよっ」
 その視線を振り切るようにフレイヤは叫んだ。
「……はぁ」
 ミモザは煮魚に手を伸ばしつつそんなフレイヤを見つめる。
 今の彼女はまつ毛はくるんと綺麗にカーブを描き、目元には落ち着いた色合いのアイライナーが引かれている。アイシャドウがキラキラとほのかに色づき、その口元は紅いルージュが引かれていた。
 派手な美人である。とても地味と表現されるような人ではない。
 彼女は勢いよく立ち上がると、ばんっ、とテーブルに両手をついた。その美しい目できっ、とミモザを睨む。
「いいじゃない別に! 初恋の人に会うのにちょっとでもよく見られたいと思うじゃない、普通!! 悪い!?」
「落ち着いてください、誰も責めてませんから」
 フレイヤはふーふー、と肩で息をする。ミモザは今度はアイスに手を伸ばしながら聞いた。
「名乗ったんですか?」
「名乗ったわよ! けど!!」
 そこで何かを思い出したのか、気まずそうに彼女は目を逸らす。
「わたくし、昔はふーちゃんって呼ばれていたのよ。一応最初は名乗ったけど、本名は忘れられていた可能性はあるわね」
「なるほどー」
 ふむふむとミモザは頷く。
「約束の件については言ったんですか?」
 フレイヤは顔を真っ赤に染めた。
「だって名乗ったのに知らんふりなのよ!? 言えないでしょ!?」
「なるほどー」
 うんうんとミモザは頷く。
「不幸なすれ違いですね?」
「そうよ!」
 元気いっぱいにフレイヤは肯定した。
「これは、あれですね」
 ミモザは言う。
「素直に名乗り出ましょう」
 そう言われた途端、彼女は先程までの威勢を失ってすとん、と椅子に腰を下ろす。
「そ、それは、ちょっと……」
「ちょっと?」
「きっかけもないのにいきなり? だってわたくし……」
 はっ、と何かに気づいたようにフレイヤは顔をしかめる。
「酷い態度を取ってしまったわ。忘れられたと思って、ショックで」
「フレイヤ様」
 ミモザはそんな彼女の手を握る。真摯に彼女の目を見つめた。
「謝って、話せばいいじゃないですか。ショックだったことも含めて」
「まだ間に合うかしら?」
 そう言うフレイヤの瞳は不安に揺れている。
「全然間に合います」
 ミモザはぐっ、とサムズアップした。
「最悪ダメだったら慰めます!!」
「いやああぁっ!」
 フレイヤはミモザの手を振り払って頭を抱える。
「考えたくないわ!!」
「大丈夫ですって」
 正直ミモザの死に繋がる秘密でなかった時点でもうミモザには関係ないといえば関係ないのだが、さすがにこの状態の彼女を放っておくのは気が引ける。
 どうしようかな、ときょろきょろ辺りを見渡して、ミモザはいつかも見たポスターに目を止めた。
「フレイヤ様」
 動かなくなった彼女に囁く。
「そういえば、もうすぐ花の感謝祭ですね?」
 ミモザの言葉に彼女はぎくりと肩を震わせた。
「あげるついでに告白しましょう」
 フレイヤの後頭部を軽くつつく。その提案にフレイヤはがばりと顔を上げるとミモザのことをびしりと指差した。
「あ、あああああなたも、付き合いなさい!
「え?」
「レオンハルトにあげればいいでしょ!」
 ミモザは一瞬固まった後に
「ハードルが高い」
 思わず言っていた。
「なんでよ」
「なんか、なんか、高級品を食べ慣れてそうです」
 言い訳だ。ミモザは熱くなりそうな頬をぶんぶんと首を振ることで冷まして誤魔化した。
「貴方ねぇ」
 フレイヤは呆れたように何かを言いかけ、思い直したように
「結局レオンハルトと貴方ってどういう関係なの?」
 と尋ねた。
「結局も何も」
 それにミモザは怪訝な表情を返す。
「師匠と弟子です」
「そういうこっちゃないわよ」
「どういうこっちゃですか?」
 二人は顔を見合わせる。
 ミモザはきょとんとしているし、フレイヤは微妙な顔だ。
「はぁ、もういいわ」
「はぁ」
 なんだか知らないがもういいらしい。
「一応忠告しておくけど、ガブリエルには到底敵わないとはいえ、レオンハルトも結構人気よ」
「は、はぁ」
「取られる前に、ちゃんとした方がいいわよ」
「取られるって……」
 それではまるで……
「ありえません」
 ミモザはとっさに口走っていた。
「僕とレオン様では……、釣り合いが取れません」
 まるで、そういう関係になる可能性があるとでも言いたげな物言いだ。
 うつむくミモザを、フレイヤは真剣な眼差しで見た。
「忠告はしたわよ」
 その言葉は嫌にミモザの耳について離れなかった。
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