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第二章
80 相対
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まだ朝の早い時間、ステラ達は塔を目指して歩いていた。
何故こんなに朝早いのか。それは人目を避けるためだ。
ステラ達は今、警官から目をつけられている。ステラとしてはこそこそとするような真似は業腹だが、またうるさく絡まれるよりは遥かにましだった。
「次は第5の塔ね」
ステラが歌うように告げる。それに着いて歩いていた面々はそれぞれの反応を返した。
「そうだね」とマシュー。
「楽しみですね」とジーン。
「……………」
アベルだけは無表情で何も言わなかった。
(困ったわね)
それにステラは眉を寄せる。
ステラの『毒』は、何故だかアベルにだけはうまく効かなかったのだ。
けれど彼は反抗する気もないらしい。仕方なくステラは彼のことをそのまま連れ歩いていた。
ステラの新たに目覚めた能力。それは『毒』属性だった。
ティアラが傷つけた者にその毒は感染する。それはラブドロップと全く同じ効果をもって作用した。
ステラは自分の肩でくつろぐティアラを見る。その瞳は、青い。
それはステラが幻術を見せる機能のあるネックレスで隠しているからだった。
(狂化って言うのよね)
ステラは思い出す。確か前回のミモザがなっていたものだ。
狂化したミモザは狂化する前よりも確かに使える技が多彩で強くなっていたと記憶している。
そう、今回のミモザのように。
(今回も狂化しているのかしら?)
けれどミモザもチロも目は紅くない。しかし現にステラが幻術で誤魔化しているのだ。ミモザが誤魔化していない保証はない。
狂化は国や教会で取り締まりの対象になっているが、どうしてだろうとステラは思う。
(こんなに解放的で素晴らしいのに)
こんなに気分がいいのは久しぶりだ。
ステラはスキップをするように歩いていた。
それはあともう少しで塔に着くという頃に起こった。
「………ん?」
マシューが立ち止まる。
「どうしたの?」
「いや、なんか音が」
言われて耳をすましてみると、確かに音が聞こえる。本当に微かだが、これはーー
「鈴の音……?」
四人は顔を見合わせる。
「野良精霊か?」
アベルの問いに
「いえ、もしかしたら野良精霊に襲われている人が助けを求めているのかも知れません」
とジーンが応じる。
確かに盗賊や精霊に襲われた時に助けを求めるためにベルや鈴などを携帯するというやり方は、かなり古い方法だがなくはない。
最近ではブザーの鳴る魔道具が主流だが、費用を抑えるために鈴を携帯する人も一定数はいた。
「行きましょう」
ステラは頷くと、そっと茂みの中へと分け入った。
鈴の音は段々と近づいてきていた。移動している気配がないため、もしかしたらもう持ち主は事切れており鈴だけが風に揺れているのかも知れない、とステラは思う。
(遺品だけでも持ち帰ってあげましょう)
そう思いながら草をかき分けて進み、
「…………え?」
ステラはそこで、自分に瓜二つの少女の姿を見た。
白と藍色のワンピースが風にひるがえっていた。
彼女は短い金色の髪を風に揺らしながら、両手に鈴を持って優雅に踊る。くるくると回る動きに合わせて、スカートはふわりと広がり、鈴がしゃらんと涼やかな音を奏でた。
湖のように静謐な、青い瞳がこちらを見る。
視線が合った。
「ようこそ」
ワンピースの少女、ミモザは踊るのをやめてこちらを振り返った。
その瞳が微笑む。
「引っかかったね、お姉ちゃん」
「………っ!!」
とっさにステラはレイピアを構える。間髪おかず、氷の破片を放つ。
しかしそれはミモザに辿り着く前に炎の斬撃に阻まれた。
ゆっくりと、ミモザの隣に男が立つ。
藍色の長い豊かな髪、黄金に輝く意志の強い左目、白い軍服を身にまとった美丈夫な男だ。
鋼のような強さで、彼の視線がこちらを射抜いた。
「レオンハルト様……」
思わず後退る。しかしその背後で足音がした。振り返るとそこには、
「先生!!」
ジーンが声を上げる。その言葉の通り、銀色の髪の麗人、フレイヤが立っていた。
「俺もいるぜーぃ」
へらりと笑ってガブリエルがジェーンを伴ってその隣に並ぶ。
「ジェーンさん、どうして……」
マシューが苦しそうにうめいた。
四人は挟み討ちにされていた。
「愛の逃避行はここまでだよ。ここから先は……」
ミモザは苦笑する。
「反省会、だよ」
ステラは忌々しげに妹のことを睨んだ。
(さて、)
ミモザは状況を見回した。
挟み討ちには成功した。あとは人質達をどう解放するかである。
(とはいえやっぱり、洗脳されてるっぽいな)
マシューもジーンも、こちらを敵のように睨んでいる。
ミモザは落ち着かなげにスカートを揺らす。慣れない格好はするものではないな、と思った。
足がスースーする。
このワンピースは以前王都に来たばかりの頃、12歳の時にレオンハルトに買ってもらったものである。とはいえ今のミモザでは当然体格が合わず着れなかったのでリメイクしてもらったものだ。
元々は白いワンピースだったものを、内側に藍色のワンピースを重ねるようなデザインにしてリメイクしてもらっている。藍色のワンピースの部分を今のミモザの体格に合わせているので足りない丈の分、藍色のレースのついたプリーツスカートが白いワンピース部分からはみ出て見え隠れしているのが可愛らしい。肩の部分も今のミモザが着れるように広げるついでに、縫い目を誤魔化すためか藍色のリボンやコサージュでカバーされていた。
「お姉ちゃん」
ミモザは声をかける。ステラはきつく睨んできた。
「自首をお勧めするよ」
「自首をしなくちゃいけないような理由はないの」
ステラは一転して、にこりと微笑む。
「ミモザ、どうしてお姉ちゃんの邪魔をするの?」
「………邪魔じゃないよ。仕事のお手伝い」
「仕事」
「そう、仕事」
ミモザはなんと言えばいいかを悩む。なんと言っても意味などないのかも知れないが、だからと言って悩まないのは難しい。
「犯罪がいけないのは、それを許しちゃうと社会が混乱するからだよ」
結局ミモザは月並みな言葉を吐いた。
「例外を出来る限り作らないのは、それをしちゃうと人と社会を信用できなくなっちゃうからなんだよ、お姉ちゃん」
たぶん伝わらないだろうなと思う。伝わってほしい気持ちはある。
「貴方をルールの例外にする理由はどこにもないんだ」
けれど虚しさの方がどうしても勝る。この理屈の通じない動物に話しかけているような空虚感はどこからくるのだろうか。
獰猛な肉食獣に自ら首輪をつけてくれと説得したってきっと無意味なのだ。
「わからないわ」
ステラは微笑んだ。
(ほら、無意味だった)
ミモザは力無く笑う。
「可哀想な人がいるの。みんなが幸せになる道がわたしには見えるの。ねぇ、ミモザ」
ステラは笑う。花のように美しく、完璧な微笑みだ。
「貴方も知っているでしょう? みんなが幸せに笑っている未来。一度目の人生。すべてが満たされていたの。完璧だった」
そこで彼女のサファイアの瞳はレオンハルトを見た。
「ある人の死、以外は」
「それって僕のこと?」
違うとわかっていてあえてミモザは聞いた。苦笑する。きっと彼女には些末ごとだったのだろう。
ミモザの苦悩も死も。
「ああ、そうだったわね。あなたも死んだんだっけ」
遠い何かを思い出すように彼女は言った。
「あなたも生きていていいのよ。わたしの邪魔をしなければ」
「……それは無理かな。きっと僕の欲望とお姉ちゃんの欲望は共存できない」
「そう、なら……」
ステラは残念そうに、けれどあっさりと言った。
「死んで?」
レイピアを向けられる。ミモザはチロをメイスに変えようとして、
「待ってください」
横槍が入った。姉妹の青い瞳が声の主を振り返る。それはジーンだった。
彼はその視線に苦笑すると、「僕に任せてください」とステラを庇うように前に進み出た。
「ジーンくん……」
「ステラさんは危ないので後ろへ」
彼は紳士的に微笑んだ。そしてミモザへと向き直ると、真っ直ぐに剣を向ける。
「ミモザさん、勝負です」
「……いいでしょう」
ミモザは不敵に微笑んだ。
「勝てるものなら勝って見せてください」
ミモザには、対ジーン用の秘策があった。
何故こんなに朝早いのか。それは人目を避けるためだ。
ステラ達は今、警官から目をつけられている。ステラとしてはこそこそとするような真似は業腹だが、またうるさく絡まれるよりは遥かにましだった。
「次は第5の塔ね」
ステラが歌うように告げる。それに着いて歩いていた面々はそれぞれの反応を返した。
「そうだね」とマシュー。
「楽しみですね」とジーン。
「……………」
アベルだけは無表情で何も言わなかった。
(困ったわね)
それにステラは眉を寄せる。
ステラの『毒』は、何故だかアベルにだけはうまく効かなかったのだ。
けれど彼は反抗する気もないらしい。仕方なくステラは彼のことをそのまま連れ歩いていた。
ステラの新たに目覚めた能力。それは『毒』属性だった。
ティアラが傷つけた者にその毒は感染する。それはラブドロップと全く同じ効果をもって作用した。
ステラは自分の肩でくつろぐティアラを見る。その瞳は、青い。
それはステラが幻術を見せる機能のあるネックレスで隠しているからだった。
(狂化って言うのよね)
ステラは思い出す。確か前回のミモザがなっていたものだ。
狂化したミモザは狂化する前よりも確かに使える技が多彩で強くなっていたと記憶している。
そう、今回のミモザのように。
(今回も狂化しているのかしら?)
けれどミモザもチロも目は紅くない。しかし現にステラが幻術で誤魔化しているのだ。ミモザが誤魔化していない保証はない。
狂化は国や教会で取り締まりの対象になっているが、どうしてだろうとステラは思う。
(こんなに解放的で素晴らしいのに)
こんなに気分がいいのは久しぶりだ。
ステラはスキップをするように歩いていた。
それはあともう少しで塔に着くという頃に起こった。
「………ん?」
マシューが立ち止まる。
「どうしたの?」
「いや、なんか音が」
言われて耳をすましてみると、確かに音が聞こえる。本当に微かだが、これはーー
「鈴の音……?」
四人は顔を見合わせる。
「野良精霊か?」
アベルの問いに
「いえ、もしかしたら野良精霊に襲われている人が助けを求めているのかも知れません」
とジーンが応じる。
確かに盗賊や精霊に襲われた時に助けを求めるためにベルや鈴などを携帯するというやり方は、かなり古い方法だがなくはない。
最近ではブザーの鳴る魔道具が主流だが、費用を抑えるために鈴を携帯する人も一定数はいた。
「行きましょう」
ステラは頷くと、そっと茂みの中へと分け入った。
鈴の音は段々と近づいてきていた。移動している気配がないため、もしかしたらもう持ち主は事切れており鈴だけが風に揺れているのかも知れない、とステラは思う。
(遺品だけでも持ち帰ってあげましょう)
そう思いながら草をかき分けて進み、
「…………え?」
ステラはそこで、自分に瓜二つの少女の姿を見た。
白と藍色のワンピースが風にひるがえっていた。
彼女は短い金色の髪を風に揺らしながら、両手に鈴を持って優雅に踊る。くるくると回る動きに合わせて、スカートはふわりと広がり、鈴がしゃらんと涼やかな音を奏でた。
湖のように静謐な、青い瞳がこちらを見る。
視線が合った。
「ようこそ」
ワンピースの少女、ミモザは踊るのをやめてこちらを振り返った。
その瞳が微笑む。
「引っかかったね、お姉ちゃん」
「………っ!!」
とっさにステラはレイピアを構える。間髪おかず、氷の破片を放つ。
しかしそれはミモザに辿り着く前に炎の斬撃に阻まれた。
ゆっくりと、ミモザの隣に男が立つ。
藍色の長い豊かな髪、黄金に輝く意志の強い左目、白い軍服を身にまとった美丈夫な男だ。
鋼のような強さで、彼の視線がこちらを射抜いた。
「レオンハルト様……」
思わず後退る。しかしその背後で足音がした。振り返るとそこには、
「先生!!」
ジーンが声を上げる。その言葉の通り、銀色の髪の麗人、フレイヤが立っていた。
「俺もいるぜーぃ」
へらりと笑ってガブリエルがジェーンを伴ってその隣に並ぶ。
「ジェーンさん、どうして……」
マシューが苦しそうにうめいた。
四人は挟み討ちにされていた。
「愛の逃避行はここまでだよ。ここから先は……」
ミモザは苦笑する。
「反省会、だよ」
ステラは忌々しげに妹のことを睨んだ。
(さて、)
ミモザは状況を見回した。
挟み討ちには成功した。あとは人質達をどう解放するかである。
(とはいえやっぱり、洗脳されてるっぽいな)
マシューもジーンも、こちらを敵のように睨んでいる。
ミモザは落ち着かなげにスカートを揺らす。慣れない格好はするものではないな、と思った。
足がスースーする。
このワンピースは以前王都に来たばかりの頃、12歳の時にレオンハルトに買ってもらったものである。とはいえ今のミモザでは当然体格が合わず着れなかったのでリメイクしてもらったものだ。
元々は白いワンピースだったものを、内側に藍色のワンピースを重ねるようなデザインにしてリメイクしてもらっている。藍色のワンピースの部分を今のミモザの体格に合わせているので足りない丈の分、藍色のレースのついたプリーツスカートが白いワンピース部分からはみ出て見え隠れしているのが可愛らしい。肩の部分も今のミモザが着れるように広げるついでに、縫い目を誤魔化すためか藍色のリボンやコサージュでカバーされていた。
「お姉ちゃん」
ミモザは声をかける。ステラはきつく睨んできた。
「自首をお勧めするよ」
「自首をしなくちゃいけないような理由はないの」
ステラは一転して、にこりと微笑む。
「ミモザ、どうしてお姉ちゃんの邪魔をするの?」
「………邪魔じゃないよ。仕事のお手伝い」
「仕事」
「そう、仕事」
ミモザはなんと言えばいいかを悩む。なんと言っても意味などないのかも知れないが、だからと言って悩まないのは難しい。
「犯罪がいけないのは、それを許しちゃうと社会が混乱するからだよ」
結局ミモザは月並みな言葉を吐いた。
「例外を出来る限り作らないのは、それをしちゃうと人と社会を信用できなくなっちゃうからなんだよ、お姉ちゃん」
たぶん伝わらないだろうなと思う。伝わってほしい気持ちはある。
「貴方をルールの例外にする理由はどこにもないんだ」
けれど虚しさの方がどうしても勝る。この理屈の通じない動物に話しかけているような空虚感はどこからくるのだろうか。
獰猛な肉食獣に自ら首輪をつけてくれと説得したってきっと無意味なのだ。
「わからないわ」
ステラは微笑んだ。
(ほら、無意味だった)
ミモザは力無く笑う。
「可哀想な人がいるの。みんなが幸せになる道がわたしには見えるの。ねぇ、ミモザ」
ステラは笑う。花のように美しく、完璧な微笑みだ。
「貴方も知っているでしょう? みんなが幸せに笑っている未来。一度目の人生。すべてが満たされていたの。完璧だった」
そこで彼女のサファイアの瞳はレオンハルトを見た。
「ある人の死、以外は」
「それって僕のこと?」
違うとわかっていてあえてミモザは聞いた。苦笑する。きっと彼女には些末ごとだったのだろう。
ミモザの苦悩も死も。
「ああ、そうだったわね。あなたも死んだんだっけ」
遠い何かを思い出すように彼女は言った。
「あなたも生きていていいのよ。わたしの邪魔をしなければ」
「……それは無理かな。きっと僕の欲望とお姉ちゃんの欲望は共存できない」
「そう、なら……」
ステラは残念そうに、けれどあっさりと言った。
「死んで?」
レイピアを向けられる。ミモザはチロをメイスに変えようとして、
「待ってください」
横槍が入った。姉妹の青い瞳が声の主を振り返る。それはジーンだった。
彼はその視線に苦笑すると、「僕に任せてください」とステラを庇うように前に進み出た。
「ジーンくん……」
「ステラさんは危ないので後ろへ」
彼は紳士的に微笑んだ。そしてミモザへと向き直ると、真っ直ぐに剣を向ける。
「ミモザさん、勝負です」
「……いいでしょう」
ミモザは不敵に微笑んだ。
「勝てるものなら勝って見せてください」
ミモザには、対ジーン用の秘策があった。
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