上 下
9 / 43
町の外への遠い道のり

しおりを挟む
「わたし達は悪いことをしているの?」
「悪いことさ、ああ、俺たちはとんでもない大悪党だ。なんせ、魔王の子を誘拐しようってんだからな」
「誘拐? 随分な言いぐさね。誰もこの子を欲しがっていないようだったから、わたしがもらってきただけよ」
 ちょっとお引っ越しをしただけで大げさねぇ、と言うとジルは大きくため息をついた。
「それを世間一般じゃあ、誘拐っつぅんだよ」
「本人の合意の上よ」
「本人の合意があっても後見人の合意がなきゃ立派に誘拐だ」
「ちゃんといってきますって言ってでてきたわ」
「言ってきたのかよ! どおりで憲兵の発見がはえぇはずだな!」
 頭を抱えるジルに、イヴは唇を尖らせた。
 誘拐は確かに犯罪だ。イヴのしたことも、まぁ、百歩譲って誘拐だと認めよう。
 しかし、リオンのことを可愛がる大人はどこにもおらず明らかに不当な扱いを受けていたのだ。
 誰もがいらないとそっぽを向いていたものをイヴが欲しいと手を挙げたのだ。快く譲ってくれてもいいではないか。
「やり方がまずい。もしも本当にそのガキのことを考えるなら、おまえは教会にでも勤めて、正攻法で世話役でももらうべきだったんだ」
「あら、お馬鹿なことを言うのね、おじさん」
 その提案をイヴは一笑に付した。
「そんなことが本当にできると思っているの? もしも自分から世話役をしたいと願い出たり、そうでなくても立場を得てリオンのことを可愛がったりなんてしようものなら、きっとすぐに地方に巡礼という名目で飛ばされたはずだわ。そうじゃなければ最悪、その場で即刻捕らえられたかしら、“魔王の子”を懐柔して洗脳しようと企んだ謀反人としてね!」
 そんなことになったら今以上に逃げ場もなくなって身動きも取れなくなってきっとすぐに捕まってしまうわ。
 イヴのその言葉にジルは口をつぐむ。
 その言葉のある程度の正当性を、認めざるを得なかったからだ。
「教会は、いいえ、国はこの子に“余計な知恵”をつけさせたくないのだわ」
 それはおそらく、喜びとか憎しみとかいう人間の持つすべての感情と自主性や自尊心といった尊厳を含むすべてのことを示していた。
「わたしは悪いことをしたと思っていないわ」
 それはイヴの本心だった。
「……おまえはな。周りは違う。魔王を復活させて、世界を支配しようってんじゃねぇかと脅えてやがるのさ」
 誰が? と尋ねればジルは無言でイヴの顔面に指を突きつけた。
 その指を見つめながらゆっくりと首をかしげる。
「こんなに美少女なのに?」
「今誰がそんな話をした」
 ふざけんな、とまた頭をはたかれる。
 イヴははたかれた頭をさする。
 どうやらジルはイヴの頭をボタンだと思っているのではなく叩くことを趣味としているらしい疑惑が浮上した。趣味としているのならば楽しみを奪ってしまうのも可哀想なのでしかたなくイヴは甘んじて受けてやる。
 ジルはイヴのこの寛大さに少しは感謝すべきだ。
 まぁ、それはともかくとして、
「そんなことはしないわ」
 イヴは否定した。
「そんなことは関係ねぇのさ」
 ごそごそとジルは懐から棒付きの飴を取り出す。3つ開封して一つを口にくわえると、残りの2つをイヴとリオンに渡してくれた。
「おまえが何を思おうがなんだろうが、そんなことは重要じゃねぇ。必要なのは取り戻すための名目だ。生死問わずになってねぇだけお優しいな」
 全くもってその通りだということは、イヴも同意する。
 見よう見まねでたどたどしく飴をなめるリオンを横目でみながら「引き返すなら今だぞ」とジルはイヴに囁いた。
「今ならまだ、少し遊びに連れ出したってだけでごまかせるかも知れねぇ。まぁ、そのへんは話の持って行き方次第になるだろうが……。」
「何を甘いことを言っているの、おじさん」
 飴をなめながらイヴはもごもごと、しかしはっきりと耳に届くように言った。
「もう初めてしまったことだわ。いかにわたしが他に類をみない絶世の美少女だから許されるとしても、止めるわけにはいかないわ。それに自身の意思を持って決定したことは最後まで責任をもって貫きなさいと勇者様も伝記でおっしゃっているわよ」
「んなもん持ってきたのかよ」
「これはわたしのバイブルだもの」
 イヴは鞄からごそごそと勇者の伝記と聖書を取り出してみせる。
 「とても素晴らしいお言葉が書いてあるわ。リオンにも読んであげないと」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

人生ひっそり長生きが目標です 〜異世界人てバレたら処刑? バレずにスローライフする!〜

MIRICO
ファンタジー
神の使徒のミスにより、異世界に転生してしまった、玲那。 その世界は、先人の異世界人が悪行を行ってばかりで、異世界人などクソだと言われる世界だった。 家と土地を与えられ、たまに本が届くくらいで、食料もなければ、便利なものも一切ない、原始な生活。 魔物がいるという森の入り口前の家から、生きるために糧を探しに行くしかない。 そこで知り合った、魔物討伐隊の騎士フェルナンとオレード。村人たちに親切にしてもらいながら、スローライフを満喫する。 しかし、討伐隊は村人に避けられていて、なにやら不穏な雰囲気があった。それがまさか、先人の異世界人のせいだったとは。 チートなんてない。魔法を持っている人がいるのに、使えない。ツルから草履を作り、草から糸を作り、服を作る。土を耕して、なんでも植える。お金がないなら、作るしかない。材料は、森の中にある! しかも、物作りのためのサバイバルも必要!? 原始なスローライフなんて、体力がなけりゃ、やってられない。 生きていくために、前世の知識と、使徒が持ってくる本で、なんとかする! ただ、異世界人とバレるわけにはいかない。処刑されてしまうかもしれない。 人生ひっそり、長生きが目標。玲那の体力自慢のスローライフが始まる。 ゆっくりのんびり連載していく予定です 他社サイト様投稿中 タイトル改めました

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 4巻発売中☆ コミカライズ連載中、2024/08/23よりコミックシーモアにて先行販売開始】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

骨だけ召喚されちゃいました

もぐすけ
ファンタジー
異世界に骨だけ召喚されてスケルトンになってしまったおっさんが、そこで出会った王女に恋をして、最強の守護神となり、彼女と彼女の国を助ける話にする予定です

(完結)聖女に選ばれなかったら、裏のある王子と婚約することになりました。嫌なんですけど。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「エミュシカ、君は選ばれなかった」 ほぼ確定だったはずの聖女に選ばれず、王太子の婚約者になってしまった。王太子には愛する人がいて、おまけに裏表が激しい。エミュシカだけに聞こえるように「君を愛することはないだろう」と囁いた。なるほど……?

君に、最大公約数のテンプレを ――『鑑定』と『収納』だけで異世界を生き抜く!――

eggy
ファンタジー
 高校二年生、篠崎《しのざき》珀斐《はくび》(男)は、ある日の下校中、工事現場の落下事故に巻き込まれて死亡する。  何かのテンプレのように白い世界で白い人の形の自称管理者(神様?)から説明を受けたところ、自分が管理する異世界に生まれ変わらせることができるという。  神様曰く――その世界は、よく小説《ノベル》などにあるものの〈テンプレ〉の最頻値の最大公約数のようにできている。  地球の西洋の中世辺りを思い浮かべればだいたい当てはまりそうな、自然や文化水準。 〈魔素〉が存在しているから、魔物や魔法があっても不思議はない。しかしまだ世界の成熟が足りない状態だから、必ず存在すると断言もできない。  特別な能力として、『言語理解』と『鑑定』と『無限収納』を授ける。 「それだけ? 他にユニークなスキルとかは?」 『そんなもの、最頻値の最大公約数じゃないでしょが』  というわけで、異世界に送られた珀斐、改めハックは――。  出現先の山の中で、早々にノウサギに襲われて命からがら逃げ回ることになった。  野生動物、魔物、さまざまな人間と関わって、『鑑定』と『収納』だけを活かして、如何に生き抜いていくか。  少年ハックの異世界生活が始まる。

【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~

千堂みくま
ファンタジー
異世界に幼なじみと一緒に召喚された17歳の莉乃。なぜか体がペンギンの雛(?)になっており、変な鳥だと城から追い出されてしまう。しかし森の中でイケメン公爵様に拾われ、ペットとして大切に飼われる事になった。公爵家でイケメン兄弟と一緒に暮らしていたが、魔物が減ったり、瘴気が薄くなったりと不思議な事件が次々と起こる。どうやら謎のペンギンもどきには重大な秘密があるようで……? ※恋愛要素あるけど進行はゆっくり目。※ファンタジーなので冒険したりします。

牢獄から始める、ちょっぴりガメツイ宮廷呪術師生活 ~冤罪に婚約破棄。貴族は面倒くさすぎるので、慎みは投げ捨ててこれからはがっつり稼ぎます~

八朔ゆきの
ファンタジー
「ローラン・フッガー。お前との婚約は破棄とする。その者を捕らえよ!」 幼い頃に母と共にヘプトアーキー帝国に逃れてきたローランは貴族に見初められた母のオマケで男爵令嬢になっていた。 しかし、良いことは長くは続かないもの。 母の死後、義父の後添えとなった義母と義妹に陥れられ、婚約者のアウグスト伯爵には裏切られ、母親が呪術師だったという理由だけで呪殺未遂の濡れ衣を着せられて断罪の塔に投獄されてしまう。 このままでは奴隷に落とされるか、塔にひしめく悪霊にとり殺されるか。 そんなどちらかの運命がローランを待っているはずだった。 うまく婚約者をローランから横取りし、バラ色の未来を予想して祝杯を挙げる義母と義妹。 だが、彼女たちもローランを裏切った婚約者のアウグスト伯爵もローランを平民上がりと侮り彼女のことをまるで知らなかった。 実はローランが密かに亡き母親から呪術師の才能と技術を受け継いだ本物であったこと。 そして、何よりもお金を稼ぐのが大好きでちょっとやそっとの逆境にはまるでめげない性格であることを。 貴族であることをぺいっと投げ捨てがめつくたくましく、感心されたり呆れられたりするうちに様々な事件に巻き込まれていくのだった。 ※雰囲気優先のわりと緩い感じです。楽しんでいただければ幸いです。 ※書き直している部分に誤字脱字が潜んでいたりする可能性が高いので、ご指摘いただければ嬉しいです。 ※婚約破棄からの騒動に区切りがついたところで、いったん完結とさせていただきました。

処理中です...