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8、英雄を作るためのA toZ 

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 街はお祭り騒ぎだ。
 久しぶりに踏み入れた街道を歩きながら、莉々子はため息をつく。

(疲れた……)

 ここ数日、ドラゴン退治の後始末に莉々子は駆り出されていた。
 ドラゴンの遺体の処理から事実確認にくる役人の対応。その事実が正式に認定されてからはユーゴの旗色の良さからすり寄ろうとしてきた貴族達の対応も追加された。

 今日は実に久しぶりの自由時間である。
 ユーゴは忙しそうに正装をしてどこかに出かけていったので、今日もその対応の続きがあるのだろう。莉々子の疲弊を見て取ったのか「貴様はもういい」と一言言い捨てて出て行ってしまったので詳細までは知らない。

(それにしても……)

 周囲を見渡す。
 辺りにはこれでもかと色とりどりな花吹雪が舞い、小さな青い旗がそこら中に飾られている。
 この青色はどうやらデルデヴェーズ家の象徴の様な物なのだと知ったのはつい最近だ。莉々子に与えられたリボンが青いのも、ユーゴの装束に青がふんだんに使われているのもそこが由来しているのだろう。

 店の人間はみんな花飾りを身に纏い、陽気な音楽を奏でる吟遊詩人は皆ユーゴの偉業を歌っていた。
 日本ではありえないその光景に、莉々子はどうにも落ち着けずにそわそわしてしまう。

 ……そわそわしている理由はそれだけではないが。
 莉々子は綺麗に洗ったハンカチを決して落とさぬようにとぎゅっと握りしめた。
 ふと思い立って、近くの花売りの少女から花を一輪買い求める。
 花の種類はよくわからないが、オレンジの花弁が鮮やかなそれを選んだ。
 それが日だまりの匂いのする彼には似合いそうな気がしたのだ。

(喜んでくれるだろうか……)

 花を贈るのなんて送別会で先輩に渡して以来だ。
 男性に花を贈るのはおかしいだろうかと思いつつ、他にお礼の意思を上手く伝える方法も思いつかず、まぁいいかと莉々子は楽観した。
 イーハならば、莉々子の幼稚さを笑って許してくれる気がした。
 頬が熱くなる。口角が不思議と自然に上がった。
 祭りも偉業もどうでも良いのに、周りの人達につられるように弾むような足取りになった。
 目指すは教会だ。
 もはや見慣れてしまった二重丸のマークを掲げた建物を目の前にして、莉々子は一度足を止めて妙なところがないか確認してから平静を装って足を踏み入れた。
 からり、と慣れた仕草で教会の門を開く。

「アンナさん」

 すぐに現れた見慣れたシスターの後ろ姿に軽く声をかける。
 何故か俯いている彼女に、そのまま近づいた。

「こんにちは、いつもいきなりですみません。やっとユーゴの仕事が一段落して――……」

 話している途中で“それ”の存在に気づいて、二の句が継げなくなった。
 アンナが振り返る。その美しい瞳では水滴が光っていた。
 動悸がする。
 周りが異様に暗い。いつもは騒いでいる子ども達の姿がなく、ここには4人しかいない。

「リリィ……」
「嬢ちゃん、お前さん、タイミングがわりぃな」

 セスが気まずげに告げる、その目の前にそれは置かれていた。
 真っ黒な棺だ。
 中には緩衝材がわりなのか溢れんばかりのわらと一人の人。
 全容はまるで見えていないのに、それが誰だか莉々子にはわかった。
 わかってしまった。

「………っ」

 何も言わずにそのまま駆け寄る。

「リリィ……っ 見ちゃ駄目! まだ……っ」

 アンナの声がどこか遠くに響いた。

「イーハ……?」

 わけがわからないままその人の名前をつぶやく。
 彼は血まみれで横たわっていた。閉じられた瞳がまるで眠っているかのようだが、そうではないことは彼のぱっくりと開いた頸動脈が証明していた。
 髪や皮膚に飛び散った血痕がその死のすさまじさを物語っている。あまりにも現実味がなさすぎて吐き気すらしなかった。

(……これは夢だ)

 頭がくらくらとして、思考が覚束ない。
 だって何故、彼は死んでいるというのだ。

(何が起きた……?)

 何もないはずだ。彼にこんなことが起きる理由など。

(だって、これは、これじゃあ、どこからどう見ても……)

 大きな軋む音を立てて、イーハの入った棺に蓋がされた。
 見上げるとセスが蓋をおさえている。

「これ以上は見てやるな。……これから綺麗に整えて、みんなで見送ることになってる。準備が出来たら声をかけてやるから」
「……、なんで……」

 ぽたぽたと瞬きのできない瞳から何かがこぼれて落ちた。自分でもわけがわからず問いかけた質問にセスは小さく首を振る。

「わからねぇ、どこのどいつの仕業なのかも、何が目的なのかもな。ただ、強盗の仕業じゃぁねぇことだけは確かだ」
「……っ、どうして……っ」

 誰も答えられない質問をただ繰り返す。ただ誰かに否定して欲しかった。こんなのは悪い夢だと、彼が死ぬ理由などどこにもなかったのだと。
 莉々子の手から何かが滑り落ちた。
 落下したそれは、オレンジ色の花びらを無残に散らして地面を汚した。
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