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7.女神VS吸血鬼
⑳
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その顔はどこかユーゴに似ていてうんざりする。
莉々子が不満そうに黙り込むと、それ以上つつくのは得策ではないと悟ったのか、「しかし闇魔法ねぇ」とセスは話題を切り替えた。
「そう使い方に汎用性のあるもんでもねぇと思うがな。使い手自体が少ねぇからなんとも言えねぇが」
その言葉に莉々子の耳はぴくり、と動いた。それは是が非でも聞きたい話だったからだ。
「ユーゴ以外の闇魔法の使い手に私は会ったことがないのですが、神父様は他にもお知り合いにいらっしゃるのですか?」
心の高揚を抑えつつ訊ねる。しかしそれに対するセスの返答はあっさりしたものだった。
「近くにいるぞ」
「えっ」
「はーい」
その時元気よく手を挙げる声が背後からした。
「え……っ」
「イーハ、やみ、やみ」
それはイーハだった。絶句して何も言えない莉々子に、アンナが隣で「今は魔法は使えませんけどね」と言葉を添える。
「ええ……っ!?」
「頭脳症になって以降、魔法が使えなくなるっつぅ事例は良くあるんだ」
「えー……」
一体どうしたらよいのかがよくわからない。
変に期待して裏切られたことによる衝撃も半端ないが、脳血管疾患によって魔法が使えなくなるというのは一体どんな理屈なのだという疑問も同時に生まれて脳内がせわしない。
(落ち着いて落ち込めない……っ)
別の意味で頭を抱える事態である。
今大事なのは闇魔法が使える闇魔法の使い手を探すことであって、闇魔法の使えない元闇魔法の使い手がなぜ闇魔法を使えなくなったかの原因究明ではない。
(しかし、私の考えでは魔法自体は呪文などの言語を要する技術ではないと考えていたのに失語の人間が魔法を使えなくなるというのは……。勿論イーハが失語以外にも注意障害や遂行機能障害などの他の高次脳機能障害を持っている可能性だって十分にあり得るんだけど、しかしそれを確認する術がない……っ)
頭ではわかっているのにどうにも何がどうなってそうなっているのかの因果関係が気になって仕方がない。
いっそのこと高次脳機能を調べる評価を真剣に作ろうかとも考えたが、元居た地球の検査を再現したところで再現しきれるものではないし、したところで地球人の成績を正常か異常かの判断基準にしている検査が異世界人に通用するかも定かではない。この地にかなった正確な検査を作ろうと思うのならばこの世界に住む人間の年代ごとの指標となる数値を出す必要があり、そのためには膨大なデータ収集が必要であった。
それは考えるだけでやる気も起きないほど途方もない話である。
(この世界で通用する評価方法など必要ない。ないったらない!)
それでも真剣に方法を考えようとする自らの危ない思考を止めるために莉々子は必死で自己暗示に努める羽目へと陥った。
恐るべきかな、知的好奇心。
自分の衝動と無言で戦っている莉々子にイーハはとたとたと歩み寄ると「やみ、やみ」と繰り返して主張するように手を挙げた。
「ああ、はい、そうですね、闇属性なんですね」
「あー、うー、え、て、てつだうー?」
「大丈夫です、お気持ちだけで」
ドラゴン退治に関しては手伝ってもらう必要はないのは確かだ。そう一度断った後で、はっ、と我に返る。
「あ、いえ、やっぱりお願いします。必要があったら声を掛けますのでぜひ協力していただければっ」
(あぶねー)
莉々子は冷や汗を拭う。
アンナの魔法の存在をすっかり失念していた。アンナの魔法をイーハに使ってもらえば、一時的とはいえイーハは再び闇魔法を使えるはずなのだ。アンナの魔法の件があるためイーハの魔法が果たしてユーゴのものと同じ機序なのかどうかは調べてみないと定かではないが、しかしこれはユーゴを若返らせるよりも実現性が高く、現実的な作戦ではないだろうか。
しいて難をあげるならば、イーハとアンナにどのように説明して協力を得るかなのだが、そう思案しながらイーハをちらりと覗うと彼は何故か驚いた顔をして固まっていた。
「イーハさん?」
声を掛けると彼は我に返ったのか、瞬きをすると、莉々子を見つめてはにかむように破顔した。
その晴れやかな輝かんばかりの笑顔に莉々子が驚く。
「うん! てつだうー!」
そのままぎゅう、と抱きしめられて、頭も身体も動作を停止してしまう。
そのまましばらく動作停止したままぬいぐるみのようにぎゅうぎゅうと抱きしめられたままでいたが、周囲の子ども達やセスとアンナの視線に気づき、解凍された。
慌ててイーハを叩き、何かを話さなくてはと口を開く。
「は、はははははは、はんかちっ、そう、ハンカチ、です!」
「ハンカチ?」
「ハンカチを、まだ返せてなくてっ」
そこまで言ってから、そういえば今日持ってくるのを忘れてしまっていることに気がついた。参った、明日からは忙しくなってしまうから、しばらく返しに持って来れないというのに。
「えーと、その……」
しどろもどろで言い訳を考える。
自分から話題に出して置いてそこから先何も言葉を紡げずないというのはあまりにもいたたまれなくて、しかしこんな時に限って思考は空転して何も出てこないのであった。
「いーよ、ゆっくり」
頭に手を軽く置かれて、顔を上げる。
にこにこと向けられた笑顔が眩しい。なんだか焦っている自分が馬鹿みたいに思えて、莉々子も不格好な笑みを向けた。
「そうですね、すみません、今度また、もって来ます」
「うん」
イーハと莉々子は穏やかに目を合わせて微笑んだ。
「なんだか二人きりの世界を作ってるところに申し訳ないけど場所を変えてもらえませんこと?」
半笑いでアンナに肩を叩かれるまでそれは続いた。
莉々子が不満そうに黙り込むと、それ以上つつくのは得策ではないと悟ったのか、「しかし闇魔法ねぇ」とセスは話題を切り替えた。
「そう使い方に汎用性のあるもんでもねぇと思うがな。使い手自体が少ねぇからなんとも言えねぇが」
その言葉に莉々子の耳はぴくり、と動いた。それは是が非でも聞きたい話だったからだ。
「ユーゴ以外の闇魔法の使い手に私は会ったことがないのですが、神父様は他にもお知り合いにいらっしゃるのですか?」
心の高揚を抑えつつ訊ねる。しかしそれに対するセスの返答はあっさりしたものだった。
「近くにいるぞ」
「えっ」
「はーい」
その時元気よく手を挙げる声が背後からした。
「え……っ」
「イーハ、やみ、やみ」
それはイーハだった。絶句して何も言えない莉々子に、アンナが隣で「今は魔法は使えませんけどね」と言葉を添える。
「ええ……っ!?」
「頭脳症になって以降、魔法が使えなくなるっつぅ事例は良くあるんだ」
「えー……」
一体どうしたらよいのかがよくわからない。
変に期待して裏切られたことによる衝撃も半端ないが、脳血管疾患によって魔法が使えなくなるというのは一体どんな理屈なのだという疑問も同時に生まれて脳内がせわしない。
(落ち着いて落ち込めない……っ)
別の意味で頭を抱える事態である。
今大事なのは闇魔法が使える闇魔法の使い手を探すことであって、闇魔法の使えない元闇魔法の使い手がなぜ闇魔法を使えなくなったかの原因究明ではない。
(しかし、私の考えでは魔法自体は呪文などの言語を要する技術ではないと考えていたのに失語の人間が魔法を使えなくなるというのは……。勿論イーハが失語以外にも注意障害や遂行機能障害などの他の高次脳機能障害を持っている可能性だって十分にあり得るんだけど、しかしそれを確認する術がない……っ)
頭ではわかっているのにどうにも何がどうなってそうなっているのかの因果関係が気になって仕方がない。
いっそのこと高次脳機能を調べる評価を真剣に作ろうかとも考えたが、元居た地球の検査を再現したところで再現しきれるものではないし、したところで地球人の成績を正常か異常かの判断基準にしている検査が異世界人に通用するかも定かではない。この地にかなった正確な検査を作ろうと思うのならばこの世界に住む人間の年代ごとの指標となる数値を出す必要があり、そのためには膨大なデータ収集が必要であった。
それは考えるだけでやる気も起きないほど途方もない話である。
(この世界で通用する評価方法など必要ない。ないったらない!)
それでも真剣に方法を考えようとする自らの危ない思考を止めるために莉々子は必死で自己暗示に努める羽目へと陥った。
恐るべきかな、知的好奇心。
自分の衝動と無言で戦っている莉々子にイーハはとたとたと歩み寄ると「やみ、やみ」と繰り返して主張するように手を挙げた。
「ああ、はい、そうですね、闇属性なんですね」
「あー、うー、え、て、てつだうー?」
「大丈夫です、お気持ちだけで」
ドラゴン退治に関しては手伝ってもらう必要はないのは確かだ。そう一度断った後で、はっ、と我に返る。
「あ、いえ、やっぱりお願いします。必要があったら声を掛けますのでぜひ協力していただければっ」
(あぶねー)
莉々子は冷や汗を拭う。
アンナの魔法の存在をすっかり失念していた。アンナの魔法をイーハに使ってもらえば、一時的とはいえイーハは再び闇魔法を使えるはずなのだ。アンナの魔法の件があるためイーハの魔法が果たしてユーゴのものと同じ機序なのかどうかは調べてみないと定かではないが、しかしこれはユーゴを若返らせるよりも実現性が高く、現実的な作戦ではないだろうか。
しいて難をあげるならば、イーハとアンナにどのように説明して協力を得るかなのだが、そう思案しながらイーハをちらりと覗うと彼は何故か驚いた顔をして固まっていた。
「イーハさん?」
声を掛けると彼は我に返ったのか、瞬きをすると、莉々子を見つめてはにかむように破顔した。
その晴れやかな輝かんばかりの笑顔に莉々子が驚く。
「うん! てつだうー!」
そのままぎゅう、と抱きしめられて、頭も身体も動作を停止してしまう。
そのまましばらく動作停止したままぬいぐるみのようにぎゅうぎゅうと抱きしめられたままでいたが、周囲の子ども達やセスとアンナの視線に気づき、解凍された。
慌ててイーハを叩き、何かを話さなくてはと口を開く。
「は、はははははは、はんかちっ、そう、ハンカチ、です!」
「ハンカチ?」
「ハンカチを、まだ返せてなくてっ」
そこまで言ってから、そういえば今日持ってくるのを忘れてしまっていることに気がついた。参った、明日からは忙しくなってしまうから、しばらく返しに持って来れないというのに。
「えーと、その……」
しどろもどろで言い訳を考える。
自分から話題に出して置いてそこから先何も言葉を紡げずないというのはあまりにもいたたまれなくて、しかしこんな時に限って思考は空転して何も出てこないのであった。
「いーよ、ゆっくり」
頭に手を軽く置かれて、顔を上げる。
にこにこと向けられた笑顔が眩しい。なんだか焦っている自分が馬鹿みたいに思えて、莉々子も不格好な笑みを向けた。
「そうですね、すみません、今度また、もって来ます」
「うん」
イーハと莉々子は穏やかに目を合わせて微笑んだ。
「なんだか二人きりの世界を作ってるところに申し訳ないけど場所を変えてもらえませんこと?」
半笑いでアンナに肩を叩かれるまでそれは続いた。
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