上 下
67 / 92
7.女神VS吸血鬼

しおりを挟む
「まぁ、貴様の言わんとすることもわからないではない。多少は浮いていたかも知れんな」
「多少ってどの程度ですか? 参考までに言わせていただけると人口のうち過半数に達していない程度の人数というのは多少の範囲には入らないと私は思いますよ」

 ここぞとばかりにちゃちゃを入れるとユーゴはこちらをじろりと睨み「黙って聞け」とすごみを利かせた。
 莉々子は口を閉じる。少々はしゃぎすぎたようだ。
 莉々子はその事実に自身が決して冷静ではないことに気がついた。いつもよりもハイテンションで、無理に不安をうやむやにしようと騒ぎ立てているような気がする。
 ユーゴはそれに気づいているのかいないのかはわからないが、視線を再びたき火へと向けて静かに語る。

「俺は母が昔デルデヴェーズの首都に出稼ぎに行っていたことは知っていたが、そこで領主のお手つきになっていたことなど知らなかった。だから父親が誰かも知らなかったし、母は都で売春でもしていたのではないかとの噂がたって、あからさまではないものの周囲からは距離を取られていた」

 そこで火に掛けたカップを手に取る。熱くないのかと一瞬心配したが、よく見ると手にハンカチのような布を持ったうえで掴んでいた。
 軽く息を吹きかけて冷ましてから口をつける。味を少し確認してから、ユーゴはもう一方のカップを莉々子へと渡した。
 それを同様にハンカチで包んでから受け取って先程のユーゴの仕草を真似るようにして息を吹きかけてから口へと運ぶ。
 一口含んだそれは想定していた味とは違って非常に甘かった。

(蜂蜜を入れた梅酒みたい……)

 当然アルコールなどは入っていないのだろうが、そのとろりとした温かい飲み物に莉々子はそのような感想を抱く。先程生の状態で食べた木の実はお湯の中でその身体を溶かして僅かな酸味は残すものの、甘みに敗北を期しているようであった。

「俺は当たり前のようにその村で一生を過ごすのではないかという気持ちと、ここに一生はいないのではないかという疑念を半分ずつ持って日々を送っていた」
「一生居たかったんですか? 居たくなかったんですか?」
「居たかったし居たくなかった。結局は俺の気持ちが定まっていなかったからそのような不安定な予期を抱いていたのだろう」

 ふぅん、と莉々子は適当な相槌を打つ。莉々子は幼い時は当然自分は今住んでいる県や市にずっと所属して生きていくものだと信じて疑わなかった。成長して大学などを決めるにあたり、そこでやっと自分はどの県に行っても良いのだと気づいたくらいのものだ。
 それを考えるに、やはりユーゴは大人びた子どもだったのだろう。自身の将来に思いを馳せて、定まらない心に不安を抱く程度には。

「しかしまぁ、悩む余地もなかったのだがな。……前領主が俺を迎えに来てしまったから」
「それは貴方にとって良いことだったのですか?」
「一般的には良いことだろうな……」

 莉々子の問いかけた『貴方は』の部分をおそらくはわざと無視して彼は答えた。カップをすするその横顔は俯いているからかやや陰りを帯びているように見える。
 莉々子はその心理を想像しようとして止めた。そんなことは出来はしないと悟ったからだ。

(その当時の状況もわからないのに、ユーゴ様の気持ちなどわかるものか……)

 いい加減な共感は、ともすればただの無神経だ。『わかるよ』という言葉は『さっぱり理解していないけれどとりあえず気づかいの言葉を吐いておけばいいや』という内心を露呈する結果にしかなり得ない。
 それは自己保身でしかなく、相手を気遣う時にとる態度ではないだろう。
 何も言葉を返さず黙って傾聴する体勢を取った莉々子に、ユーゴは淡く微笑む。

「結果的には悪くはなかった。領主候補となったことで俺の世界は広がり、人の上へと立ってこの地に住む人々の生活をもっと良くするという目標が出来たからな」
「ユーゴ様は人々の生活を良くしたいのですか?」
「ああ……、いや……」

 一度は頷いたものの何故かわずかに逡巡し、ユーゴは言葉を濁した。

「そうだな、そうしたいと考えていると、俺は思っている」
「…………? なんとも複雑なもの言いですね」
「そうだな、なんとも複雑なのだ。実のところ」

 にやり、と面白がるような笑みを浮かべて悠々と彼はのたまう。

「自身の本心が明確に見えている者などほとんど存在しないのではないか? 誰だって良い人でありたいという願望を持っているものだ。よこしまな欲望を抱いた時に、それを良心で覆い隠すことで見失うことだってあるだろう。見透かされないためについた嘘を真実だと自分で錯覚してしまうことも多いのではないか?」
「つまり、ユーゴ様には隠したい本心があるということですね」
「誰にでもそんなものはあるさ。貴様にだってあるだろう」
「……そうですね」

 あるにはあるが、それはさして重大な意味を持つものではなく、ただの羞恥心に由来するものでしかない。ユーゴの言うそれとは重さが違うように思える。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。    天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

男装呪封師と鬼の皇帝〜秘された少女は後宮で開花する〜

蒼真まこ
ファンタジー
庸国皇帝雷烈の招きにより、呪封師の天御門星は和国から海をこえてやってきた。 若く美しい皇帝の姿を見た瞬間、星は驚愕する。 皇帝に鬼の気配がするのだ。星にとって鬼は双子の兄の敵。 兄を殺した悪鬼の行方を追い、男装して庸国にやってきたのだから。 「ここで逃げるわけにはいかない。私が兄の敵をとるんだ」 皇帝の頼みで後宮内の化け物を祓うことになった星だったが、ある事件をきっかけに星が女であることが雷烈に知られてしまう。 「女の匂いがする。皇帝をだますとはいい度胸だ」 「あなたこそ鬼の気配がするではありませんか!」 咄嗟に言い返すと、雷烈は満足そうに微笑んだ。 「やはり気づいていたか。そのとおり、俺は鬼の血を引いている。母が鬼だったのだ」 若く美しい皇帝の真の目的は、星に鬼の力を封印してもらうことだった。 互いの目的のため協力することになった二人だったが、後宮と皇帝には呪いがかけられていることがわかり…… 男装少女と鬼の皇帝。大きな秘密を抱えた二人の中華風後宮ファンタジー。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

夜遊び大好きショタ皇子は転生者。乙女ゲームでの出番はまだまだ先なのでレベル上げに精を出します

ma-no
ファンタジー
【カクヨムだけ何故か八千人もお気に入りされている作品w】  ブラック企業で働いていた松田圭吾(32)は、プラットホームで意識を失いそのまま線路に落ちて電車に……  気付いたら乙女ゲームの第二皇子に転生していたけど、この第二皇子は乙女ゲームでは、ストーリーの中盤に出て来る新キャラだ。  ただ、ヒロインとゴールインさえすれば皇帝になれるキャラなのだから、主人公はその時に対応できるように力を蓄える。  かのように見えたが、昼は仮病で引きこもり、夜は城を出て遊んでばっかり……  いったい主人公は何がしたいんでしょうか…… ☆アルファポリス、小説家になろう、カクヨムで連載中です。  一日置きに更新中です。

処理中です...