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7.女神VS吸血鬼

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「やぁ、久しぶりですね、ユーゴ殿」
「ああ、久しいな、ジュール殿」

 互いににこやかな表情でのたわいもない挨拶にも関わらず、その間では激しい火花が散っているように莉々子には見えた。
 勿論ただの妄想だ。視線がぶつかることで火花などは現実には発生しえない。

(こわぁ)

 けれど美しい二人の笑顔がどちらも非常に毒と敵意を孕んでおり、不気味で恐ろしいものにしか見えないのは確かな事実だった。
 蛇とマングース。犬と猿。少なくともそういった関係性なことは説明がなくてもひと目見ただけで莉々子にも理解可能であった。

「いつも街から離れた別邸で穏やかに過ごしていらっしゃる貴殿がこのような中心地まで来られるなど珍しい。てっきり賑やかな場所は厭われているのかと思っていたのですが……」

 先制攻撃を仕掛けたのはジュールの方だった。慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、毒を吐く。
 上品な言い方はしているが、要するに街の外れの引きこもりがここまで何しに来やがったと聞いているのだ。

 それに対してユーゴも相手に負けじと柔和な微笑みを浮かべると、「俺はあまり必要以上のものを持つ主義ではないのでな。ジュール殿は相変わらず華やかに過ごしておられる。人望もおありのようで何よりだ」と反撃をした。
 要約すると相変わらず無駄遣いしやがって、周りによいしょ要員を侍らせていないと気が済まないのかこの野郎、と言った所だろうか。

「あまり知り合いの居られないこちらにわざわざ来られるとは、もしや僕に会いに来てくれたのでしょうか?」
 有権者との伝手のないお前がわざわざここまで来るなど、一体僕に何の用だ?

「少し調べ物があって図書館に行く予定でな。まさか貴殿とお会いするとは思わなかった」
 図書館に用事があるだけでお前には用はねぇよ、この自意識過剰野郎。

 そこまで応酬をして、にっこりと再び二人は微笑み合う。
 ぞっとするような微笑みだった。
 内心で悲鳴を上げて半歩ほど後じさると、その動きが注意を引いてしまったのだろう、ジュールの視線が莉々子へと向く。

「ところで彼女は?」

 向けられた柔らかな眼差しが恐ろしい。莉々子が口を開く前にユーゴが庇うように前へと進み出ると「彼女はリリィ。俺の雇ったメイドだ」と簡潔に説明した。
 ジュールは意外そうな顔をする。

「メイド? 雇ったのですか、貴殿が?」
「……彼女は俺の血の繋がらない姉だ」

 わずかに逡巡したようだったが、下手に探られる前に表向きの関係性を明かすことにしたらしい。その言葉にジュールはますます意外そうな顔をした。

「驚いた。貴殿にも身内や馴染みの相手がいることは存じていましたが、わざわざ同じ屋敷に引き取るほど仲の良い存在がいたとは知らなかった。よほど信頼しているのですね」

 どうやらジュールはユーゴの性質をそれなりに理解しているらしい。莉々子も何も知らない状況でユーゴがわざわざ利用価値の低そうな人間を身内だという理由だけで引き取ったなどと聞けば確かに驚くだろう。
どうやらその発言で興味をそそってしまったのか、ジュールは莉々子のことをまじまじと見つめた。
なんとなく、どう思われているかはわかる。

(絶対こいつも顔が残念だと思っていやがるな)

 莉々子が特別ブスなのではない。周囲の人間の顔面偏差値が高すぎるだけである。
 内心でうんざりしながらも、仕方がないので莉々子は愛想笑いを浮かべて丁寧に足をかがめてスカートを広げる挨拶、いわゆるカーテシ―でお辞儀をして見せた。その際に何も話すことはしない。貴族を相手にした場合には目上の人間の許可無く口を開くなと固くユーゴに命じられていたからだ。
 それはこの世界の貴族社会の礼儀というものなのだろう、ジュールは莉々子のその挨拶に鷹揚に頷くと「名乗りなさい」と許可を与えた。

「私はリリィと申します。ユーゴ様にお仕えさせていただいております」
「僕はジュール・デルデヴェーズ。聞き及んでいるとは思いますが、ユーゴ殿の従兄に当たります。どうかよろしく」

 にっこりと微笑まれ、随分と友好的な態度とその麗しいご尊顔に莉々子は思わずしばしぼぅと見とれてしまった。

「…………っ!」

 しかしすかさず斜め前方にいるユーゴに後ろ手で腕の肉に爪を立ててつねられ、更にはそれをひねるようにされてあまりの激痛に声も出せずに硬直する羽目になる。

「では、我々は図書館に用があるのでこれで失礼させてもらおう」

 なんとか声が漏れることは抑えたが、涙が滲むのは抑えきれず思わずユーゴを睨みつけたところでそのにの腕襲撃犯は平然とした顔でジュールとの会話を切り上げた。

 そんな二人のわちゃわちゃした様子をジュールは面白そうな顔で眺めていたが「それは残念ですね、もしよろしければまた今度ゆっくりとお茶でもしましょう」とわざとらしく莉々子にだけ目線を向けて軽くウインクを投げてきた。
 そのあまりにあだっぽい慣れた仕草に莉々子の頬が思わず赤く染まるが「あいにくとまだ礼儀を十分に仕込んでいなくてな、一人では他所に行かせられんのだ。失礼する」とユーゴが牽制をしながら莉々子の手を引いて逃げるようにその場を後にした。

 屋敷を通り過ぎ、その奥にそっと隠れるように存在していた建物の敷地内へと足を踏み入れる。
 図書館なのであろうその建物は輝くような白い壁で出来ているのは同様だったが、幾分か地味な造形でシンプルな長方形をした建物だった。入り口の門を閉めて、従兄殿達の姿が見えないことを確認した所で「俺の居ないところで関わるなよ」とユーゴが忌々しげに声をひそめて告げる。

「あの男と会うとは運が悪い。後で聖水で身を清める必要があるな」
「どえらい毛嫌いのしようですね」

 まるで悪霊扱いである。
 まぁ敵対関係にある領主になるためのライバルなのだからさもありなん、と肩をすくめるとぎろり、と強い視線でユーゴは睨んできた。

「貴様にもいずれわかる。あの男がいかに下衆な人間であるかがな」
「はぁ……」

 その剣幕にかくん、と首を落として莉々子は頷くことしか出来なかった。
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