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6、聖人君子の顔をした大悪党
⑮
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数時間後、周囲は酷い喧騒にまみれていた。詐欺を働いたコーディーとそれを擁護していた警官が仲間の警官に縄で捕らえられて連れて行かれる。
あと少し遅ければ牛車を奪われていたかも知れなかったクーパーはしきりにユーゴに平身低頭して礼を述べ、それをなだめるのにユーゴも忙しいようだった。
「随分と威勢の良い少年だねぇ、彼は一体何者なんだい?」
その様子をなるべくなら目立ちたくなかった莉々子が少し離れた場所から眺めていると、突然背後から肩を叩いて訊ねられた。
弾かれるように振り返ると帽子を目深にかぶった、旅行者らしい風貌の青年が立っている。瞳の色は帽子に隠れて見えないが、深い紫のくせっ毛が、その帽子からは僅かにはみ出していた。
「ええっと、ここのご領主のご子息です」
「領主の子息? ってことは、約束の血族様かい?」
「ええ」
いぶかりながらも莉々子が頷くと、旅行者は「ごめんごめん」と苦笑して弁解した。
「約束の血族のわりには随分と領民側に立った言葉を話す人だと思ってね。かなりのレアだよ。珍しいよ、あの人」
「はぁ、そうなんですか」
「そうなんですかって……、キミはそうは思わないの?」
「あ、ええと」
しまった、また墓穴を掘ってしまった。
これでは、莉々子が約束の血族のことを、引いてはこの世界の事情をよく知らないと吹聴しているようなものである。
内心で舌打ちしつつ、なんとか莉々子は言い訳をひねり出した。
「ユーゴ様以外の約束の血族の方をよく知らないのです。この街に来たのも最近で、領主様のこともあまりよく知らなくて……」
「ふうん……? それでも約束の血族にどういったたぐいの人間が多いかくらいわかりそうなもんだけどねぇ……?」
訝しみながらもひとまず見過ごしてくれることにしたのか、それ以上の追求はなかったことに、莉々子はほっ、と胸をなで下ろす。
そのままさりげなく旅行者の青年から離れようと辺りを見渡すと、アンナが意外に近くにいたことに気づいて天の救いとばかりにわざらしく声を掛けながらその場を後にした。
あくまでも知り合いに会ったからここから離れるのだ、という体を装ってだ。幸いにもそれ以上の追求をする気が彼にはなかったらしい。莉々子は無事にアンナの元まで避難することが出来た。
「近くにいらしたんですね」
「当然ですわ。ユーゴ様のご活躍をこの目に収めなくてはなりませんもの」
その瞳にはハートでも入っていそうなくらい輝いていて、うっとりとユーゴの姿にみとれていた。
しかしそれに莉々子がうへぇ、とうんざりとした声を漏らすよりも先にその目からはハートは消え去り、その瞳には理性の光が戻ってくる。
「ユーゴ様が来てから、この街は変わりましたわ」
異様なほどに静かに凪いだ声音で彼女は語る。
彼が外へ売りに行くための道をひいてくれて、生産を増やすための水路を作ってくれて、どれほどこの領地の人間が感謝していることか。
そう風に吹き飛ばされそうな小さな声で呟かれる内容に、莉々子も姿勢を改めて再びユーゴの姿を見た。
彼はこちらには背を向けて、クーパーに手を差し出し立ち上がらせている。何かしらの優しい言葉をかけたらしいということが、表情を綻ばせたクーパーの様子から読み取れた。
(ユーゴ様が、とんでもなく愚かで、どこまでも悪党であってくれれば良かった)
そんなことをぽつりと思う。
そうすれば、他の人間の協力を莉々子は得られたかも知れないのに。
今のこの状況で莉々子がどんなにユーゴの非道を泣いて訴えても、人々は耳を貸さずユーゴの言葉をこそ優先させることだろう。
現状で莉々子が真実を伝えたところで、得られるものなど何もない。
信頼できる善意ある権力者と、つい最近来たばかりの得体の知れない新参者。扱いに差が出るのは当然のことだ。
ユーゴにこんなに酷い目に遭わされているのは、この世界では莉々子だけなのだ。
(なんて理不尽なんだろう……)
ユーゴはこちらの世界の善良な者は助けるが、向こうの世界の何の罪もない莉々子のことは助けてくれないのだ。
ユーゴを見つめる莉々子の瞳から、色が抜けて落ちた。
ユーゴが振り返る。莉々子が見ていることに気づいたのか視線を合わせて、そして苦笑する。
その顔が、こんなにも憎らしい。
「リリィ、待たせたな、行くぞ」
軽くアンナに挨拶とセスへの言づてとして突然退去することへの詫びを伝え終えると「今度こそ貴様が行きたがっていた図書館だ」と告げてユーゴはそのまま莉々子の脇をすり抜けて歩き出した。
着いてこいと言っているのだ。
仕方が無くのろのろと近づくと「リリィ」とユーゴが周りには聞こえないような小さな声で名前を再び呼んだ。
指で手招きされるのに、嫌々ながら顔を寄せる。
「俺のことを憎んでいろ。最後には褒美に殺させてやる」
「……最後とは、いつですか」
莉々子のその問いに、ユーゴは振り返って微笑んだ。
それは月夜に咲く花のように儚く、優しげな笑みだった。
「俺がこの国を俺が望む形へと変えた後にだ」
「……それよりも早く、家に帰りたいです」
そう弱々しく返事を返すとユーゴは「なるべく早くしよう」と告げた。
「憎んでいろ、許すな、俺は貴様が思う通りの悪逆非道の大悪党だ」
それはどういう意味だと問いかけた莉々子に、もう返事は返ってこなかった。
あと少し遅ければ牛車を奪われていたかも知れなかったクーパーはしきりにユーゴに平身低頭して礼を述べ、それをなだめるのにユーゴも忙しいようだった。
「随分と威勢の良い少年だねぇ、彼は一体何者なんだい?」
その様子をなるべくなら目立ちたくなかった莉々子が少し離れた場所から眺めていると、突然背後から肩を叩いて訊ねられた。
弾かれるように振り返ると帽子を目深にかぶった、旅行者らしい風貌の青年が立っている。瞳の色は帽子に隠れて見えないが、深い紫のくせっ毛が、その帽子からは僅かにはみ出していた。
「ええっと、ここのご領主のご子息です」
「領主の子息? ってことは、約束の血族様かい?」
「ええ」
いぶかりながらも莉々子が頷くと、旅行者は「ごめんごめん」と苦笑して弁解した。
「約束の血族のわりには随分と領民側に立った言葉を話す人だと思ってね。かなりのレアだよ。珍しいよ、あの人」
「はぁ、そうなんですか」
「そうなんですかって……、キミはそうは思わないの?」
「あ、ええと」
しまった、また墓穴を掘ってしまった。
これでは、莉々子が約束の血族のことを、引いてはこの世界の事情をよく知らないと吹聴しているようなものである。
内心で舌打ちしつつ、なんとか莉々子は言い訳をひねり出した。
「ユーゴ様以外の約束の血族の方をよく知らないのです。この街に来たのも最近で、領主様のこともあまりよく知らなくて……」
「ふうん……? それでも約束の血族にどういったたぐいの人間が多いかくらいわかりそうなもんだけどねぇ……?」
訝しみながらもひとまず見過ごしてくれることにしたのか、それ以上の追求はなかったことに、莉々子はほっ、と胸をなで下ろす。
そのままさりげなく旅行者の青年から離れようと辺りを見渡すと、アンナが意外に近くにいたことに気づいて天の救いとばかりにわざらしく声を掛けながらその場を後にした。
あくまでも知り合いに会ったからここから離れるのだ、という体を装ってだ。幸いにもそれ以上の追求をする気が彼にはなかったらしい。莉々子は無事にアンナの元まで避難することが出来た。
「近くにいらしたんですね」
「当然ですわ。ユーゴ様のご活躍をこの目に収めなくてはなりませんもの」
その瞳にはハートでも入っていそうなくらい輝いていて、うっとりとユーゴの姿にみとれていた。
しかしそれに莉々子がうへぇ、とうんざりとした声を漏らすよりも先にその目からはハートは消え去り、その瞳には理性の光が戻ってくる。
「ユーゴ様が来てから、この街は変わりましたわ」
異様なほどに静かに凪いだ声音で彼女は語る。
彼が外へ売りに行くための道をひいてくれて、生産を増やすための水路を作ってくれて、どれほどこの領地の人間が感謝していることか。
そう風に吹き飛ばされそうな小さな声で呟かれる内容に、莉々子も姿勢を改めて再びユーゴの姿を見た。
彼はこちらには背を向けて、クーパーに手を差し出し立ち上がらせている。何かしらの優しい言葉をかけたらしいということが、表情を綻ばせたクーパーの様子から読み取れた。
(ユーゴ様が、とんでもなく愚かで、どこまでも悪党であってくれれば良かった)
そんなことをぽつりと思う。
そうすれば、他の人間の協力を莉々子は得られたかも知れないのに。
今のこの状況で莉々子がどんなにユーゴの非道を泣いて訴えても、人々は耳を貸さずユーゴの言葉をこそ優先させることだろう。
現状で莉々子が真実を伝えたところで、得られるものなど何もない。
信頼できる善意ある権力者と、つい最近来たばかりの得体の知れない新参者。扱いに差が出るのは当然のことだ。
ユーゴにこんなに酷い目に遭わされているのは、この世界では莉々子だけなのだ。
(なんて理不尽なんだろう……)
ユーゴはこちらの世界の善良な者は助けるが、向こうの世界の何の罪もない莉々子のことは助けてくれないのだ。
ユーゴを見つめる莉々子の瞳から、色が抜けて落ちた。
ユーゴが振り返る。莉々子が見ていることに気づいたのか視線を合わせて、そして苦笑する。
その顔が、こんなにも憎らしい。
「リリィ、待たせたな、行くぞ」
軽くアンナに挨拶とセスへの言づてとして突然退去することへの詫びを伝え終えると「今度こそ貴様が行きたがっていた図書館だ」と告げてユーゴはそのまま莉々子の脇をすり抜けて歩き出した。
着いてこいと言っているのだ。
仕方が無くのろのろと近づくと「リリィ」とユーゴが周りには聞こえないような小さな声で名前を再び呼んだ。
指で手招きされるのに、嫌々ながら顔を寄せる。
「俺のことを憎んでいろ。最後には褒美に殺させてやる」
「……最後とは、いつですか」
莉々子のその問いに、ユーゴは振り返って微笑んだ。
それは月夜に咲く花のように儚く、優しげな笑みだった。
「俺がこの国を俺が望む形へと変えた後にだ」
「……それよりも早く、家に帰りたいです」
そう弱々しく返事を返すとユーゴは「なるべく早くしよう」と告げた。
「憎んでいろ、許すな、俺は貴様が思う通りの悪逆非道の大悪党だ」
それはどういう意味だと問いかけた莉々子に、もう返事は返ってこなかった。
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