24 / 92
4、魔法のススメ
⑫
しおりを挟む
莉々子は自身の両手を見つめる。
もしそれが本当ならば、精霊が干渉できるのは、言語に関する部位だけとはとても思えない。
(今、こうして目で見て認識していると思っているものですら、その“精霊”とやらにそう思い込まされているだけだとしたら……?)
莉々子はがたん、と音を立てて、座っていた椅子から立ち上がった。
恐ろしさに、頭を抱える。
「の、脳内が侵略されている!」
「落ち着け」
ユーゴは呆れたようにため息をついて、莉々子のその恐慌には取り合わない。
「だ、だ、だ、だ、だって……っ」
「いいからとりあえず座れ。そして今、貴様が想定したことを口に出して説明しろ」
とんとん、と机を叩いてユーゴは莉々子を脳内の懸念から現実へと引き戻す。
莉々子は涙目でユーゴを見つめた。
ユーゴの金色の瞳が、ゆるり、と柔らかく細まる。
「話した方が、少しは思考が整理されるし、心も落ち着くだろう。この一月ほどでわかってきたが、自分の脳内だけで自己完結するのが貴様の悪い癖だ」
冷静に年下の少年に諭されてしまった。
莉々子はすとん、と椅子に座り直す。
(いや、それは今に始まった話じゃないか……)
わりと最初からユーゴには冷静にたしなめられている。
何をどこからどこまで話そうか思案しつつ、莉々子はぽつりぽつりと言葉をこぼす。
すると、脳内を何者かに操作されている恐怖は拭えなかったが、わずかにだが、混乱は収まってきたようだった。
ユーゴはそれを口を挟まずに頬づえをついて最後まで聞き終え、「ふむ」と静かに頷いた。
「なるほどな……」
何かコメントをくれるのだろうか、と、どきどきしながら莉々子は返答を待つ。
しかしユーゴはアンニュイに目を伏せて口を開こうとしない。
それでも莉々子が手を組んで見つめ続けていると、ふと、ユーゴの目線が上へと上がった。
こちらへと、金色の目線がゆっくりと向く。
そうして、莉々子が見つめていたことに気がついたのか、口を開いた。
「そんなことよりも、リリィ。貴様にそろそろ手伝わせたいことがあってな」
「ええー……」
まさかのノーコメント。
話させておいて、それはないんじゃないのかと不満の声を漏らすが、ユーゴは莉々子のその不満には斟酌せずに、ふっ、と余裕の笑みで見返すだけだった。
「そうむくれるな。その件は検証にも時間がかかるし、正直俺の専門外だ。貴様に任せる」
「いや、任せるも何も……」
「必要ならば、国外にも一度連れて行ってやる。……面倒事が片付いた後でな」
“面倒事”その言葉にぎくり、と莉々子の心臓は跳ねる。
ユーゴの片付けたい面倒事など、決まっていた。
莉々子が察したのを理解したのか、ユーゴは足を組み直して座り、話を進めた。
「先にも言った通り、俺は領主にならねばならん。そのためには幾通りかの方法がある」
一つは、もう1人の候補者である従兄が死ぬこと。
一つは、教会で審判を受け、領地の有権者達に認められること。
一つは、手柄を立てて、国に認められること。
「そのうち、教会で審判を受ける、という手段は実質不可能だ。この領地にある教会関係者、あるいは審判に参加できるような有権者連中は概ね従兄に抱き込まれているのでな」
さて、とユーゴは莉々子を見つめて、笑顔になると言い放った。
「従兄を殺すのと、手柄を立てるの、一体どちらに手を貸したい?」
輝かしいまでに素晴らしい笑顔である。
実際に、周囲に光りがきらめくのを莉々子は感じた。
言っている内容はどこまでもゲスいが。
「ぜひ、手柄を立てるほうでお願い致します」
莉々子は深々と頭を下げた。
人殺しはさすがにハードルが高すぎる。
それに「うむ」とユーゴは笑顔を崩さぬまま頷くと「手柄を立てるために、必要なのは武勇伝だ」と簡潔に告げた。
誰もが納得する、わかりやすい手柄。
「ドラゴン退治に行くぞ」
いや、その結論はねぇよ。
出来ればぜひとも遠慮したい。
「じゃあ、従兄を殺す方向で」と言われるのが恐ろしく、そのどちらも口に出来ないまま莉々子は顔を引きつらせて乾いた笑みを浮かべた。
もしそれが本当ならば、精霊が干渉できるのは、言語に関する部位だけとはとても思えない。
(今、こうして目で見て認識していると思っているものですら、その“精霊”とやらにそう思い込まされているだけだとしたら……?)
莉々子はがたん、と音を立てて、座っていた椅子から立ち上がった。
恐ろしさに、頭を抱える。
「の、脳内が侵略されている!」
「落ち着け」
ユーゴは呆れたようにため息をついて、莉々子のその恐慌には取り合わない。
「だ、だ、だ、だ、だって……っ」
「いいからとりあえず座れ。そして今、貴様が想定したことを口に出して説明しろ」
とんとん、と机を叩いてユーゴは莉々子を脳内の懸念から現実へと引き戻す。
莉々子は涙目でユーゴを見つめた。
ユーゴの金色の瞳が、ゆるり、と柔らかく細まる。
「話した方が、少しは思考が整理されるし、心も落ち着くだろう。この一月ほどでわかってきたが、自分の脳内だけで自己完結するのが貴様の悪い癖だ」
冷静に年下の少年に諭されてしまった。
莉々子はすとん、と椅子に座り直す。
(いや、それは今に始まった話じゃないか……)
わりと最初からユーゴには冷静にたしなめられている。
何をどこからどこまで話そうか思案しつつ、莉々子はぽつりぽつりと言葉をこぼす。
すると、脳内を何者かに操作されている恐怖は拭えなかったが、わずかにだが、混乱は収まってきたようだった。
ユーゴはそれを口を挟まずに頬づえをついて最後まで聞き終え、「ふむ」と静かに頷いた。
「なるほどな……」
何かコメントをくれるのだろうか、と、どきどきしながら莉々子は返答を待つ。
しかしユーゴはアンニュイに目を伏せて口を開こうとしない。
それでも莉々子が手を組んで見つめ続けていると、ふと、ユーゴの目線が上へと上がった。
こちらへと、金色の目線がゆっくりと向く。
そうして、莉々子が見つめていたことに気がついたのか、口を開いた。
「そんなことよりも、リリィ。貴様にそろそろ手伝わせたいことがあってな」
「ええー……」
まさかのノーコメント。
話させておいて、それはないんじゃないのかと不満の声を漏らすが、ユーゴは莉々子のその不満には斟酌せずに、ふっ、と余裕の笑みで見返すだけだった。
「そうむくれるな。その件は検証にも時間がかかるし、正直俺の専門外だ。貴様に任せる」
「いや、任せるも何も……」
「必要ならば、国外にも一度連れて行ってやる。……面倒事が片付いた後でな」
“面倒事”その言葉にぎくり、と莉々子の心臓は跳ねる。
ユーゴの片付けたい面倒事など、決まっていた。
莉々子が察したのを理解したのか、ユーゴは足を組み直して座り、話を進めた。
「先にも言った通り、俺は領主にならねばならん。そのためには幾通りかの方法がある」
一つは、もう1人の候補者である従兄が死ぬこと。
一つは、教会で審判を受け、領地の有権者達に認められること。
一つは、手柄を立てて、国に認められること。
「そのうち、教会で審判を受ける、という手段は実質不可能だ。この領地にある教会関係者、あるいは審判に参加できるような有権者連中は概ね従兄に抱き込まれているのでな」
さて、とユーゴは莉々子を見つめて、笑顔になると言い放った。
「従兄を殺すのと、手柄を立てるの、一体どちらに手を貸したい?」
輝かしいまでに素晴らしい笑顔である。
実際に、周囲に光りがきらめくのを莉々子は感じた。
言っている内容はどこまでもゲスいが。
「ぜひ、手柄を立てるほうでお願い致します」
莉々子は深々と頭を下げた。
人殺しはさすがにハードルが高すぎる。
それに「うむ」とユーゴは笑顔を崩さぬまま頷くと「手柄を立てるために、必要なのは武勇伝だ」と簡潔に告げた。
誰もが納得する、わかりやすい手柄。
「ドラゴン退治に行くぞ」
いや、その結論はねぇよ。
出来ればぜひとも遠慮したい。
「じゃあ、従兄を殺す方向で」と言われるのが恐ろしく、そのどちらも口に出来ないまま莉々子は顔を引きつらせて乾いた笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
追放からはじまる異世界終末キャンプライフ
ネオノート
ファンタジー
「葉山樹」は、かつて地球で平凡な独身サラリーマンとして過ごしていたが、40歳のときにソロキャンプ中に事故に遭い、意識を失ってしまう。目が覚めると、見知らぬ世界で生意気な幼女の姿をした女神と出会う。女神は、葉山が異世界で新しい力を手に入れることになると告げ、「キャンプマスター」という力を授ける。ぼくは異世界で「キャンプマスター」の力でいろいろなスキルを獲得し、ギルドを立ち上げ、そのギルドを順調に成長させ、商会も設立。多数の異世界の食材を扱うことにした。キャンプマスターの力で得られる食材は珍しいものばかりで、次第に評判が広がり、商会も大きくなっていった。
しかし、成功には必ず敵がつくもの。ライバルギルドや商会から妬まれ、陰湿な嫌がらせを受ける。そして、王城の陰謀に巻き込まれ、一文無しで国外追放処分となってしまった。そこから、ぼくは自分のキャンプの知識と経験、そして「キャンプマスター」の力を活かして、この異世界でのサバイバル生活を始める!
死と追放からはじまる、異世界サバイバルキャンプ生活開幕!
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。
異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。
そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。
異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。
龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。
現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定
なりゆきで、君の体を調教中
星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
アサシンの僕と魔導師のオレが融合した結果〜銀髪美少女の幼馴染と行く異世界漫遊記〜
ティムん
ファンタジー
高校生活を過ごす裏、暗殺稼業をこなすアサシン、奏魔はある日異世界へと転生してしまう。だが転生した体にはもう一つの人格が存在していた。彼の名はソル=ヴィズハイム。世界最高の魔法使いと謳われた『魔導師』その人だ。二人の魂は死を迎えたあと、何故か新しい一つの赤子の体に入ってしまっていた。
一つの体に二つの魂。穏やかで優しいアサシンの奏魔と乱暴で口が悪い魔導師のソルの奇妙な『二心同体』生活が始まった。
彼らの武器は、暗殺術と魔道の融合。
交わるはずの無い二つが交わる時、誰も想像しえないものへと変貌を遂げる。
異世界にて発生したイレギュラーである奏魔とソルは何を成すのか。
幼馴染で驚異的な魔法の才を持つ少女、セリアと共に世界を旅する物語。
※書き溜めがかなりあるので暫くは一日に複数話投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる