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4、魔法のススメ

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 莉々子は自身の両手を見つめる。
 もしそれが本当ならば、精霊が干渉できるのは、言語に関する部位だけとはとても思えない。

(今、こうして目で見て認識していると思っているものですら、その“精霊”とやらにそう思い込まされているだけだとしたら……?)

 莉々子はがたん、と音を立てて、座っていた椅子から立ち上がった。
 恐ろしさに、頭を抱える。

「の、脳内が侵略されている!」
「落ち着け」

 ユーゴは呆れたようにため息をついて、莉々子のその恐慌には取り合わない。

「だ、だ、だ、だ、だって……っ」
「いいからとりあえず座れ。そして今、貴様が想定したことを口に出して説明しろ」

 とんとん、と机を叩いてユーゴは莉々子を脳内の懸念から現実へと引き戻す。
 莉々子は涙目でユーゴを見つめた。
 ユーゴの金色の瞳が、ゆるり、と柔らかく細まる。

「話した方が、少しは思考が整理されるし、心も落ち着くだろう。この一月ほどでわかってきたが、自分の脳内だけで自己完結するのが貴様の悪い癖だ」

 冷静に年下の少年に諭されてしまった。
 莉々子はすとん、と椅子に座り直す。

(いや、それは今に始まった話じゃないか……)

 わりと最初からユーゴには冷静にたしなめられている。
 何をどこからどこまで話そうか思案しつつ、莉々子はぽつりぽつりと言葉をこぼす。
 すると、脳内を何者かに操作されている恐怖は拭えなかったが、わずかにだが、混乱は収まってきたようだった。
 ユーゴはそれを口を挟まずに頬づえをついて最後まで聞き終え、「ふむ」と静かに頷いた。

「なるほどな……」

 何かコメントをくれるのだろうか、と、どきどきしながら莉々子は返答を待つ。
 しかしユーゴはアンニュイに目を伏せて口を開こうとしない。
 それでも莉々子が手を組んで見つめ続けていると、ふと、ユーゴの目線が上へと上がった。
 こちらへと、金色の目線がゆっくりと向く。
 そうして、莉々子が見つめていたことに気がついたのか、口を開いた。

「そんなことよりも、リリィ。貴様にそろそろ手伝わせたいことがあってな」
「ええー……」

 まさかのノーコメント。
 話させておいて、それはないんじゃないのかと不満の声を漏らすが、ユーゴは莉々子のその不満には斟酌せずに、ふっ、と余裕の笑みで見返すだけだった。

「そうむくれるな。その件は検証にも時間がかかるし、正直俺の専門外だ。貴様に任せる」
「いや、任せるも何も……」
「必要ならば、国外にも一度連れて行ってやる。……面倒事が片付いた後でな」

 “面倒事”その言葉にぎくり、と莉々子の心臓は跳ねる。
 ユーゴの片付けたい面倒事など、決まっていた。
 莉々子が察したのを理解したのか、ユーゴは足を組み直して座り、話を進めた。

「先にも言った通り、俺は領主にならねばならん。そのためには幾通りかの方法がある」

 一つは、もう1人の候補者である従兄が死ぬこと。
 一つは、教会で審判を受け、領地の有権者達に認められること。
 一つは、手柄を立てて、国に認められること。

「そのうち、教会で審判を受ける、という手段は実質不可能だ。この領地にある教会関係者、あるいは審判に参加できるような有権者連中は概ね従兄に抱き込まれているのでな」

 さて、とユーゴは莉々子を見つめて、笑顔になると言い放った。

「従兄を殺すのと、手柄を立てるの、一体どちらに手を貸したい?」

 輝かしいまでに素晴らしい笑顔である。
 実際に、周囲に光りがきらめくのを莉々子は感じた。
 言っている内容はどこまでもゲスいが。

「ぜひ、手柄を立てるほうでお願い致します」

 莉々子は深々と頭を下げた。
 人殺しはさすがにハードルが高すぎる。
 それに「うむ」とユーゴは笑顔を崩さぬまま頷くと「手柄を立てるために、必要なのは武勇伝だ」と簡潔に告げた。
 誰もが納得する、わかりやすい手柄。

「ドラゴン退治に行くぞ」

 いや、その結論はねぇよ。
 出来ればぜひとも遠慮したい。

 「じゃあ、従兄を殺す方向で」と言われるのが恐ろしく、そのどちらも口に出来ないまま莉々子は顔を引きつらせて乾いた笑みを浮かべた。
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